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呪われ魔女と残念騎士

【続編】呪われ魔女と残念騎士~魔女は幸せを願う~

フェリクス視点。

前作より時が遡ります。

 ここに来る前までは晴れやかな天気だったのに、つい先ほどから突然遠雷が轟き、重い雨雲が空いっぱいに広がっている。

 禍々しいオーラの立ち込める、石造りの荘厳な屋敷……

 

 その扉の前で、俺は立ち尽くしていた。


 紆余曲折を経て、やっとの思いで申し込むことができたアリス・クロウ嬢との婚約。晴れて両家から認められ、今日はクロウ家に挨拶へやってきた訳だが……

 俺はいろいろな想いを抱え、震えていた。


 ギギィと錆びついた音がしてゆっくりと扉が開くと、使用人達が立っていた。


「フェリクス・ニフリートさマですネ……いラッしゃい、ませ……」


「ひぃっ! し……失礼」


「此方ヘ、どうゾ」


 こわいこわいこわい! なんでみんな真っ黒なローブで顔も見えないように隠してるんだ!! 動きは人形のようにぎこちないし、声も時たまノイズが入ったように不自然に聞こえる……頼むから、普通に出迎えてくれ……!!!


 今すぐ逃げ出したい気持ちをなんとか奮い立たせ、努めて平静を装った俺は、案内された広間に足を踏み入れた。




 昼間だというのに薄暗い空間。部屋に置かれている調度品はすべて凝っていて高価そうではある……が、いちいち直視できない怨念めいたオーラを感じる。

 

 真ん中には大きくて重厚なテーブルが置かれていて、その上に乗る古めかしい燭台に灯る灯りは、風もないのにゆらゆらと揺れていた。


「フェリクス・ニフリート様……ようこそ、いらっしゃいました」


 突然息がかかるほどの間近で聞こえた声。思い切り肩をゆらしてしまうが、何とか叫ばずに我慢した。声の主は……アリス嬢だ。なんでこんなホラーな登場の仕方をするんだとほんの少しだけ思ったが、意中の彼女だという事実で肩の力が抜ける。


 こちらに向かってお辞儀をするアリス嬢は普段よりも着飾り、髪もきれいに結い上げられている。もちろん、上から下まで黒尽くめなのだけれど。今日のために準備してくれたのかな。普段の姿も、現在の姿もどちらも最高に可愛い……


 地獄に差し込む一筋の光の如き、アリス嬢とのつかの間の挨拶に喜んでいると、広間の奥から禍々しい気配を感じた。


「っ……そちらに……いらっしゃるのは」


 低く、地獄の底から響き渡るような声が耳に届く。


「アリスの父親、ザラス・クロウだ」


 部屋の中で一番大きく立派な椅子に座るのは、この家の主。両手を組み、顎を乗せてこちらをじっと見据えている。黒く長い前髪に隠れて見え隠れする、その眼光は鋭い。想像していたよりは小柄な人物だったが、長きにわたり国家の中枢を担ってきたクロウ家の当主だけあって、威圧感が半端ない。


 いや、ニフリート家だって家格では負けてはいないのだが……ジャンル違いすぎてザラス様のオーラに飲み込まれそうだ。というか、単純に怖い。


「ああ、あ……挨拶が遅れてすみません、フェリクス・ニフリートと申します! お忙しい中、こうして機会を作っていただき、ありがとうございます! 本日は……」


「形式ばった挨拶は……いらん」


 ひーーーーっ!!! 怒ってる!!


 本日初対面で挨拶したばっかりだけど、怒ってる。離れているのに殺気を感じるーーー! 


 今にも泣き出しそうな俺の気持ちを知ってか知らずか、アリス嬢は表情ひとつ変えず、入り口近くの席に座るよう勧めてきた。言われるがままに席に着くと、アリス嬢は奥まで移動し父親近くの席に着いた。

 物理的にも、心理的にも、……ずいぶんと距離を感じる。


 そこで、ふと目に入ってきた不思議な物。


「——あの、ザラス様のお隣の席は一体どういう……?」


 ザラス様の隣に並ぶ華奢な椅子。そこに座る人間はいなかったが、背もたれに白い紙でできたヒトガタの何かが貼り付いている。


「『はは』、ですわ」


「は……母!?」



「まあ、『概念』のようなものですので、お気になさらず」


「がい、ねん……です、ねー」


 俺の質問にはアリス嬢が答えてくれた。が、どう見ても、ただの紙だ。しかし……ここで怯えたり必要以上に突っ込むのはよくないだろう。大丈夫、この家に来て奇妙なことが起こるのにはもう慣れた。


 そう自分に言い聞かせてじっとしていたのに、椅子に貼り付いていたヒトガタ紙は独りでに動き出すと、まるで意思を持つかのようにスーッと俺の近くまで浮かんできた。

 同時に、窓の外で雷が光る。


「ぎゃーーーーーー」


 …——…


 ……




「まあ、お母様はフェリクス様を推されるのですね」


「おい、妻。俺という夫がいながら、なんだその浮かれようは!」



 …——…



「なっ! 根暗引きこもりよりキラキライケメンの方がよい、と!? この浮気者!」


「落ち着いてください、お父様。婚約したのは私です。それに、お母様の意見はただの事実ですわ」


「あっ、アリスまで裏切るのか!?」


 ……


 椅子から崩れ落ちた俺には誰も触れず、ものすごい速さで2人と1枚(?)の会話が進んでいく。


 残念なことに、その会話の輪に入っているであろう『お母様』の存在も会話内容も全くわからないのだが……。


 次第にイライラがピークに達したのか、ザラス様は椅子から勢いよく立ち上がった。


「くそっ!! いくらアリスが可愛いからって……よりによってニフリート家が我が家に婚約話など持ち出すとは、なんという不幸!!」


 あ、ザラス様の意見前半に同意します。アリス嬢、可愛すぎるんで。


「お父様、我がクロウ家もニフリート様の家も、非常に大きな力を持つ一族ですわ。貴族間のパワーバランスなどいろいろ考慮されて今回の決定に至ったのでしょう」


「いや……そういうわけでは——」


「貴族のごたごたなど煩わしいだけだ! 嫌だ嫌だ。ずーっと地下で安寧な暮らしをしていたい……それに、あんなギラギラした家にアリスを嫁がせるなどと……あんまりだ……太陽の熱線が如き眩しさにアリスが消滅しちゃうだろうが!」


「いやいやいや」

「お父様、人をなんだと思っているのです」


 床に転がったザラス様の叫びに、俺とアリス嬢はほとんど同時に突っ込みを入れた。


 その後もしばらくの間、ザラス様は愚痴を言い続けた。……承諾してくれたと思っていたが、複雑な親心で最後の抵抗をしている、のだろうか。

 

 降り出した雨は勢いを増し、窓ガラスに叩きつける雨粒の音が大きくなる。



「フェリクス、と言ったか……お前の父のことは若い頃からよく知っている。こっちは関わりたくもないのに昔から度々絡んできてな……」


「実はここに来る前、父には、ザラス様とは親友だから、心配せずに行ってこいとの言葉がありました」


「んなわけあるかぁ! あの、リア充野郎……絶対、こっちのことバカにしてるって。なにが親友だ。あの笑顔、嘘くさいしなっ」


「バカにする、などありえません。父からはどのような方にも誠心誠意真心で接するようにとの教えを受けて育ちましたし、父もその考えを大切に生きております!」


「……もう、それがうさんくさい。ありえない。百歩譲ってそうでも俺と関わるなって。胸焼けするから」


「あんまりな言い様です……」


 なんという捻くれた考えなんだ! これ以上弁明をしても、俺の気持ちは届かなそうだ。でも……



 せっかくのアリス嬢との繋がりを、ここで絶たれる訳にはいかない!



 俺はまだまだ続きそうなザラス様の愚痴を遮り、雨音にも負けず、大きめの声ではっきりと宣言した。


「一目惚れです!!」


「んなぁっ!?」


「家のことは、仲が良くとも、そうでなかろうと、全くどうとも思いません。私は、アリス様がそばにいてさえくれればいいのです」


「——何を…?」


「同意さえあれば駆け落ちでも婿養子でも週末婚でも……いや、毎日会いたいからそれはちょっと……とにかく、なんだっていいんです! 私は残りの人生を少しでも多くアリス様と共に過ごしたい! この世のどんな宝石よりも輝いているアリス様の笑顔を近くで見たい!!」


「……そういう感じ、お前の父親そっくりで嫌いだ」


「嫌われてもやむなし! 許可さえいただければ結構!」


「フェリクス・ニフリート様……もしや……どこか神経を患っていらっしゃいます?」


 ここまで、驚いたような顔をして黙っていたアリス嬢が、じっとりとした目線をこちらに向けて話しかけてくる。そんな表情も可愛い。


「おかわいそうに、一般の方の感覚でしたら、私と関わるのも恐ろしいはず。ここまで来る間に、恐怖で判断がつかなくなってしまわれたのですね」


「……違う! 私はいたって正常ですし、本心しか言葉にしていません」


 それでも不信感を隠しきれない、警戒した猫みたいなアリス嬢がなおさら可愛い。俺は椅子から立ち上がると、アリス嬢に近寄った。


「私は……自分の意思で貴女を妻にと望み、この場にいるのです! 必ず、幸せにしますから、どうか、このお話を受けてはくださいませんか?」


 片膝をつき、アリス嬢に頭を下げる。部屋の中には雨音だけが響いている。




「その必要はありません」




 しばらくの間の後、アリス嬢の声が静かに、しかしはっきりと響いた。



「——……どうやっても……私との縁談は受け入れてもらえないのですか……」



 どう見ても乗り気ではないアリス嬢にひたすら話しかけ、無理やり縁談の話を持ち出していた自覚はあった。正直、婚約の了承を得られたと思っていた手紙も、真っ黒だったしただの呪いの手紙だったような気がしないでもない。何なら、自分の願望のせいで幻覚を見ていたのかもとさえ思えてきた。


 それでも、言葉にして面と向かって断られてしまうとやはり堪える。



 ……どうしても……だめ、なのか。



 垂れた頭を上げられず、気持ちの整理がつかない俺に、アリス嬢の声が掛かった。


「そういう、話ではありませんわ」


「……え?」


「そもそも、婚約了承のお返事はクロウ家から届いておりますよね。それでフェリクス様も我が家にいらしたのでは?」


「あれは、幻ではなかったのか……」


「でもアリス……」


「いつまでもぐだぐだ言わない! お父様はだまっていてください!!」


「……」


 話が見えない。アリス嬢が何を言いたいのか分からず、言葉を待っていると、小さく息を吐いてアリス嬢が話し始める。


「私はフェリクス様と婚約を結びました。それを今さら覆すつもりは全くありません。ただ……」


「ただ?」


「私の幸せは、誰かに与えられるものではありませんわ。フェリクス様が私を選んで下さるとおっしゃるのなら、私は、フェリクス様も一緒に幸せになっていただきたいのです」


 そう言って真っ直ぐに俺を見つめるアリス。え——断られたわけじゃなくて——……俺の幸せも考えてくれている!? 


 あまりの感動に立ち上がり、アリス嬢の両手を握った。


「アリス様! こんな私ですが、どうぞよろしくお願いします!!」


 母(?)はカラフルな紙吹雪となり、俺とアリスの上に降り注いだ。ザラス様は大泣きしている。


 降りしきっていた雨は小康状態となり、窓の外からは柔らかな日の明るさを感じられるようになった。


 いい雰囲気のままアリス嬢の肩を抱きしめようとすると……

 アリス嬢にかかっていた護身の魔術で、マンドラゴラの叫びが鳴り響いた。




     ◇   ◇   ◇




 あの後、3日寝込んだっけな―……


「フェリクス様」


 自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、顔をあげると、愛しい人の顔が目に映る。


「何か、考え事ですか?」


「……いや、昔のことを思い出していてね」


 今日はアリスの屋敷の庭で、一緒に花を楽しんでいる。

 膝の上に乗る猫を撫でながら、俺はアリスに笑顔を向けた。……あの時は、こんな日が訪れるなんて想像もできなかった。


「まあ、いつの話でしょうか?」


「アリスと婚約したばかりの頃のこと。昔から可愛かったなーって」


「フェリクス様……やはり独特の感性をお持ちなのですね」


「前々から思ってたけどさ、アリスは自分の価値を全然分かってないよね。こんなに素晴らしい女性に、俺は今まで出会ったことがないっていうのに!」


「そ……う、ですか、ね?」


 よく見ないと分からないような小さな瞳の揺れで、アリスが照れているのを感じ取る。

 

 そこで、横に座っているアリスの手をとった。


「アリスには悪いけど……俺ばかり幸せになってる気がするな」


「そんなことありませんわ。私も……フェリクス様のおそばに居られて、とても幸せです」


 ……


 めったには見れないけど。

 この、笑顔を見ると、いつも心臓を掴まれたような気分になる。


「これからも、ずっと、よろしく」


 そうして、俺達はお互いに笑い合った。


 いつも情けない姿ばかり見せている俺だけど……アリスのためならどれだけでも強くなれる。

【登場人物紹介】

ザラス・クロウ…アリスの父。生まれてこの方ずっと陰キャ。仕事も人付き合いも嫌いだが、貴重な黒魔術師のため、王から頼りにされている。アリスの結婚式後には一週間ほど引きこもった。


母…クロウ家でもトップクラスの、謎の存在。アリスが小さい頃は普通に人間だったような? しかも、かなりの美人らしい(噂)

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