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スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら  作者: 石田フビト


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二十八話 フィッシングスライム

 超画期的な作戦を思いついてウキウキ気分の土曜日。

 僕は今日もラビリンスへ訪れている。

 エントランスを抜けた先には店が賑わっており、休日であるためいつもより冒険者が多いように思えた。


「さぁ、安いよ安いよ! 本日のおすすめはこれ! 毒消しのポーション! 今ならなんと半額だよ~!」

「強い盾、強い鎧ならアーメスト! あ、そこの綺麗なお姉さん! ちょっと見ていきませんか!」

「魔道具売ってるよ~。誰か来て~。って、こんな地味なとこ誰も来ないか。ははは……て、店長、いつからそこに」


「……ふふん」


 初めこそ面を食らったこの光景。

 しかし修羅場を何度もくぐり、冒険者歴一ヶ月を超えた僕には大人の余裕がある。

 故に店員さんの客引きにもいちいち反応しないのだった。

 どうしよう……今の僕絶対かっこいいわ。モデルのオファーを断るシミュレーションしとかなきゃ。


「……まやくん! ねぇ、雨夜君!」


 そうして人混みを避けながら歩いていると、不意に僕を呼ぶ声がした。

 嘘でしょ、まさか本当にオファーが……。


「あ、雨夜くぅん! 買ってぇ! 『エクストラみつみつポーション』買ってぇ! お願いぃ!」

「なんだ、人違いか……」

「おいこら目が合ったよな? 可愛い美月ちゃんが愛らしいボイスで客引きしてんだから買えよ」

「うわ声ひっく」


 ドスの効いた声を出しているのは美月さんだった。

 彼女はここ、『みつみつポーション』の店長である。本日もまた、合法ギリギリな客引きをしているらしい。

 というかエクストラなんとかって……。


「美月さん、まだバナナポーションの在庫あるのに開発しちゃったんですか? いい加減にしないと破産しますよ」

「いやいや雨夜君。むしろここでこそ新商品の開発なのさ。私はここで一山当てて、今までの資金を回収するんだ……!」

「うーん、もうオチが見えるな」


 どうせ最後には泣いて終わるんだから、そろそろ学べばいいのに。

 いや無理か。目が常人のそれじゃないもん。パチンコとか競馬とかのギャンブルに依存している人と同じ目してる。

 きっと徹夜で開発したんだろうな……哀れ。


「ということで買ってよ雨夜君! 今なら顔見知り価格で二万円にしとくからさ!」

「高い……この前バナナポーション五本買ったじゃないですか。在庫処理手伝ってんだから、それで我慢してください」

「いやでも今回は凄いから! なんとこのポーションは、飲んだ瞬間体中から薔薇の香りが……」

「お疲れさまでした」

「まだ開店したばかりだが……? あ、ちょ、待っ」

「お疲れさまでした」 


 目を合わせず一気に立ち去る。

 美月さんと交流する中で洗練された、逃走方法の一つである。ポイントはなるべく冒険者に紛れること。

 生半可に逃げ出したら最後、財布と時間が溶けていくだろう。

 新手の妖怪かな?


 人混みを縫うように歩みを進める。

 幸いにも今回は逃げ切れそうだった。ふぅ、よかった。

 迷宮に潜りたいだけなのに、何故僕は毎回こんな駆け引きをしているのだろうか。

 下手したら迷宮以上に緊張感があるからね。

 帰りも気を付けないと……。


「……ん」


 それから道へ沿うように歩き続け、受付へと繋がる長い通路を抜けた。

 純白で広大な受付所は冒険者で溢れており、遠くからでもその迫力が感じられた。

 煌びやかな鎧と華美な武器。


 僕もいつかあんな装備を……いや、絶望的に似合わないな。 

 想像した瞬間、淡い憧れが砕け散ってしまった。

 白馬の王子様みたいな恰好はイケメンがするからかっこいいのだ。あれが僕だったら、急にパチモン感が増してしまう。

 これが真理であった。

 結局、僕みたいな陰気な人間は地味な服しか着れないのか。


 迷宮に入る前から落ち込みつつ、とぼとぼと装備室へ向かう。

 その際に受付をちらりと見た。もしかしたら今日も、という期待を込めて。


「あ……」


 ただ一つ空白の受付で。

 我らが女神、朽葉さんと目が合う。

 全てを見通すような妖艶な笑みで、こちらを見ている。

 僕は嬉しくなって手を振った。彼女もまた、ひらひらとそれに答えた。


 先程の陰鬱な気分はどこへやら。

 今にもスキップしそうな心地になった僕は、いつも通り奇異の目に晒されながら装備室へ歩み出した。



「……んしょ、んしょ。……うし、こんなものかね」


 そして十数分後、迷宮に潜るための装備に着替えた僕は装備室の扉を開ける。

 全身を黒に染めた防護服に一振りの刀。

 先程は地味な服しか、などと言ったが撤回すべきだろう。


 この装備は間違いなく素晴らしい。まず無料という時点で最高評価を満たし。

 付け加えて見た目、性能も非常に僕好みだった。

 もはや僕のために作られたのでは? と邪推してしまうほどである。

 ま、あり得るわけないけどね。凡人の妄想だ。


 そんな毒にも薬にもならないことをうだうだ考えている内に、ポータルへ着いた。

 目の前のポータルは二日前と同じく、始まりの迷宮へと繋がっている。

 では早速……っとその前に。


「……どうもこんにちは、メリアさん」

「はい、こんにちは。……完全一致。ご健闘をお祈りします、雨夜様」

「ええ任せてください。今回こそはやってやりますよ!」

 

 冒険者プレートを渡して、メリアさんに啖呵を切る。

 これで何度目の今回こそなのか分からないが細かいことはどうでもいい。

 僕は考えついてしまったのだから。

 超インテリジェンスで画期的かつプリミティブな作戦をね。


 完璧だ……今までここまで完璧と言える作戦があっただろうかいやない。

 もはや八割方一階層を踏破したようなものだろ、これ。

 待てよ、ということは実質的に僕は迷宮を踏破してしまったのか?

 くそ、何を考えているのか自分でも分からなくなってきた。これも天才ゆえの弊害か……。


「頭が良すぎるってのも、考えものだな……」

「……脳の損傷を」

「あ、ごめんなさい。早く行きますね」


 前回の羞恥プレイは本当に辛かった。

 あの悲劇を二度と繰り返してはならない。絶対にだ。


 僕は彼女の冷ややかな視線から逃れるように、急いでポータルをくぐった。

 その際に勢い余って足を捻りかけたのは僕との秘密だよっ。


 




「……っ、よし……落ち着け」


 迷宮に潜り、扉を抜けてから数分後。薄暗い洞窟の先で、スライムを発見した。

 その場を動かずにじっとしている。

 相手はまだ僕を認識していない。

 絶好の好機だ。


「ふぅ、ふぅ……」


 スライムとの距離はざっと二十メートル。

 いや、暗いから実際はもう少し短いかもしれない。なんにせよ、スライムの索敵範囲外である。

 作戦実行だ。

 

 ポーチを開き、屑魔石の入った袋を取り出す。

 括りつけた紐の長さは十メートル。前回よりもかなり長いものに取り換えた。

 紐が嵩張る関係上、囮作戦は困難になる。

 しかし。


「……えいやっ」


 見よ、この体力測定Eの実力を!

 僕の貧弱な肩から放たれし魔石袋がヘロヘロと空中を舞う。


 ポスン。


 かくして、魔石袋は静かに着地した。紐の長さから考えるに、その飛距離なんとおよそ七メートル。

 嘘だよな……?


「いや別に本気で投げたわけじゃないし。ていうか袋という性質上投げにくいのは必然であって、別に僕が弱いって証明にはならないよね、うん」


 あと袋が壊れないように内側の部分、布詰めてたしさ。

 それも関係あるんじゃないかな、うん。


 言い訳終了。

 さて、スライムの動きはいかに。


『……』

「……ふーん」


 動き、なしと。

 つまり、えーと二十から七引いて……十三メートルは索敵範囲外ってことね。

 ていうか次回はあれだな。紐に一メートル間隔で目印付けとくべきだな。

 

「よしよし、いい感じだぞ……」


 だが作戦に支障はない。

 投げた袋を紐で回収し、手元に戻す。次はもう少し進んで投げてみよう。

 

「ほいせっ」


 小さく三歩進んでから再度投擲。

 できるだけ先程と同じ力で投げたつもりだが、どうだろうか。

 スライムの方へ視線を向ける。


『……』

「……ふぃー」

 

 またもや動きはない。

 何だか安心したような、不安なような。いつ爆発するか分からない爆弾を見ている気分だ。

 非常に怖い。

 いや、怖気づくな。大丈夫、僕ならやれる。


「……ていやっ」


 三歩進んで、投擲。回収。

 また三歩進んで、投擲。回収。


 そんな傍から見れば頭のおかしい行動を、五回ほど繰り返した時だったろうか。

 

『……!』


「っ、来たっ」


 スライムに動き、あり!


 握っていた紐を勢いよくこちらへ引っ張る。それはさながら、釣り糸を引っ張る熟練の釣り人であった。

 空中を飛ぶ魔石袋。


『ピ、ィ……!』


 そして、それに追従するように突進するスライム。

 空中へ逃げた獲物を捉えるため、青色のぽよぽよが宙を舞う。

 全て、計画通りだ!


「フィッシィィングッ!」


『ピ……!?』


 紐を手放し、袋を後方へと放り投げる。勢いのままに上を通り越していくスライム。天井から固い何かがぶつかる音がした。

 今頃、奴は混乱しているだろう。

 なにせ急に敵がもう一体現れたんだからなぁ!


 くくくく……でも奇遇だね、僕も混乱してるよ。

 君、ちょっと飛びすぎじゃない? このままだと着地狩りできないんだけど。


「やっばい!」


 慌てて体を反転しつつ抜刀し、地を駆ける。

 早く、速く、疾く!


 スライムが地面に着地する。距離はまだ遠いか。

 次の突進まであと何秒だ? 考えるな、ただ一刀のことだけに集中しろ。


「しぃ、ぃいいっ!」


 世界が遅延する感覚。

 目の前で蠢くスライムの核が、赤く爛々と輝くのが鮮明に見えた。

 スライムの体が震える。突進の準備。こちらも刀を上段に構える。

 

 間に、合え……!


「――っ!」


 一線。


 僕の全力を以って振り下ろされた刀は、風を斬り、半固体の体、切断、それを超えて……。


 ガ、ギン!


『ピ!? ギ、ィ……』


 核を両断した。

 まるで鉄をかち割ったような固い感触。されど力任せに斬ったわけではない。僕の腕力では、力だけの叩き切りは不可能だ。

 技術で斬った。

 その事実が、僕のなけなしの自信を支えてくれた。


 ……はぁ、それにしても。


「あっ、ぶっ、なぁ~……」


 へなへなと座り込む。

 全身の緊張が解け、今更に汗が噴き出してきた。

 結果的に圧勝に終わったこの勝負。だが中身を見てみれば、酷く粗の目立つ勝利であった。 


「は、はは……手、震えてら……」


 まず予想外その一。スライムの索敵範囲は思ったよりも短い。

 最後に投げたのは……どうだろう、十メートルちょっとか? それで投げたわけだから、結構短いと思う。

 まぁそれはいいとして。


「……めっちゃ飛ぶやん、君」


 いやぁ、ビビったね。正直想定では目の前に着地したところを狩るつもりだったんだけどね。

 まさか上を飛び越えていくとは思っていなかった。

 おかげでこっちは大慌てだよ。ほんと、間に合ってよかったぁ。


「走った分合わせたら……三十メートルはいったんじゃない?」


 おっそろしい……ほぼ溜めなしで、なおかつ上向きに発射してこれだからね。

 一回天井にもぶつかってたし、純粋な突進ならどこまで飛ぶのだろう。


 改めてスライムは危険な存在であると認識する。

 しかし、僕はようやく編み出したぞ。

 今まではただ逃げ続けるだけだった勝負が、対等な土俵に立った。これは大きな進歩だ。


「まだまだ改良できる点はある……」


 魔石袋の投げ方。回収する角度。索敵範囲の調査。失敗したときの対応……。

 もっと効率的に。もっと効果的にスライムを狩る方法を考えねば。

 あーでもない、こーでもない。


 スライムの核を剥ぎ取りながら、僕は思索を続けるのであった。

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