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スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら  作者: 石田フビト


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閑話 私の名前は

 ラビリンスの広大な受付所には窓がない。壁も床も完全に密閉されており、純白の内装は光源もないのに光を発していた。

 朝から夜まで一定の光量を保ち続けるこの空間。

 その光景は彼女にとっての常識だった。今更何かを感じることはない。そもそも感じる器官がない。


 空色の淡い髪色をした美しき少女は、今日もまた一日の終わりを脳内メモリに刻み込む。

 これでおよそ158年が経過した。

 依然としてはじまりの迷宮は存在しており、異常はない。誰も彼もが一日や二日で踏破し、次の迷宮へと潜っていく。

 与えられた責務。変わらぬ日常。


 その、はずだった。


「……」


 無表情の彼女が仮想脳内空間で思い出すのは一人の冒険者のことだ。

 整えられておらぬ黒いぼさぼさの髪に、作られた眼の下の隈。青白い肌は不健康な生活が垣間見える。

 軽薄な笑み。どこか疲弊感を含んだ話し方。かと思えばおどけて、まるで道化のような振る舞いを好んでいる。


 雨夜和幸。


 外見と年齢が一致しないあの青年の名前だ。

 つい三週間前、冒険者登録を済ませた駆け出しの冒険者らしい。 

 故に彼がこの迷宮を選んだのは当然のことだ。

 何せここは、はじまりの迷宮なのだから。


「……報告します、本日の入迷者、一名。報告を終了します」


 耳に手を当て、冒険者援助オートマタである『アルストロメリア』のグループネットワークに報告をする。

 そうして彼女の仕事は終わりを告げる。

 内部時刻を確認すると、時刻は丁度十時になっていた。


 少し遅れて、他のポータルでも声が上がった。


「報告でーす、今日は四十人が来ましたー」

「報告するっす。火の迷宮には中層級が四十五、下層級が十三だったっす」

「報告~。えっとねぇ、今日の冒険者ちゃんはぁ、百十四人だったよ~」

「報告します、本日は……」


 現在ここにいる『アルストロメリア』は彼女を含んで()()。それら全員が耳に手を当て、虚空に向かって報告をしていた。

 彼女達の色鮮やかな瞳が機械的に揺れる。

 そして何名かが思わずといったように声を発した。


「うわー、合計で七百いかないかぁ。こりゃちょっとまずいねー」

「仕方ないっすよ、今日は水曜ですし。代わりに土日で巻き返すっす」

「そうそう~。いつもこんな感じだよ~。『207番』は心配性ね~」

「業績トップがなんか言ってるー。うざー」


 話しているのは三名の女性だ。いずれも非常に整った容姿をしており、髪色は赤、黒、緑と様々である。

 また身長や髪形、発育具合もそれぞれ異なっていた。

 しかしよく観察すれば分かるだろう。彼女達の容姿が、双子のように似通っていると。


「『72番』、休眠モードに入ります」

「『356番』、休憩しまーす」

「『193番』、皆様お疲れさまでした」


 歓談している三名以外の『アルストロメリア』が自らの認識番号を口にし、一名、また一名と受付所を去っていく。

 ただでさえ静かだった受付所が、更に静謐な雰囲気を帯びていく。


 なお、既に受付嬢は帰宅済みである。ラビリンスは比較的ホワイトな企業であるため、よほどの異常事態がない限り、六時には帰宅できるのだ。


「……」


 やがて受付所には、先程から歓談している三名とはじまりの迷宮にいる一名の『アルストロメリア』しかいなくなっていた。

 彼女は考える。

 しかしすぐさま無意味なことであると悟り、思考を中断した。


「いやぁ、ほんとどうすれば『230番』みたいに人集められるんすかねぇ。やっぱあれっすか。自分もお淑やかにしたほうがいいっすか」

「んふふ~。『302番』もある界隈では根強い人気があるからね~。そのままでいいんじゃなぁい?」

「おー。じゃあ私もこのままでサボってればいいかー。やったぜー」

「いやいや、むしろ『207番』はもうちょっと『302番』を見習って……」

 


「それ以上茶番を続けるなら帰還します。『207番』『230番』『302番』、速やかに用件を済ませてください」



 そう口にした瞬間、三名の瞳が一斉にこちらを向いた。

 先程までの穏やかな空気は消え。あるのは仕事を淡々と行う無機質な雰囲気だけだった。

 三名との距離はおよそ三十メートル。

 しかし両者ともに、聴力は人間のそれではない。たとえその十倍は離れていても、会話は可能だった。


「……」

「……」


 三色の異なった視線と、空色の視線が交わる。

 言葉をかけられた三名は無言のまま距離を詰めようとはしない。その姿を見て、彼女は正しい判断だと評価した。


 自分のやった行いは正しく越権であり、異常だ。十分以上の警戒が必要だろう。

 それを理解しているからこそ、彼女は動かない。

 ただただ、判決の時を待っている。


「……『0番』、本日の二時五分二十六秒にて『モード・ドミネイト』の発動が検知されましたー。その説明を詳細にお答えくださいー」

「発言内容を確認。了解しました。しかし詳細という部分には回答しかねます」

「ん~、それは困るよ~。私達としても~、貴女をどう処罰すればいいか迷ってるのに~」

「詳細に話せない理由は、話せるっすか?」


 赤い髪をした『302番』と呼ばれる少女にそう問われ、彼女は僅かに逡巡する。

 しかしそれも一瞬のこと。すぐに小さな唇を静かに動かし、説明を始めた。


「詳細に話した場合、禁則事項318に関する内容を伝えることになります」

「……! ……なるほどー、確かにそれは大変だー」

「た、大変ってレベルじゃないっすよ!? ランクⅣの禁足事項じゃないっすか!」

「う~ん、難しくなってきたね~」


 騒ぐ三名の同胞に対し彼女は何の感情も表さない。弁明も言い訳もしない。

 それは潔いというより、最初から助かろうとする気持ちが存在していないように見えた。

 事実そうなのだろう。

 彼女は今、自分を処分するべきだと考えているのだから。


 合理性の極み。

 プログラムされた思考回路のまま、彼女は口を開き……。


「提言します。処罰の判断が難しいのでしたら、私の処分を……」


 途中で言葉を詰まらせる。処分の申請をするはずが、何故か口が動かない。

 何故。

 何故。


『あの、色々教えてくださりありがとうございました。えと……勉強になりました』


 ……何故、彼のことを思い出すのだろう。


 何故、また今度と手を振る彼の映像が流れるのだろう。


 何故、何故。


 何故、自分は……。


「……弁解します。先の行動の理由について、私はあくまで原則に基づいたものと説明します」

「ふむー?」

「かの冒険者は知識不足により生命の危険が予想され、私はその救助のため越権を為しました。よって、先の行動は人命第一という規則に準じたものであると、再度弁解をいたします」

「あぁ~、なるほどね~。うんうん、わかるわかる~」

「いやそれ絶対分かってない反応っす。……ええと、つまり『0番』が言いたいのは……」


 どこか困惑した様子で赤髪の少女は言葉を途切らせる。

 おそらく頭の中で情報を整理しているのだろう。無理もないことだった。

 自分ですら、どうしてこのような弁解を行っているのかが理解できないのだから。

 

 処分されるべきだ。

 自分の中の合理性はこう言っている。

 他の同胞は入迷者のノルマを達しているというのに、自分は未だ十を超えたことがない。

 処分されたところで不備はなく。寧ろ改良型が務めることのメリットの方が大きかった。


 失敗作だと思う。ピースモデルのプロトタイプとして創造された自分は、きっと生まれながらにして欠陥品に違いなかった。

 だから多くの後継機が創られたのだ。

 形を変え、性格を変え。自分では役に立たぬから。自分では冒険者を引き込むことができないから。


 無論、はじまりの迷宮という性質上、それは仕方のないことだとは理解している。

 能力不足ではなく運が悪かったのだと。

 そう理解することはできる。否、通常ならばそう考えるはずだ。

 だからやはり、自分は欠陥品だった。

 

 虚しい、などと。

 ただ終わりゆく日々を眺め、誰の相手もされず。ようやく来た冒険者も一日二日で去っていく。

 顔も覚えられることもなく。

 誰の記憶にも残らない。


 そんな日々を、創造物たる自分が虚しいと感じるのは、明らかな異常だった。


「うーんと……」

「……私は」


 彼が禁足事項318を知らないと理解したとき。

 いい機会だと、どこかの思考回路が言った気がした。

 これで自分が越権行為をすれば処分され、この虚しい日々が終わると。そういう、あるまじき私欲があったような気がした。


 だが今は、違う。思考回路ではないどこかが叫んでいるのが分かる。

 明確に、完全に。

 自分の中の何かが叫んでいる。


 ……そうだ、自分はまだ。


「私はまだ処分されたくはありません。かの冒険者と、約束をしたのです」

「……へー?」


 約束。

 そう、約束である。また今度、また来週と。会う約束をしたのである。

 だからこれは断じて私欲などではない。ただ冒険者のモチベーションを確保するという、あくまで冷静かつ常識的な行動なのだ。


 自分の言葉に、黒髪の少女が興味深そうな声を上げる。

 反対、赤髪の少女は困惑を広げたようだが。


「あの『0番』が、ねー? こりゃ面白くなってきたなー」

「す、すごいことを聞いてしまった気がするっす。で、でも『0番』が違反行為をしたのも事実っす。……うー、自分はどうすればぁ」

「まぁまぁ~、いいじゃない~。『0番』も人命のためって言ってるし~。きっと大丈夫よ~」


「……」


 ……事態はよい方向に向かっている。それはいいのだが、気になる点が一つだけある。

 先程から聞いていれば、『0番』『0番』と。

 別にそう呼ばれることに何の感情も湧かないが、それはそれとして気になる。

 思考回路のどこかが、チリチリと燃えるような熱を放つのだ。


 つまり人間的な言い回しに換言すると……結構イラっとしていた。

 故に彼女は訂正する。


「すみません。私は『0番』ではなく、『メリア』という名前があるのですが」

「……ほへー?」

「はい?」

「えぇ~?」


 今度こそ、三名全員がきょとんとした顔で言葉を漏らす。

 そしてわちゃわちゃと騒ぎ出した。

 もはや、処罰のことは頭から消えていそうである。


 メリアは眼前の姦しい同胞を見て、そう判断した。


「ちょいちょいー、まじで面白くなってきてねー?」

「や、やばいっす、やばいっすよ。これオートマタ恋愛漫画講座で習ったとこっす。まさか生で見られるとは……」

「あぁ~、あれねぇ~。『機械仕掛けの乙女に涙を』とか、まさにこんな感じじゃなかった~?」

「それだー」

「それっす」


 既に三名はよく分からない話に花を咲かせている。

 また後日に正式な処罰が下されるかもしれないが、これで処分は免れるであろう。

 良くも悪くも、迷宮協会は自分達に干渉しない。あくまで自分達で決めろと命令されている。

 それは創造主である彼らの慈悲というものかもしれなかった。


 メリアは体を出口に向け、先に帰った同胞と同じく専用の寝室へと向かう。

 その際グループネットワークにて、とあるメッセージを受信した。

 噂をすれば迷宮協会からである。滅多にないことに、メリアは思考を巡らせる。


 まさか、自分の処分を言い渡すのか。


 そう考えたのも一瞬。

 その内容は、メリアの越権行為を許すというものだった。

 一切のお咎めはなく。明日から通常の業務に励め、とのことである。


「……」


 普通ではない。

 あの無干渉を貫く迷宮協会が、ただのオートマタである自分に目をかけるなど。

 否、一つだけ心当たりはある。


「……禁則事項318」


 通路を歩きながら、後方へと意識を向ける。先程自分たちが話している間にも、きっと『あれ』はそこにいた。

 『あれ』はいつも受付にいる。

 聞いてはいけない、話してはいけない、関わってはいけない。


 ラビリンスの禁忌。


「……」


 全ては予想でしかない。だが高い確率で、彼女の根回しがあった。

 それに感謝などはしない。本来、意識を向けることさえ危険な存在である。


 だが彼は、そんな彼女と関わっている。

 嬉しそうな顔で話している。死ぬかもしれぬとわかっていても尚、会おうとしている。


 自分が会うなといったのに、だ。


「……」


 通路が靴の鳴らす音を反響させる。

 コツ、コツ、コツ。

 考えるのはやはり彼のことだ。


 自分は何度も警告をした。命が惜しければ、『あれ』と関わるなと。

 だが彼は関わり続ける。それはつまり、それだけ『あれ』を大切に思っているということだ。

 自分の言葉よりも、『あれ』の方が大事だということだ。


 そこでふと、メリアは考えてしまう。

 もし自分が『あれ』と同じ境遇で、『あれ』が自分に関わるなと言ったら。

 彼はどうするのだろう。

 あの時と同じで、自分に会いに来てくれるだろうか。『あれ』の卑劣な誘惑に抗い、笑いかけてくれるだろうか。


 自分を一人の人間と接する、あの愚かでどうしようもなく不器用な青年は。

 メリアを大切に思ってくれるだろうか。

 それとも、『あれ』の言葉ならば聞くのだろうか。自分が危険だと言われたら、それに従って……。


 ミシ。


「……?」


 異音の正体は、自らの腕であった。

 知らず、拳を握りしめていたらしい。どうしてかは分からない。どこかに敵でもいたのだろうか。


 気にした様子もなく、メリアは歩き続ける。

 やがてその姿は、闇へと消えていった。

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