さよならは、言わな……言え!
十文字がサラダバーと言い残し、ご機嫌でビュッフェへ向かった。野菜食えよ。
どうでもいい情報を記憶から抹消し、控室へ戻った俺たち。
「いや、お前もサラダバーしなさい。俺、いろいろアレだから」
「あんた、頭ピーマンなわけ? 少しは中身詰めてもらったらどう?」
「ピーマンの肉詰めは、肉の部分だけ食べる。大人になっても苦いものは苦いんだなあ」
しかし、抹茶アイスは美味しく感じるようになったので音無・大人・景弘である。
クソガキは一仕事終えて疲れたのか、ご褒美のトリプルアイスをぱくぱくタイム。
「あのさぁ……仕事ってのは無駄が増えても終わることはないんだよ。お疲れモードになるんじゃない。労働は八時間働いてからが本番だッ! 若いんだから、残業しなって。みんなやってるよ!」
「えぇ、若いけど。小学生だもの。おじさんが語れるみんなって誰よ? 友達いない寂しい奴でしょ」
「全然恥ずかしくないねっ。ガキンチョみたく、ぼっちで泣いたことねーし」
「泣いたことなんて、一度たりともないわよっ!」
珍しくビクッと焦っていた。枕にできた跡、洗濯しとけ。
ミネラルたっぷりなウォーターとカテキンたっぷりなグリーンティーで、俺が空腹を満たしていると。
「天羽さま! ご無事ですか!?」
関係者以外立入禁止なドアが一気に開け放たれた。いつも乱暴されるので、最近キキィと軋む音が酷くなる。
女子小学生が増えた途端、室内のおひとり様濃度が急速低下。息が、苦ちぃ……
「あら、雪月花。ちょうどいいタイミングね。ロリコンの魔の手が迫る寸前だったわ」
「ついに化けの皮が剥がれましたか、ヘンタイさん! おまわりさんを呼ぶのですっ」
「放っておきなさい。勝手に苦しんでるし。知り合いだと思われたくないもの」
「天羽さまの御心のままに!」
俺がデスクチェアに倒れ込むと、柊さんはカリスマJSに忠を尽くしていた。
友達が迎えに来たんだ、フードコートでお喋りしてなさい。
「本当は柊が役立たねばならないのに、天羽さまに骨を折らせてしまうとは一生の不覚なのです。柊の力不足をお許しくださいましっ」
悔恨の念を力いっぱい込めた拳を震わせていた、マネージャー兼フレンド。
「顔を上げてちょうだい。あたしが行動できたのは雪月花が何度も協力してくれたから。ありがとう、おかげでまた頑張れそう」
「……っ!? なんと、なんと勿体なきお言葉……柊、今生に悔いなしなのです!」
「まだ小六でしょ、これから長生きしなさいよ」
歓喜に咽ぶ柊さんに、天羽はツッコミを入れていた。
打ち解けたようで何よりです。他人の関係性に無頓着ゆえ、お世辞を添えておく。
あとは若いお二人に任せますかな。できれば、他所でやってほしいですかな。
本音をポロリし、社会人の責務に従事し始めた。今日締切の書類多くてしんどい。
「よかったら、受け取って」
「これは?」
「さっきガチャガチャ回して出した、スノードーム。一応、レアだって」
「柊に? いいのですか?」
そいや、収録終わりにビビッときた伝説のガチャポン荒らしが神引きしていた。フン、まるでシークレットレアのバーゲンセールだな。
冬の雪、秋の月、春の花。自然美を体現した奇跡の球体。その名を――
「雪月花。あなたと同じ名前で綺麗でしょう」
「っ! そ、そそそそんな滅相もありませんっ!」
ぶんぶんと頭を振った友人へ、不機嫌の使徒が優しく微笑んだ。
「そんなことないわ。あんたの素直な性格、とても美しいものよ」
「ふぁ~っ!? これ以上は! キャパオーバーなのです! 柊、発作が止まりませんっ。今日のところは、失礼するのですぅ~っ!」
激しい動悸に加えてニヤケ面を披露してしまう健気な少女。
天羽ガチ勢、限界につき勇気の撤退。
俺はもう来るなよと控えめに願いを込め、女子小学生を見送るのであった。
つかの間の静寂。あぁ、これだよこれ。こういうのでいいんだよ。誰にも邪魔されない空間で、ぼっちは孤独と対話する。それがおひとり様の流儀である。
「あんた、気持ち悪い顔してる。いえ、訂正するわ。普段より珍妙な面持ちだけど」
「平素より大変愉快な表情になっております……あっ、間違えて打っちゃったじゃん」
メールの返事中に、喋りかけないで。独り言が多かったり、思い出し笑いしちゃうのはひとりぼっちの性質ゆえ。見かけてもそっとしておいてくれ、リアルガチでそっとしておいてくれ。
「というか、まだいたのか。仕事が終わったらとっと帰宅しろ。先に成人になってしまった俺からアドバイスだ。就職するなら、サビ残皆無な会社を選べ! 年間休日120日を断固死守せよッ」
「くたびれた大人が言うと説得力が違うじゃない。今すぐリスキリング始めなさい」
「リス、殺し? 動物虐待やめろ。ほんと、小学生が一番残虐だよな」
「……呆れた。これ以上呆れるはずがないと思っていたのに、あたしの想定を上回るなんて流石ね。無意識ながら、おじさんの浅はかさに底を定めていました。反省します」
クソガキが、憐憫の眼差しをブラック会社のバイトへ向けた。
同情するなら、休みくれ。あ、有休にして。三連休おけ? 土日も含め――以下略。
「あんた、ちゃんと再生数伸びる編集できるわけ?」
「タイトルとサムネ次第。編集力がウリのチャンネルじゃないだろ」
「クラスのお子様たちが浮かれなきゃ、意味ないんだからね」
「大丈夫だろ、孤高の美少女がサプライズゲスト。次の日、その話題で持ちきりさ」
俺が小学生の頃、妖怪をウォッチするアニメが大ブームだった。放送翌日はあそこおもしれーみたいな話が前後左右の席から聞こえたものさ。景弘少年も毎週視聴してたし、実質会話に参加してたってこと? はい、違いますね。
「天羽が人気者になれば、もう当店にご来店なさらないでしょ? せいぜい、キャッチーな動画制作に努めるぞ。子供との接点を潰すためなら、完徹もいとわない!」
嘘だぞ。いと、いといます! 成人男性はもう若くないんだ。
完徹キメた後、サビ残までキメたら……うわぁぁあああーーっっ!
「やる気の出処が不愉快だけど、おじさんだもの。期待しないでおくわ」
俺が想像過労で倒れるギリギリな辺り、天羽が何やら悪口を吐いていた。
なんだ、いつも通りじゃん。
「もう顔を合わす機会はないと思ってたのに、ホビーショップまで来てほんとストーカーの執念は悪寒が走ったわ」
微かにドアの軋む音が聞こえた。
「これが成功してあたしの願望が叶えば、感謝の念を抱かなくもないじゃない? その時はお礼してあげる。まぁ、変な奴に絡まれて迷惑ばかりだったけどね」
ハッと現実に引き戻された。
生意気の権化が、また俺をディスったかしら? 許せん、このクソガキャーッ!
「またね、おじさん。顔を洗って待ってなさい」
天羽はいつもの小バカにするようなものでなく、優しい微笑を携えていた。
意表を突かれていると、彼女はすぐさま出て行ってしまった。
今度こそ一人取り残された、俺。待望の瞬間に大感動ものだね。
「別に来なくて大丈夫です……はい。便りがないのは元気な証拠、やろ?」
や、本当にお世辞でも照れ隠しでも何でもなく。結構ですからっ!
お前はリア充ロードを邁進しろ。賢くて美人な幼嬢のくせに、最初から青春ど真ん中を我が物顔で闊歩してないのがおかしい話なのだ。
「あ、シンプルに性格悪かったな。じゃあ、仕方ねぇぜ」
俺は納得顔で、何度もうんうんと頷くのであった。




