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スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら  作者: 石田フビト


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二十五話 僕のエゴ

「雨夜様。貴方はおよそ一週間以内に、死ぬことになるでしょう」


「……はい?」


 間の抜けた声で聞き返す。

 これでもそれなりに波乱万丈な人生を送ってきたつもりだが、いきなり余命宣告を受けるのは流石に初めてだった。

 どうしよう、僕の初めてメリアさんに奪われちゃった……。


 などとふざけている場合ではなく。


「故に再三の警告をいたします。もし自殺願望をお持ちでないならば、早急に――」

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ」


 混乱する僕を置いて話をする彼女に待ったをかける。

 はっきり言って意味不明だ。

 僕の余命があと一週間だって? こんなに元気なのに? いやついさっきまで足折れてたけども。

 

 しかもそうなる原因が朽葉さんだなんて……正直信じられませんな。

 学園きっての頭脳派である僕としては、ぜひ理由をお聞かせ願いたいところだ。


「まず……いやほんと、まずなんですけど。僕って本当に死ぬんですか? 勘違いとかではなく?」

「文章を確認。はい、極めて高い確率で死ぬでしょう」

「うぇえ? まじかよ……因みに、死因を聞いても?」

「それは……不明です」

「……むん?」


 話変わってきたな。

 てっきり僕は死神よろしく『お前は病気で死ぬ』とか『トラックに轢かれて異世界転生する』とか言われると思ったんだが。


「不明なんですか? じゃあ……」

「……正確に言うならば、予想されるパターンが多すぎるということです。失血死、病死、溺死、圧死、焼死、その他あらゆる死因が予想されます」

「望みを絶つって書いて、絶望と読むんだなぁ」


 しみじみと呟く。

 あまりに死因の押し売りがやけくそ過ぎて思わず笑ってしまった。

 彼女によると、僕は溺れて燃えて潰れて病気になって失血の末に死ぬかもしれないらしい。

 地獄かな?


「はは。うーん、困ったねぇ」

「ご自身の状況を理解したのであれば、警告に従うことを強く推奨します。まずは二週間ほど誰とも関わらず家に籠もり、その後永久に『あれ』との関係を断ち……」

「あ、そこですよ。一番疑問なのは」

「……疑問文を確認。そこ、とは何を指しているのでしょうか」


 無表情で彼女は僕を見上げる。

 本当に分からないのだろうか。僕が今、何を疑問に思っていて、何が気に食わないのか。


 メリアさんの伝えたいことは大体理解したさ。

 どうやら僕は、近い内に死ぬんだと。ここまではまぁ、いいさ。信じるかどうかは置いといて、僕が死ぬと仮定しよう。


 ……んで?


「仮に僕が死ぬとして……それが朽葉さんと、何の関わりがあるんですか? その理由もあやふやなままで関係を絶て、と言われましても。僕は納得いかないんですが」

「……それは」

「ねぇ、メリアさん。僕は貴女が嘘をつくような人間だとは思えない。きっと、何か重大な根拠があるのでは? 僕はそれを教えてほしいだけなんです」

「……」


 尚もメリアさんは口を噤んだままだ。

 この様子。もしや、言えないようなことなのか? 思えば意図的に朽葉さんの話題を避けていたようにも思えるし……何だかきな臭くなってきたな。


 少しでも何かできればと。矮小な脳みそで色々と思索を始めようとした、その前に。

 メリアさんが静かに口を開いた。


「……『禁則事項318を限定的に消去。越権行為によるペナルティを確認。モード、ドミネイトを発動。これにより数分間の疑似管理者権限を獲得。行動を開始します』……」

「ん? 今何と――」

「雨夜様。貴方が呼称している……『くちは』という人物についてですが」

「あ、はい」


 いつもの早口でよく分からない言語をぶつぶつ呟いたかと思えば。急に顔を上げて彼女は話し出した。


 僕の知らない、朽葉さんのことを。


「『あれ』は本来、我々が関わってはいけない存在です。見ても、聞いても、話しかけてもいけない。ラビリンスにおける、最大の禁忌(タブー)なのです」

「……えーと、はい。……うん?」

「実感が湧かぬのも当然と思われます。『あれ』は外見上、優れた容姿以外に差異はないと、報告にはあります」

「はぁ、そうですね?」

「よくお聞きください。『あれ』はただ見た目が同じなだけの『  』です。我々は決して、関わってはならないのです」

「……だからいい加減、その具体的な理由を教えてくださいよ」


 抗議の意思を込めてそう問い詰める。

 禁忌だとか関わってはいけないとか、曖昧な表現で煙に巻こうとしてませんか?

 確かに僕は馬鹿だけどそんなにチョロくはないですよ。たぶん。


「……」

「……」


 互いの視線が絡まる。

 こんなとき、場違いにもドキドキしてしまう自分の愚かさが嫌だった。

 今わりかしシリアスな場面なんだから、しっかりしないと。いくら彼女が可愛いからと言って、それは違う。

 そうして鋼の意思で彼女の瞳を見つめること数秒。


 やがて彼女は、言ってはならぬ呪いの言葉を吐くが如く、慎重に。

 されど確かな言葉でもって僕に伝えた。


「今まで、貴方以外に何人もの冒険者が『あれ』に話しかけました。時には新人が、また時には下層級のベテランが。まるで蜜に誘われる蝶の如く、彼女に話しかけた」

「まぁ、そうでしょうね」


 朽葉さん綺麗だし。


「……分かりませんか? 貴方の言う『くちは』なる人物は、他者を惹きつける人種なのです。であればどうして、彼女の前には誰も並ばないのか」

「それは……僕も気になっていましたけど」

「理由は明白です」


「『あれ』と関わった冒険者はいずれも()()()死ぬ。たとえ誰であっても一ヵ月以内に、ただ一人の例外もなく」

「……へ?」


 彼女の言葉に、動きが固まる。

 今言ったことは本当なのか……?

 僕の疑問をよそに彼女は話し続ける。


「報告によれば、彼女に話しかけた八割の人間が特異個体と遭遇し、死亡しています。特異個体による死因が二割であるのを鑑みれば、この確率は異常です」

「……!」

「それ以外にも不可解な報告が数多く上がっており、下層級の冒険者が上層で死亡した、という事例もあります」

「な、な……」


 口をパクパクと開閉し、信じられないといった顔で彼女を見つめる。

 朽葉さんと関わった人がみんな、迷宮で死ぬだって……?

 しかも八割が特異個体と出会って?

 あぁ、何てことだ。そんな……。


「理解できましたか、雨夜様。貴方が今、どういった存在と関わっているのか」

「あ、あぁ……」


 そんな……!


「幸い、まだ貴方は生きています。未だ事例はありませんが、今後『あれ』との関係を断てば、生存の望みが――」


「あぁ……何だ、そんなことかぁ……」


「――?」


 息を吐く。長い長い……安堵の息を。


 はぁーっ、よかったぁ。何だよメリアさん、散々僕をビビらせちゃってさぁ。もう泣きそうだったんだからね?

 いやぁ、よかったよかった。これで一安心だ。


「んじゃ。疑問も晴れたことだし、僕は行きますね」

「……お待ちください。まさか、『あれ』の下に行くと? 私の話を聞いていたのですか、貴方は」

「めっちゃ聞いてましたけど……その、『あれ』って呼び方止めません? ただでさえ最近はコンプライアンス厳しいのに」

「真面目にお聞きください。雨夜様、貴方は理解していないのです。『あれ』と関われば……」


「死ぬってんですよね? でもそれ、絶対に朽葉さんのせいじゃないでしょ」

「――」


 さっきから話聞いてたけど、結局それって僕達が勝手に死ぬってだけじゃんね。

 まるで朽葉さんに原因があるって言い方してるけどさ。

 それ、全部勘違いだよ。

 彼女が何かしたんじゃない。死んだのは、僕ら冒険者の責任のはずだろ?


「いや、そりゃ朽葉さんが一ヵ月以内に暗殺するとかだったら話は別だけど。聞いてる限り、死因は魔物なんでしょう?」

「それは、そうですが。しかし死亡率が」

「そんなのどうでも良くないですか?」

「……どうでも、いい?」


 うん、どうでもいいよ。

 だって僕は。


「メリアさんの言う通り僕はまだ生きてますし。今まで死んだ人達と僕は何の関係もありませんし。だったらやっぱり……どうでもいいじゃないですか」

「……」

「僕、過去が今を縛ることはありえないって思うんですよ。僕らはいつだって、今を生きてるんですから。それに、たとえその結果が死であるとして……朽葉さんが悪いということだけは、決してない」

「……貴方は」


 メリアさんの瞳が大きく揺れる。こんなに動揺している姿を見るのは初めてだった。いや、名前の一件もこんな感じだったか?

 とにかく、言いたいことを言い切ろう。

 どうせ怒られるのなら、スッキリした方がお得である。

 僕は更に続ける。


「メリアさん。貴女が僕に対して、心配してくれているのは分かります。でもこれは、譲れません。僕は何を言われても、彼女の下へ行くと思います」

「……理解不能。自ら死にに行く理由が見当たりません」

「別に死ぬ気はありませんがね。ただ僕がそうしたい。そう思っただけです」


 高尚な理由などはない。誰かに誇れるような行為でもない。

 ともすれば自殺行為なのかもしれない。


 でも……普通に考えて、朽葉さんと関わっただけで死ぬとかあり得なくない?

 疑うわけじゃないけどさぁ。絶対、他に何か原因があるよ。

 お、てかそうじゃん。じゃあその原因を見つければいいんだ。


 そうしたら、彼女のせいじゃないって証明できる。

 彼女が独りぼっちで待たなくて良くなる。


 おいおい天才かよ。世界はまだ僕のようなジーニアスを見つけていないのか?

 嘆かわしいねぇ。今度、政府にお手紙出してみようかな。

 僕のような天才がいるから日本は安泰だよって。がはははは。


「それじゃあ、僕はこれにて。また来週お会いしましょう。そして再来週にでも、またね」

「……過去の報告に不備はありません。死亡率は100%です」

「おお、それは素晴らしいですね。おめでとうございます、メリアさん」


 彼女に笑いかける。

 これまでの萎縮返しを込めて、言ってやった。


「僕が世界で初めて、その死を覆してみせましょう。歴史的瞬間に立ち会えて、よかったですね」

「……」


 ひらひらと手を振って踵を返す。向かう先はもう決まっていた。

 

 人通りの減った受付の前を通り抜ける。

 横一列に並んだ麗しい受付嬢さん達には目もくれず。その最奥にて待つ、月に隠れた姫を迎えに行く。

 集まる視線。息をのむ緊迫感。


 なるほど。

 だからみんな僕を見ているのか。馬鹿馬鹿しい話だね。くだらないと言ってもいい。

 関わったら死ぬだって?

 上等さ。


「……帰ってきましたよ、朽葉さん。約束通りに」

「あぁ……お帰り、雨夜君」


 彼女の笑顔が見れるんだ。十分すぎる対価じゃないか。


 いや真面目な話。低音ダウナー灰髪ニヒル隈ありスレンダーお姉さん受付嬢と会話できるとか、人生三周分くらいの価値あると思うよマジで。

 ごめんね来世と再来世の僕。

 たぶん、生まれ変わったらミジンコとかだろうけど我慢してね。

 全ての徳を貢ぎこんでやるぜ、ひゃっほーい!


「……全く。君は本当に、物好きというか、不器用というか……くふふ」

「はい?」

「いや、なにも。ただ……ふふ、ふふふ。困った子だと、思ってね」

「むむむ。朽葉さんを困らせるとは何たる無礼を。これあげるのでどうか、お許しくだせぇ」

「おや? これは……」


 ポーチから取り出したのはスライムの残骸だ。

 拳大の大きさをしたそれを、他の人に見られないよう距離を詰め、そっと手渡す。

 ただ朽葉さん視点だと意味が分からないだろうから、小声で説明も添えて。


「先程ですね。スライムを一体倒したのですが、どうにも消えなくて。おかしいなぁと思い持ってきたんですけど……朽葉さん、分かります?」

「……ふむ……なるほど」

「え、マジで分かるんですか?」

「あぁ……いや、うん、そうだね。このような事例は初めてだが……理論上なら、確かにこうなっても不思議ではない」

「ほぇ~」


 もうほんと流石です。

 今回ばかりは僕も駄目元で聞いたのに、ほんの数秒で解明されるとは。

 やばい。僕の中でどんどん朽葉さんが神格化していってる。その内彼女を称える聖書とか創ろうかな。

 はじめに朽葉欠月という女神がいた、的な。

 

 話が逸れた。


「……因みにそれ、僕でも理解できます?」

「んー、完全に理解するなら……まずは宇宙の成り立ちから勉強する必要があるね」

「分かりました。止めときましょう」

「くく、賢明な判断だ」

 

 白く細長い指を唇に当て、くつくつと彼女は笑う。

 さっきからご機嫌な様子である。いつもはもう少し余裕を持って……僕を弄ぶような笑顔だが。

 今は何だか、本当に楽しそうだ。

 うん、嬉しいな。


「しかし朽葉さん。この魔物が残るのって、やっぱ珍しいんですか?」

「勿論そうだとも。さっきも言っただろう? これは正しく、私の人生を含めて……君達に則るなら、世界初の事柄というやつさ」

「おー、またしても」

「そして雨夜君。恐らくだが……君が今後迷宮に潜り続ける限り、それは終わらない……」

「え?」


 両の指を艶めかしく絡め、朽葉さんが少し身を乗り出しながら見上げる。

 お互いの距離が近いことも相まって色気にくらくらした。気のせいか、甘い花のような香りもするし……。

 目の前の圧倒的顔の良さに見惚れていると、その色素の薄い唇が不意に動いた。

 

「雨夜君。君はきっと、多くの疑問を抱えているだろう。異常な魔物の強さ、ステータス、消えない魔物の死体……心当たりは、あるね?」

「……! は、はい……」


 見透かされた、と思う暇もなく。どうしてそれを、と疑問を覚える暇もなく。

 彼女は囁いた。艶やかに、惑わすように。

 

 ……そしてどこか、不安に震えた声色で。目を伏せる。


「……すまない。私はその答えを知っている。知っていてなお……君には言えないんだ。本当にすまない、雨夜君……」

「……あー、えーと」

「大丈夫、無理に場を和ませようとしなくていいさ。……君はもう少し、私に怒りを表すべきだよ。何も与えることのできない、不出来な私を」

「む」


 これはいけない。

 この顔は僕が一番嫌いなものだ。彼女に限らず、全ての人にしてほしくない顔。

 させるかよ、この僕の前で。ただ一人すらもさせてやらない。


 僕は小悪党な道化だからね。

 だから自分勝手に、みんなみんな笑顔にしてやるのだ。


「おやおや、朽葉さんもおかしな冗談を言いますね。僕なんて、与えられてばっかりじゃないですか。寧ろ僕は、スライム一匹に大苦戦して叱られると思ってたんですよ?」

「まさか。それは偉業だよ……『   』である君が、魔物を倒した。可能ならば、神話の一つとして語り継ぎたいくらいだ」

「それ逆に煽ってませんか? メリアさんみたいな反応も嫌だけど、褒められるのもなぁ……」

「……本当に凄いことなんだよ? あぁ、悔しいね……伝えられないなんて。本当に、本当に。夢のような、奇跡だというのに……」


 噛み締めるように朽葉さんが呟く。

 僕はその様を見て、とある仮説を立てた。それは先程のメリアさんから聞いた話と繋がる、革命的な閃きだった。


 朽葉さんのこの反応……ははーん、さては僕のことを赤ちゃんか何かだと思ってますね?

 しかしそれも仕方のないことだろう。何せ彼女にとって、冒険者とは強風の前の塵に等しき命だ。

 度重なる冒険者の死に、彼女はこう思ったに違いない。


 え、冒険者ザッコ……と。


「朽葉さん、あまり僕を舐めないでいただきたいですね」


 腕を組んで彼女を見下ろす……のは何となく嫌だったので、少し屈んで顔を見合わせる。

 僕の発言に彼女が口を開きかけ、その前に僕は言葉を放った。


 確かに彼女からすれば僕はクソ雑魚ベイビーなのかもしれない。それでいいのか、雨夜和幸? このままだと僕は一生赤ちゃん扱いなんだぞ!

 くっ、なんて魅惑的な提案なんだ。


 でも僕、負けない!


「スライム? あんなポヨポヨ跳ねるだけの粘液、敵にもなりませんね。だのにそんな感動されたら、こっちが困りますよ」

「……雨夜君。君は何を……?」

「困りますよ、朽葉さん。僕はこれから壮大な冒険を繰り広げるというのに、スライム如きで一々驚かれては。心臓持ちませんよ?」

「……?」


 意味を図りかねるとばかりに、目を細められる。

 きっと彼女の頭の中では僕の想像もつかない予想図が描かれてることだろう。


 ……うん、いや、大したことはないんですけどね?

 ほんと、大層なもんじゃなくて。


「あの、だからですね。えと、この程度はお茶の子さいさいというか。だからその……」


 頭を後ろ手で搔き、視線を反らした。

 なんだか急に恥ずかしくなってしまったが。とどのつまり、僕が言いたいのは。


「ちゃんと、戻ってきますから」

「……」

「正直朽葉さんが何考えて、何を驚いてるのかさっぱりですけど。でも僕、帰ってきますから。だから……」


 安心して、ここにいてください。


 そう言葉にできたか分からない。最後は蚊の鳴くような声だった気もする。

 冷静になれば、襲ってくるのは凄まじい羞恥心だった。

 ぼ、僕は勢いに任せてなんてことを……。


 恥ずかしさに押されるまま身を引こうとし、屈んだ膝を伸ばそうとした最中。

 柔らかい何かが手を包み、その行為は阻まれた。


 というか朽葉さんに手を握られていた。


「く、朽葉さ――」

「約束だよ」


 目を丸くする。

 彼女に突然手を握られたのもそうだが。何より彼女の雰囲気が、あまりにいつもと違っていて。

 それはまるで、幼い少女のような……。


「絶対に帰ってくる、約束……待っているからね」

「……はい、任せてください」

「ふふ……破ったら酷いよ? それこそ、呪ってしまうかもしれない」

「ご安心を。僕は昔から、約束だけは守るかずちゃんと友達に呼ばれ……あ、友達いなかった」

「……」

「だ、大丈夫です! たとえ火の中でも水の中でも帰ってきますから! えと、えと、それから……」

「……ふっ、くくくっ。うん……信じるよ、雨夜君」


 灰色の可憐な花が綻ぶ。

 その笑みは、今まで見たどんな笑顔よりも素敵で、綺麗に見えた。

 こんなにも無邪気な笑い方するんだな……。


 ……っといけない、見惚れてる場合じゃないぞ僕。

 道化は道化らしく最後まで踊らないとね。


「……ま、大船に乗った気持ちでいてくださいよっ。なにせ僕、今回の戦闘で剣術のレベルが3になったんですから! この調子で、レベル100ぐらい行っちゃいますって!」

「へぇ、それは頼りに……待った。レベル3だって……?」

「え? あぁ、はい。さっきステータスを見たら、スキルレベルが上がってまして」

「……ふむ」


 顎に手を当て思案する姿も美しい……。

 それはそれとして、また何か厄介事だろうか。もう正直今日はいっぱいいっぱいなんで、新しい情報はなしにしてほしいんですけど。

 その想いが届いたのか、彼女は「ああいや」と手を振って答えた。


「すまない、なんでもないよ……。うん、そうだね。君はそのまま剣を振るうといいさ。もしかすると、もしかするかもしれない」

「意味深な発言はスルーしますよ。ていうかワザとですよね、それ」

「おや、バレてしまったか」

 

 ぱちりとウィンクを一つ。

 今のサービスだけで家何軒建つんだろう。はぁ、全く……ちゅき。


 だけど、もう勘弁してくださいね。いやマジで疲労が半端じゃなくて。

 正直立ってるのもやっとなんですよ。気を少しでも抜けばぶっ倒れそうなくらい疲れているといいますか。 


 疲れを自覚した今、意識を手放すのは時間の問題に思えた。

 よって、残念だが。ひっじょーに残念だが。

 

「……このままずっとお話ししたいんですけど、ちょこっとこの後用事がありまして。そろそろお暇しますね」

「ん、そうかい……気を付けて帰るんだよ」

「ふぁい、頑張りましゅ……」

「あ、少し待って……はいこれ、今回の報酬だよ。契約通り、協会の銀行に預けておくけど、いいかな……?」

「ああ、どうも。ありがとうございま……す!?」


 眠気が吹っ飛んだ。

 僕の眼前には青白いホログラムが浮かんでいる。それはいいのだ。近未来スゲーってだけだから。

 しかしこの数字は何なのか。


――――――――――――――

 雨夜和幸:初層級冒険者

【本日の収益】

10000円

【合計金額】

9500円

――――――――――――――

 

「あ、あのこれって……」

「ん……? すまない、書類に不備があったかな。確か君は、迷宮協会の銀行を利用するという項目にチェックしたはずだが……」

「いえ、はい。それは利用するで合ってるんですけど。でも、い、一万円って」

「正確には迷宮税5%を抜いた9500円だがね」


 わなわなと震えながら目の前の収益を見つめる。

 こんなの、嘘だ。

 一万円なんて……高すぎる!


「な、なんでこんな高いんですかっ? だってこれ、初層級……そもそも魔石ですらないのに!?」

「いや、こんなものだよ。スライムとはいえ魔法生物だからね……体はともかく、それの核というのは希少な存在なのさ」

「は、はぁ。そういうものですか……」

「うん。あと今回は核が両断されているからこの値段だけど……綺麗な状態であるほど、その値段は高くなると考えていい」

「……ごくり」


 つまり上手くやれば一万円越えもあり得ると?

 なにそれやる気しか湧かない。今からスライム狩ってこようかな。


「はは、まぁ努力したまえ。……応援してるよ、雨夜君」

「はいっ、頑張ります!」


 来る前とは打って変わってルンルン気分。

 膝はガクガクだけどスキップもしちゃうよ。あ、やばい結構きつい。普通に歩こう……死ぬ……。

 近所のお爺さんみたいな頼りない足取りで装備室へ向かう。

 頭の中に浮かぶのは勿論金である。


 一万円……! なんて甘美な響きだろう。

 中学時代に青春を犠牲にして働いていたのが馬鹿らしく思えてくる。

 まぁ、よく考えれば命懸けでこの値段?と首を捻る部分もあるが。

 今までの僕からすれば、十分に大金である。


 このままいけば大金持ちにだってなれちゃうかも!?

 うっひょひょひょ、最高だぜ! 何する何する? やっぱ札束でお風呂作るのは定番だよね!

 あとはとびっきり美味しいものを食べるとか! いかした服を揃えるとか! 家のローンだって返せちゃうよ!

 あとは、あとは……。



 母さんの病気が、治るとか……。



「……うん、頑張ろう」


 そうだ、諦めるな。願いを胸で燃やせ。


 僕が頑張るんだ。


 もう二度と、母さんに負担なんかかけさせやしない。

 もう二度と、無理なパートなんてさせやしない。

 もう二度と……倒れるなんてこと、させるもんか。


「よぅっし、やるぞぉ……!」


 いきなり声を出したせいで、装備室にいた周りの冒険者さん達がビクッとした。

 何回もすみませんね、ほんと。

 恥ずかしくなった僕はペコペコと頭を下げ、帰路に着くのだった……。











 なお、これは後に知ることだが。

 スキルレベルというのは本来、10が限界だとされている。

 しかし世界で誰一人として。たとえ深層級の化け物染みた冒険者でさえも。

 スキルレベル10に到達した者は()()()


 その理由は、スキルレベルの上がりにくさが関係している。

 比較的レベルの上がりやすいスキル。そう、例えば『剣術』などといった技術系スキルですら。

 レベル1からレベル2に上がるまでは、平均で()()()の修練が必要とされているのだ。


 二ヵ月。そして次のレベルにはその倍の、四ヵ月。

 たったレベル3になるまで、なんとかかる期間は合計で六ヵ月。


 このように計算すると……仮にレベル10に到達するまで毎日鍛え続けた場合。

 かかる年数は、およそ85年余り。他のスキルも鍛えるなら、その年数は倍以上になるだろう。

 人間の寿命では到底かなわない偉業。

 故に冒険者の間では、レベル8が事実的到達点だとされている。

 それもまた、非常に才能の恵まれた数少ない冒険者だけが手にできる栄光だが。



 僕はまだ知らない。

 この酷く頼りない一振りの剣が、世界に届きうる牙になるということを。


 ようやく冒険の一歩を踏み出した僕には、まだ……。

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