お相手
「――本日は、こちらでお眠りになるのですね。月夜さま」
「ええ、伊織。今夜は、私をお求めになられていないようなので」
その日の朧夜にて。
淑景舎の寝室にて、僕の問いに柔らかな微笑で答える月夜さま。ご寵愛を受けているとはいえ、毎夜お呼ばれになるわけではないと聞いていたけど、どうやら本日がそのようで。ともあれ、そういうことなら――
「――それでは月夜さま、これにて僕は失礼致します。万が一にもご用があれば、何なりとお申し付けくださいませ」
そう、頭を下げお伝えする。そして、ゆっくりと腰を上げ出入り口の襖へと向かう。……さて、どこで眠ろうかな……うん、廊下しかないか。まあ、この重ね着を布団代わりにすれば別に寒くも――
「――おや、何を仰っているのですか? 貴方のお部屋はここでしょう、伊織」
「…………へっ?」
そんな思考の最中、不意に背中へ届く月夜さまのお言葉。そして、僕は唖然と声を洩らし――
「……あの、月夜さま? それは、どういう……」
「……どういう? いえ、言葉の通りですよ? ご存じの通り、貴方のお部屋はここでしょう。正確には私と共用の、ですけど」
「……いや、それはそうかもなのですが……ですが、今は月夜さまがいらっしゃいますし」
そう、困惑しつつ口にする。すると、やはりきょとんとした表情の月夜さん。……いや、それはそうかもなのですが……でも、今夜は月夜さまがここでお眠りになるからして、僕がいるわけにはいか――
「――ええ、だから今夜は貴方がお相手をしてくださるのでしょう? 私の、共寝のお相手を」
「………………へっ?」
すると、更なる衝撃に思考が止まる。……えっと、共寝? 月夜さまと、僕が? いや、それは色々とまずいと言うか……うん、ここは――
「……あの、月夜さま。お言葉を返すようで、大変恐縮なのですが……その、月夜さまには帝さまが……」
そう、おずおずと口にする。まあ、問題はそこだけではないのだけど……でも、これが最も説得に適しているかなと。
……うん、きっと勢いで口にしちゃっただけだろう。例えば……そう、帝さまからのお呼びがなかったショックで自棄になっている、とか。あるいは、決して『そういう意味』ではなく、ただの添い寝のようなつもりで仰ったのかも……いや、まあそれでもわりとまずいけど。ともあれ、きっとこれで冷静に考え直してくだ――
「……ああ、そう言えばそういう価値観でしたね。貴方の時代では」
すると、どこか合点がいったようにそう口にする月夜さま。そんな彼女の言葉は、出会った日に話の流れでお伝えした令和においての一般的な価値観に関してで。即ち、令和では基本的にはそういうお相手は一人だけという価値観に――
「――ですが、それは貴方の時代でのもの。ご存じかと思いますが、平安では事情が違います。尤も、私とて誰彼構わずそのような関係を持ちたいなどとは露ほども思いませんが……ですが、帝さまは私も含め数多の女性とお身体を重ねていらっしゃるのに、どうして私だけが遠慮しなくてはならないのでしょう」
「………………」
すると、続けてそう口にする月夜さま。その口調や表情からは、ありありと不服の色が滲み出ていて。……まあ、そう言われれば返す言葉もないし、もちろん彼女のお考えは尊重するのだけど……でも、令和に生きる僕としては、やはりどうしても共感にまでは至れなくて。なので――
「……も、申し訳ありません月夜さま。実は僕、今は些か体調が優れないようで……なので、月夜さまに病気など移してしまってはいけないですし、今夜のところはご容赦を……」
そう、控え目に申してみる。すると、何とも気まずい沈黙の後――
「……ええ、分かりました。ですが、場所はいつも通りこのお部屋で。廊下で床に就くなど、主たる私が許しません」
「……はい、畏まりました月夜さま」
未だ不服そうなご様子ながらも、そう仰ってくださる月夜さま。まあ、あんな拙い言い訳でごまかせたとは思わないけど、それはともあれ……ふぅ、良かった。




