三話 そろそろ迷宮に入る(嘘)
ドアを抜け、そのままエントランスに伸ばした足を止める。
瞬きも呼吸も忘れてしまったように。
ただ目の前に映る光景に、まず感動した。
「……わぁ」
そこには行き交う冒険者の姿があった。何故か全員、普通の服装だけど。まぁブローチ付けてるしきっと冒険者だ。
そして並ぶ見慣れない店の数々。
どれもこれも、創作と噂でしか聞いたことのない光景だった。
「すごいや……」
感嘆し、何気なく視線をずらす。
アイテム買取、という看板が立てられた店舗には人が並んでいた。
手元をよく見ると、そこにはよく分からない……牙? とか、宝石みたいな石がある。
それを店員さんはじっくりと見て、何事かを呟きながら機械を操作した。
ブォン、と半透明な板が現れる。
なにそれ。
「……おいおい、こりゃちょっと安くねぇか。ブラックウルフの牙だぜ。もうちょいすんだろ」
「がはは、手荒に扱ったな健司。お前嬉しくてこれ握りしめただろ、くっきり跡がついてる」
「えー、まじかよぉ。しくったなぁ」
「そう落ち込むな。お前のその怪力ならいくらでも狩れるだろうよ」
気付けば店に近付いていたようだ。
買取客と店主の会話がかっこよくて、聞き入ってしまった。
なんか、いいな。うん、なんかいい。
凄くそれっぽい。
こういう非現実的な会話好きです。だって男の子だもん。
もっと他にはないかな。
「安いよ安いよ~! 本日入荷したばかり、火耐性のポーションだよぉ!」
「武器の破損はありませんか! 今なら格安、五万円で修繕しますよ!」
「防具に困ったらここ! アーメストにいらっしゃい!」
そうして歩き出して数分。
僕はすっかり魅了されていた。今ならショッピングする女の子の気持ちが分かる気がする。
これ、見てるだけでもかなり楽しいのだ。
特に今呼び込みをしている店舗と、特別なことをしていない店舗の違いは興味深い。
「おやっさん、いつものあるかい」
「あいよ。どうせ来るだろうと用意してたさ。今回も二つだろ?」
「悪いな」
「ん」
すれ違い様に盗み聞く。
し、痺れる会話だ……かっこいい……。
今の店はたぶん、呼び込みはしていないだろうな。きっと昔からあるアイテム屋さんなのだ。
積み上げてきた実績と信頼が違う。
そう感じさせる安心感があった。
だから特別なことをしなくても客が途絶えないのだ。
「どうですかー! 冒険の間にちょっと休憩、簡易型組み立て式椅子はいりませんかー!」
「本日開業祝い! 全品値段三割引です! 買うなら今だよ、今!」
それに比べて、彼らはまだ店を出し始めたばかりのように見える。
いや見えるというか、本人もそう言ってるけど。
これから固定客をゲットしていくんだろう。頑張ってください。
「うーん、楽しい」
そして悩ましい。
僕もまだ登録はしていないとはいえ、将来的に冒険者になるのだ。
彼らのようなアイテム屋、武器屋、防具屋は欠かせない存在。ではどこの店を選ぶべきか。
安さが売りの店か。
それとも品質を重視した店か。
新人への期待か、昔からある信頼か。
全く、悩ましいところである。
まだ冒険者になってすらないけど。
「あ」
そんなことをだらだら考えていると、突き当りに到着してしまった。
目の前の壁には『受け付けはこちらにて』という言葉に左矢印が添えられてある。
またその下には『練習場はこちらから二階にお上がりください』、と右矢印が。
今のところ練習場とやらに用事はない。
標示に沿って行くのが無難だろう。
「……」
足先を左に。
一面純白に染まった通路をコツコツ歩く。
先程の喧騒から離れ、他に誰もいない道はどこか寂しく、神秘的であった。
安いボロボロの靴がタイルを踏みしめる。
僅かに響く音が、前を確かに進んでいることを知らせてくれた。
……な、なんか緊張してきたな。
なんで誰ともすれ違わないんだ? あれ、今日ほんとにやってるよね?
歩く度に疑念は増すばかり。
鳩尾の上がちょっと冷たくなって、嫌な汗をかき始めたころ。
「――わ、ぁ」
白を抜ける。
景色が隔絶される。
永遠に思えた長い通路を抜けた先は、正しく異世界だった。
「ほぇ……」
建物に入った時よりも更に凄い。
あれは何だ。これは何だ。興味が興味を呼んでくる。
様々な装備を着た人が歩いている。
武士みたいな格好の人。どこかの部族みたいな格好の人。いかにも魔法使いといった格好の人などなど。
それぞれ手には武器を持っていた。
剣、槍、弓、杖、盾。
めっちゃかっこいい。
「うわ、うわわ」
なんだろあれ。
あの暗い青色の……渦だろうか? 正確に形を捉えることはできないが、たぶんあれがポータルというものだ。
まるで落とし穴の如く渦巻いている。
それも、結構たくさん。
「あっ」
沈んでいく。
体中を鉄の装備で固めた、さながら西洋の騎士みたいな恰好をした人が。ガシャガシャ音を立てて沈んでいく。
それは階段を下りていく感じに似ていた。
きっとあの人もこれから、迷宮に潜っていくのだ。
未知に溢れた異界に一人で挑むのだ。
「……うわ、やばいやばいやばい」
家を出たときは散々ビビってたけど……いざこうして目で見ると、なんかこう、やばい。
いや怖くはあるよ? 勿論怖いさ。
でもそれ以上に、ワクワクしている自分がいた。
心臓が躍っている。
鏡を見なくても、目が輝いているのが分かる。
これが冒険者。
これが迷宮。
高校二年生、思春期真っただ中である僕には、あまりに刺激が強い光景だった。
「……」
「おぅい、どうしたアンタ。なにぼーっと突っ立ってんだ?」
「……んぇ? へっ、はっ、えっ? あっ、ごめんなしゃっ! あ、あっ!」
「どうどう落ち着け」
あばばばばば。
そうだった、忘れてた。ここ通路の通路のど真ん中じゃん。
まじか。やらかした。恥ずかしい、死にたい、消えたい。
「ん? アンタもしかして一般人か? 駄目じゃねぇか、こんなとこに入ったら」
「あ、えと、一般人じゃないです。いや一般人ですけど」
「どっちだよ」
「あの、その。冒険者登録をしようと思い至りでございまするゆえ」
「緊張しすぎで敬語おかしくなってんぞ。……てか登録志望者かよ。だったらあっちの受付に行きな。嬢が手続きしてくれるぜ」
声をかけてきたのは、茶髪を短く切り揃えたイケメンのお兄さんだった。
大きなバッグを肩に乗せており、シャツの胸元から除く胸筋がこんにちはと主張していた。
間違いない、彼は陽の者だ。
しかも親切。
僕は体感三十センチほど縮こまりながら感謝する。
「あ、ありがとうございますぅ。あと、すみません、お邪魔してしまって」
「謝ることたぁねぇよ。俺が勝手に声をかけただけだからな。むしろ邪魔したのはこっちだろ」
「いえいえ、助かりました。たぶんお兄さんが声をかけてくれなかったら、一時間はあのままだったと思います」
「はは、冗談……と言いてぇが、確かにな」
茶髪のイケメンお兄さんは僕から視線を外し、目の前の光景を一瞥した。
その瞳は何かを思い出すように細められている。
「俺もそうだった。……あの頃が懐かしいぜ。知らねぇことだらけで、戸惑ってたっけな」
「へぇ、お兄さんもそんな時期が?」
「あぁ。……つか、お兄さんはやめろ。アンタたぶん、俺とタメだろ? 敬語いらねぇよ」
「え」
「あ?」
奇妙な沈黙。
双方に何かしらの誤解が生まれていることに間違いはなかった。
まず、僕から見てお兄さんは大体三十……もしくは二十後半のナイスガイ。若さと積み上げられた経験が合わさっている、大人の男性だ。
対して僕は高校二年生のもやしっ子。
どこをどう見れば同年代なのか。
……いや、分かっている。
「僕、まだ十七歳ですよ」
「……嘘だろお前。てことは高校生か?」
「はい。七回留年した雨夜先輩とは僕のことです」
「え、留年してんの」
「してませんよ。ふざけないでください」
「??」
お兄さんが意味の分からなそうな顔をする。
そうかそうか、つまり貴方もそうなのか。
ちくしょう。
「どうも、ピチピチの十七歳ですぅ」
「いやお前ピチピチというか……飾られた木乃伊の間違いだろ」
「水かければ潤いますかね」
「どうだろうな。百年浸せばワンチャンあるかもだが」
「その頃にはもっと干からびてますよ」
そう、何を隠そうこの僕、雨夜和幸は老け顔なのである。
それもただの老け顔ではない。
「……え? お前、まじで十七なの? 確かに同年代にしちゃ、若いと思ったが」
「逆なんですよねぇそれ。若い割には同年代ぽいっていう」
「まじか」
無駄に高い背丈に、不健康な青白い肌。
親譲りのたれ目に加えて、散髪代をケチったぼさぼさの髪。
バイトしまくったせいで出来た隈。
はい完全に社会不適合者ですね。
僕はこの老け顔のせいで、中学高校ともに友達が一人もできなかった。
そう、顔のせいである。
決してコミュ障だとか人見知りだとか、そんなのは関係ないのだ、きっと。
「はぁ、老け顔ならせめてダンディなおじさまになりたかったです」
「……んー。いやお前の場合は顔っつーより、雰囲気が問題な気がするけど」
「性格がおじさん臭いってことですか」
「や、うーん、なんつーかなー」
うんうんとお兄さんが悩む。
僕のことで悩まれるのは存外悪い気はしないが、このまま彼の時間を奪うのは駄目だろう。
彼は冒険者であり、迷宮に潜るのが仕事だった。
邪魔をしちゃいけない。まぁ今更だけど。
「まま、取り敢えず間をとって、僕が童顔小悪魔系イケメンってことでここは一つ」
「どこの何をとったんだよ」
「んー、うるさいざますねぇ。これだから正統派イケメンは小言が多く正直者で感心ですわ」
「……貶してんのか褒めてんのか。お前、変な奴だなぁ」
「へへへ」
「褒めてねぇよ」
鼻の下を指で擦る。
何だかむず痒い感覚だった。外で人と話すのが数年ぶりだからかな。
へへ、うん、なんか楽しいや。
お兄さんがいい人でよかった。
「……んじゃ、楽しいお話はここらへんで。僕はそろそろ行きますね」
「おう、引き留めて悪かったな」
「いえいえ! むしろ僕がお兄さんのお邪魔をしてしまって。申し訳ないです」
「んー」
お兄さんは目を瞑って一唸り。
「やっぱお兄さんは止めろ。違和感がすげぇ」
「でも僕、お兄さんの名前知りませんし……」
「東条健也だ」
「へ?」
「だから名前だよ、名前。東条健也。一応、下層級の冒険者ってことになってる」
とんとん、と彼は胸のブローチを叩いた。
その色はやや暗い青。
電車で見た痴漢級冒険者と桐生くんのブローチよりも暗い色をしていた。
「下層級……」
一般に、人間のレベルを明らかに超えたと分かるのが中層級とされている。
つまり日常生活を送るだけで様々な制約が発生する分かれ目。
走る速度、物を掴む腕力、スキルの使用。
彼らは生きる上でそれらの規制を強いられている。
そうする必要があるほど隔絶しているのだ。
ならそれすらも超えた、下層級とはどれほどの実力なのか。
一度だけ父さんに話を聞いたことがある。
父さんは中々迷宮について話したがらないが、そのときだけは違った。
憧れと……そして畏怖を込めた声で。
下層級冒険者。
あれは、中層級の人間から見ても格が違う。
怪物に足を踏み入れた、選ばれし存在だ、と。
僕はたまらず言った。
「東条さん。サインお願いしてもいいですか」
「……はは、やっぱお前変わってるわ」
苦笑い。
一度肩を竦めた東条さんは、踵を返して手を振った。
「え、ちょ、サイン」
「んなもんねぇよ。俺の実力なんざ、ここじゃ良くて真ん中くらいだ。サイン書けるほど偉くもねぇ」
「でもいつかなれるかもしれないじゃないですか」
「はっ」
自虐するような言葉に思わず口が出て。
それを聞いた彼は短く笑って振り返り、僕の目を見た。
鋭く細められた瞳。
そこには強い感情が込められているように感じた。
「いいか、雨夜。よく覚えとけよ。下層級に憧れるのはいい。そりゃ冒険者の夢みたいなもんだからな」
「……」
「だがそれ以上は目指すな。深層級……あれはもう人間じゃねぇ」
ただの化け物だ。
魔に染まり切っちまった、暴力の悪魔だ。
吐き捨てるように、東条さんはそう言った。まるで実際に見てきたような口ぶりだった。
「だから雨夜。お前はそうなるなよ」
「……心配しなくても、僕にそんな才能はないと思いますよ」
「だろうな。お前にゃ強者から感じる、特有の空気がない。才能に溢れたやつは、大体そういう何かを持ってるもんだ」
「じゃあやっぱり、大丈夫じゃないですか」
「まぁ、そうなんだけどよ」
お前は妙に危なっかしいというか、なんつーのかな。放っておけねぇんだよ。
とにかく気をつけろ。じゃあな。
最後は早口気味に。それだけ言って、彼は去って行ってしまった。
足の行く先はポータルの方だ。
彼もまた、これから迷宮へと足を踏み入れるのだろう。
「……」
僕は彼の背中を見つめる。
大きなリュックを肩で持つ姿が、何かと重なって見えた。
背丈も年齢も違うのに見えてしまった。
手に、力が籠る。
東条さんとはまだ会って数分の付き合いだけれど。
彼が迷宮で死んでしまうのは、嫌だ。凄く嫌だ。
願わくばどうか、彼に幸運を。
「……さて」
案山子よろしく突っ立ってても仕方がない。
これじゃまた誰かに心配されてしまう。
僕は冒険者になりに来たのだ。
お金のため。母さんのため。家のため。
言葉を変えても結局本質は同じだ。
僕はただ、大切な何かのために冒険者になるのだ。そのために努力するのだ。
だってそれが男の子ってもんだろ?
ね、父さん。




