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スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら  作者: 石田フビト


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五話 低音ダウナー灰髪ニヒル隈ありスレンダーお姉さん受付嬢

「冒険者登録、お願いできますか?」


「あぁ……いいよ……」


 彼女の声は女性にしては低く、掠れていた。完全に解釈一致である。

 にしても、ふーん……低音掠れ囁き声、か。

 ふーん?


 ……えっちじゃん。


「くく、しかし君も酔狂だねぇ……こんな私に、登録をお願いするだなんて」

「そうですか? 普通だと思いますがね」


 はい、君呼びいただきましたありがとうございます。

 ここだけ録音してループ再生したい。


「もっと周りを見てごらんよ……ほら、日向ひなたちゃん固まってる。笑顔のまま、可哀想に」

「どちらかというと可哀想なのは奥の方では」

「受付嬢は仕事してなんぼさ。これも百桃ももちゃんのいい経験になる」

「じゃあお姉さんも仕事しないと駄目じゃないですか」

「はは、何を言ってるんだい。仕事はしてるよ……今、まさに、ね」


 そう言って、彼女はニヒルな笑みを浮かべる。

 細められた目が蠱惑に僕を誘った。


 おいおいおいおい。ここに来てニヒル属性まで増えるのかよ。

 どこまで性癖の進化を残してるんだ。

 低音ダウナー灰髪ニヒル隈ありスレンダーお姉さん受付嬢とか、歩いてるだけで青少年の性癖破壊するだろいい加減にしろ。


 ちゅき。


「さて……それでは変わり者君、登録に必要な書類はちゃんと持ってきたかな?」

「はい。ええと、リュックに……あれ、どこだっけ」

「んー? 忘れちゃったのかい……?」

「ははははそんなまさか。……え、あるよねほんと」

 

 リュックの中を必死に探す。

 これは折り畳み傘で、これは雑学本で、懐中電灯でもなく、これじゃなくてこれでもなくて……。

 あった!


「ありました、ありましたよお姉さん!」

「うん、よく忘れずに持ってきたね。えらいえらい」

「……ふへ」

 

 人に褒められたのとか、何年ぶりだろ。

 学校じゃぼっちだし、母さんは仕事で忙しいし、バイトじゃ露骨にハブられてるし。

 基本的に存在価値が低いのが僕だ。

 そんな僕を、えらいえらいって。

 ……あ、なんか泣きそう、やばい。

 

「うん……うん……大丈夫そうだね。書類に不備は見当たらない。それじゃあこれから説明をするけど……時間はあるかい?」

「もういくらでもあります」

「くく、それはよかった……」


 お姉さんが笑う。

 僕、うれしい。

 和幸、ダウナーお姉さんの笑顔、すき。

 ちゅき。

 もう国の天然記念物に登録した方がいいんじゃないかな。

 観光客めっちゃ増えそう。

 

「……ということだよ。分かったかな……?」

「……ほぇ?」

「おや、なんだい。聞いてなかったのか。君は真面目な子だと思ってたのに……残念だね」

「え、ちょ、ほっ」


 ま、まさか僕がダウナーお姉さん好き好き脳死状態になっている間に説明を……!?

 そんな、僕はなんてことを!

 ああ!

 僕の馬鹿!


「……くふ、くくくく。いやいや、冗談だよ、冗談。少しぼぅっとしていたからねぇ、ちょっとした悪戯さ」

「ふーん」


 まあ分かってたけど。

 でもそういうことするんだ。へぇ、お姉さん、そういうことしちゃうんだ。

 いけずな人。

 僕をおちょくるのも大概にしろよ。

 いくら僕の性癖ど真ん中ストレートぶち抜いてるからって、やっていいことと悪いことがあるだろ。

 ふん。

 もっとお願いします!


「じゃあ改めて説明を……まず冒険者になるために必要なものについて、だが。雨夜君、これは何か分かるかい……?」

「ふむむ? ……さっき渡した適合者検査の結果、ですか?」


 唐突な雨夜君呼びに内心狂喜乱舞しながらも、さも平然とした態度で返答した。

 たぶん、人の目が無かったら喜びのダンスでシャトルランしてたと思う。 

 

「それも必要だけど、違うね……」

「じゃあ履歴書とか、個人情報とか」

「うーん、それも違う」

「えー。じゃあ心意気?」

「それだ」

「へ?」

「まぁ、厳密にはちょっと違うが……」


 適当に言った言葉が当たっていた。

 冒険者になるために必要なもの。

 それが心意気……?


「結局のところ、ね。どれだけいい学校を出ても、どれだけの血筋に生まれても、たとえ適合者として選ばれたとしても」


()()がなければ、冒険者にはなれないのさ」


 笑みが深くなる。深く、暗く。

 僕という存在を見透かそうとしている。引きずり出そうとしている。


「覚悟、ですか」

「そうだよ、雨夜君。君にはあるのかい。恐ろしい迷宮へと挑む、冒険者になる覚悟が――」


「あります」


 食い気味に返答した。

 彼女の瞳が僅かに、揺れる。


「……迷宮で一人で死ぬかもしれないよ?」

「死にません」


「全く強くなれないかもしれない」

「強くなります」


「誰かに裏切られるかもしれない」

「裏切られるようなやつとは仲良くしません」


 すっ、と。目を細められる。

 深淵を思わせる黒い瞳が僕を見ていた。その黒に、どのような感情が渦巻いているのか察することはできない。


 でも、僕は。

 

「それは覚悟がない……ということじゃないかい?」

「死ぬ覚悟があっても、人は死なないわけじゃありません。強くなれない覚悟なんて、あっても慰めにしかならんでしょ」

「つまり、現実から目を背けてまで理想を追うと?」

「……現実も理想もいらないんですよ。僕が欲しいのは、今だけです。今生きて、生きて、それだけなんです。だから……」


 現実を見ろ、という奴がいる。理想を追い求めろ、という奴がいる。

 でもそんなものはないんだ、きっと。

 少なくとも僕はそう思う。

 今まで必死に生きてきた。お金を稼いで、節約して、色々考えて。

 生きてきたんだ。

 明日を生きるために。大切な何かを守るために。


 そこには非情な現実も優しい理想もない。

 やるしかないんだ。諦めずに、手を尽くして成し遂げるしかないんだ。

 余計な思考はいらない。

 だから言えた。

 迷いはなかった。


「僕は冒険者になります」

「……へぇ」


 それだけだ。他はいらない。

 生きるために必要なことは、いつだってシンプルだ。


「なら雨夜君。そんな君はどうして冒険者になりたいんだい……?」

「学費が浮くのと小遣い稼ぎ、ですかね」

「んー、夢がない」


 けど、嫌いじゃないよ。

 相変わらずニヒルな笑みのまま、彼女はぼそりと囁く。

 

 ……よく分からないけど、これで冒険者になれるのだろうか?


「ああ、合格さ。ようこそラビリンスへ。心より歓迎するよ、雨夜和幸君」

「え? あ、えと、ありがとうございます……?」


 胸中に抱いた疑問に答えるよう、発せられた言葉に驚く。 

 まぁいいや。ダウナーお姉さんなんだ、人の心ぐらい読めても不思議じゃない。


 ……てかいい加減ダウナーお姉さんは長いな。

 この人なんて名前なんだろう。

 聞きたいけど、流石にそれは陰キャに厳しすぎる。胸の名札を見るなど以ての外だ。

 せめて会話のきっかけがあれば。


「おっと、そういえば申し遅れたね。私の名前は……朽葉欠月(くちはしずき)。これからよろしくね、雨夜君」

「……やっぱり心読んでます?」

「まさか。君が分かりやすいだけさ」


 つまり馬鹿で単純な僕程度なら簡単に支配できるってことか。

 いいじゃん。そういうのもっと頂戴。

 ダウナーお姉さん……もとい朽葉さんに馬鹿にされるのが一番健康に良いってテレビでもやってた。

 今度お爺ちゃんに会ったら教えてあげよ。


「さて、さて。これで君は晴れて冒険者になったわけだが……残念だけど今の君では、まだ迷宮に潜ることはできない」

「え」

「迷宮組合には法律があってね。初めて迷宮に挑む際は必ず一週間の期間を設けないといけないんだ」

「ありゃ、そうなんです?」

「知らなくて当然さ。何せ最近できた法律だからねぇ……」


 何てことだ。

 てっきり僕は、登録した瞬間から迷宮に潜れるとばかり。

 てか講習でもそう言われてた気が。

 まぁでも、あれ受けたの二週間くらい前だし……法律かぁ。なら仕方ないよね。お国には勝てません。


「はぁ、折角フライパン持ってきたのに……」

「くくく、そう落ち込むこともないよ。特に、調理器具を武器として使う君には……朗報だろう」

「?」

「上も、何の理由もなしに規制を敷いたわけじゃないってことさ」


 朽葉さん。それ言われても分かりません。

 もっと馬鹿な僕にも分かるように説明してください。


「つまり、どういうことですか」

「雨夜君。冒険者の死亡率が最も高い階層はどこだと思う……?」


 く~、焦らされてる~。


「話の流れ的に……初層ですかね」

「ふふ、惜しいね。正解はその一つ下の上層……十一階層から、死亡率が跳ね上がるのさ。この意味、分かるかい?」 

「ふむむ」


 考えろ。

 朽葉さんが何を伝えようとしているのか。

 上層、死亡率、初層の低難易度、フライパン、僕にとっての朗報……。


 あ、もしかして。

 

「武器、ですか」

「ピンポン。……正解」


 よっしゃああああああああああ! ピンポンいただきましたああああああああ!

 ……で、何で武器?


「はっきり言って、初層に出てくる魔物は……そうだね。小学生でも頭を使えば殺せるレベルだ。とても弱い」

「らしいですね。教官もそう言ってました」

「ん、教官……?」

「え? あ、はい。適合者の検査の時に講習を受けまして。そのときに言われました」

「へぇ、そうなんだ。今時はそんなこともするのか。……なら、迷宮の説明は省いてよさそうだね」

「あっ」


 馬鹿、僕の馬鹿! 間抜け!

 朽葉さんが折角説明してくれるはずだったのに、何て愚かなことを。


「あの、今の全部嘘です。講習受けてません。迷宮ってなんですか?」

「くく……だぁめ。私はできるだけ仕事はしない主義なんだ。いくら雨夜君の頼みでも、聞けないねぇ」

「そんなぁ」


 残念過ぎる。

 でもいいや、朽葉さんの『だぁめ』が聞けたし。十分な収穫だろう。今年は豊作だなぁ。


「……と、話を戻そう。んー……どこまで話したかな」

「冒険者に必要なものについて、までです」

「ああそうだった。初層に出てくる魔物は君も知っての通り、とても貧弱だ。ではどうして、その下の十一階層から死亡者が激増するのか」

「……調子に乗った、とかですかね?」

「本質はそう。でも直接的な原因は……」

「あ、そういうことか」


 漸く分かった。

 要するに、初層で調子に乗った冒険者がそのまま同じ装備で降りて……分からされるってことか。


「初層はそれこそ、素手でも倒せる魔物がごまんといるからねぇ。ある程度レベルも上がって、気が大きくなった時が一番危険なのさ」

「このままでいける、と思ってしまうんですね」

「そして十一階層からの魔物は今までと格が違う。階層に合った装備じゃないと、まともにダメージは入らない……」

「……」


 僕はリュックの中に入っている、小さなフライパンを想う。

 家を出る前にはとても頼もしく映ったその姿が、今の話を聞くと途端に弱く見えた。

 てかよくよく考えて、迷宮にフライパンって頭おかしくない?

 戦後かよ。


「……ま、というわけでね。あまりに上層の死亡者が多いから、上も支援を増やすことにしたのさ」

「支援ですか?」

「そう。……君たちが簡単に死なないような支援をね」

「へぇ、そりゃ有難い」


 屈強なボディガードでも付けてくれるのだろうか。確かにそれなら安心できる。


「まず第一に、防具。極論死ななければいいから、こっちの方が優先度は高いかな」

「そっちのボディガードか」

「……?」

「あ、いえ、何でもないです」


 話の腰を折ってしまった。申し訳ない。

 しかし防具か……死ななければって朽葉さん言ってるし、全身鎧みたいな防具かも。それはそれで、ちょっと嫌だな。

 動けなさそう。


「えと、それってどれくらい重いんですかね」

「ん? ああ……ふふ。なに、雨夜君が思ってるほど上等なものじゃないさ。防具とは名ばかりの制服。まぁ、軍服に似てるかもね……」

「あら、そうなんです?」

「うん。だから心配しなくていいよ……転んで立ち上がれない君を、見てみたい気もするけど」

 

 お望みとあらば、今すぐにでも。


 という喉まで出かかった言葉を何とか飲み下した。

 僕は紳士なのだ。

 こんな人目があるところで上級者プレイを嗜むつもりはない。

 冷静に、そして高い品格を持って僕は口を開く。

 

「僕、打ち上げられた鯉の真似だけは自信あります」

「へ……?」


 あ、やべ。

 何か意味わからないこと言っちゃった。

 平静なふりしてれば今からでも間に合わないかな。あれ、今の聞き間違い?みたいな感じで。


「いやぁ、安心しました。でもそれだと今度は、助かるかどうか心配ですね」

「……くふ、ふふふ。君は愉快な子だねぇ、ほんと。ああ、それも心配ない。少なくとも、ナイフ程度なら弾いてくれるさ」

「え、しゅごい」


 思わず素で驚いてしまった。ナイフ程度って……普通に凄くないか。

 視線を下に落とす。

 見えるのはセールで買ったよれよれのシャツ。とてもじゃないが、ナイフを防ぐことはできそうにない。

 何なら定規でも怪しいくらいだ。


「ちなみに、防具のサイズは三種類。SML、君の身長だと……Lでよさそうかな」

「あ、はい」

「それじゃあここの紙に……あ、これ申請書ね。一応本人が書く必要があるから、お願いできる?」

「分かりました」

 

 すっ、と細い指に連れられて紙が置かれる。

 そして僕は朽葉さんに言われるまま申請書を記入していった。

 名前や生年月日、身長体重……はあんま覚えていない。どうすればいいかと聞いたら、適当で良いとのこと。

 心配性の僕としては怖い言葉だ。

 身長……確か、180後半だったかな。体重も……60ちょいだっけ。


「雨夜君、ちょっと痩せ気味だね……ちゃんとご飯食べてるかい……?」

「ええ、まぁ」


 曖昧に頷く。

 家庭の事情を話そうとは思わなかった。そんなことを話したところで、朽葉さんを困らせるだけだ。

 

 ペンを走らせる。

 これで大体、基本情報は書き終わったはずだ。

 後は防具と……武器?


「朽葉さん。防具はここのLでいいんですよね」

「うん、そうだよ」

「じゃあこの、『特別支援武器』というのは?」

「ああ、それね」


 視線の先には、様々な武器の名前が書かれている。この中の一つから選べということだろうが……。


「武器を選ぶ前に、まずはステータスを確認した方がいいかな。それによって使う武器も決まるだろうし」

「……!」


 来た。

 ついに来た。

 待ち望んだ瞬間でもあり、恐れていた瞬間でもある。

 ごくり、と喉を鳴らす。

 手汗が凄いことになっていた。

 

 ……ステータス。

 これによって、僕のこの先の人生が決まるのだ。

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