二十三話 初めてのレベルアップ
危険な迷宮の中で爆睡した馬鹿がいるらしいが、一体誰のことだろう。
稀代の推理力を持つ僕ですら全く見当がつかない。
しかしその胆力は評価すべき点であり、恐らくは陰のある美少年だというのが僕の予想だった。
「ん~、っはぁ。首痛ってぇ……」
ポキポキと体を伸ばし、首に手を置く。
普段の寝違えた状態を三倍は酷くした感覚だ。次からは柔らかい枕を持ってきてもいいかもしれない。
「あ~……ふわ、ぁ、はぁ……」
長めの欠伸を零し、ぼーっとした頭を緩やかに覚醒させる。
現在の時刻を確認したいが、生憎とスマホは持ってきていない。戦闘で壊れたら大変だしね。
同様の理由で時計も未所持だ。
しかしこんなことなら、ストップウォッチでもいいから持ってくればよかった。
何分……いや下手したら何時間か。僕はどれくらいの間眠っていたのだろう。
帰りの電車に間に合うといいけれど。
「ふぅ……よっこらせ」
手を地面に置いてゆっくりと立ち上がる。
やや関節が痛みを発するものの、戦闘によるダメージは完全に抜けきっていた。
試しに何度かその場を踏みしめてみる。
ゴンゴンと靴底が洞窟の地面を叩き、衝撃が木霊した。
やはり痛みはない。素人目ではあるが、完全に治癒しているようだった。
ポーションの効き目に少しビビる。
「美月さんがヤバいポーションを売っていたのか、それとも僕の体質か……さて、原因はどちらにあるのやら」
以前何かの雑誌で、ポーションの個人差を取り上げた記事を見たことがある。
同じ効能のポーションを同じレベル帯で服用したとき、個人によって違いがあるのかという見出しだった。
内容としては複数人の冒険者がランニングをし、減った体力がどれだけ回復するのかを調べたそうだが……結果は殆ど変わらなかったそうだ。
まぁ、ランニングした程度なら順当な結果か。
「でも、レベル差による違いはあるんだよなぁ」
顎を触りながら思案する。
レベル差による効能の違い。
例えばレベル1の冒険者が疲労困憊の状況で下級ポーションを飲んだ場合、体力はほぼ回復するけども。
同じポーションをレベル50とかの冒険者が同程度の疲労度で服用しても、体力は全然戻らないのだ。
これは冒険を続ける度に肉体が魔力を取り込み、強化されているのが原因とされているが、正直解明には至っていない。
しかしそれを根拠に仮定するならば……。
「僕はまだ魔力を全く含んでいないから、めっちゃポーションが効いたってこと……?」
色々言ったけど、美月さんが嘘を付いてるとも思えないし。というか骨折すら治るポーションを最下級と説明する意味もないし。
えー、じゃあやっぱり僕が原因なの?
いや治るのはいいけどさぁ……あんなに痛いのは御免なんですけど。
まじで痛かったからねあれ。いやまじで。
スライム君の粉砕圧縮攻撃が可愛く見えたもん。どんだけだよ。
「……あ、そういやスライムの魔石……ん?」
魔物は生命活動を終えると塵になり、魔石だけが残るというのが常識だ。
そして入手した魔石は電力に代わるエネルギーとして現代の僕らを支えている。
二酸化炭素も出ない素晴らしき新たな資源。
故に僕ら冒険者はその魔石を集め、換金しているわけだが……。
「……残ってる?」
僕の視線の先には、未だ動かぬスライムの姿があった。
塩攻撃により大分縮んでボロボロになっているものの、それは確かにスライムの体だった。
「……」
言いたいことは沢山ある。だがこれだけは言わせてほしい。
これで何度目だよ、常識が通じないの。
「もうこんなんばっか……! もう嫌……!」
しくしくと泣いて後退る。
まだスライムが生きている可能性も捨てきれなかった。というか寧ろそうであってほしい。
人間は理解できないものを恐怖するというが正にそうだった。
意味不明な状況ほど、恐ろしいものはない。
「刀、刀……!」
あたふたして腰の鞘に手を伸ばし……あ、そういえば戻してなかった!
後で仕舞えばいいと思って横に置いてたんだっけ。道理で違和感があると思ったよ。
「えーと、えーと……あ、見っけ」
地面を見渡し、少し離れた位置に転がっているのを見つけた。
恐らく先ほどのポーション大地獄運動会の時に蹴飛ばしてしまったのだろう。
武士の魂を足蹴にするなんて、時代が時代なら打首だったな。今後は気を付けよう。
「よい、しょ……?」
スッ、と。右手で刀を拾い上げる。
何の変哲もないただの行動だ。でも何だろうか、今の違和感は。
やけに軽かったというか、楽だったというか。
力は左程込めていなかったのに、刀は自然と起き上がり、手に収まっている。
そう、手に馴染んでいる……。
「……ま、いいや」
だが一先ずは置いておく。
それよりスライムの生死を確認しなければならない。生きているなら今度こそ息の根を止めてやる。呼吸してるか知らんけど。
刀を両手で持ち直し、じりじりと距離を詰める。
そして剣先を伸ばしてスライムの残骸を何度か小突いた。
「つんつん……反応がない。ただの屍か……?」
塩によって水分が抜け、殆ど固体になってしまったスライムの表面を刀が貫通する。
それによって青い塊は微動するも、生前のように暴れだすことはない。
「……ていうか、生きてるなら寝ている間に殺すよね、普通」
あの無慈悲な殺戮兵器が、目の前でスヤスヤ寝ている獲物を逃すとは思えない。
となれば死んでいるか、全く動けないダメージを負っているかの二択だ。
まぁ、後者なら話は早い。核を両断されたのだから、ダメージは相当だろう。
問題なのは前者の場合。
もし眼前のスライムが死んでいるとしたら。
「なんで、塵にならないのん……?」
そこが疑問である。
魔物が倒れた場合、例外なく塵と化して魔石を落とすんじゃないのか。
落とせよ魔石。なあ、そのためにこんな危ないことしてんだぞこっちは。
「核を粉々に粉砕すればいいのかね……いや、流石にそれは早計か」
油断なく刀は構えたまま。
動かぬスライムを鋭く見つめながら考える。はて、これをどうしたものかと。
塵になるはずの魔物が塵にならなかった異常事態。
本来なら、今すぐ迷宮協会に報告すべき事柄だ。もしかすると今後の対策や新たな発見として、世の中のためになるかもしれない。
であれば……。
「サンプルを入手する、のが一番だよねぇ」
言葉だけならどうとでもでっち上げられる。
話に信憑性を持たせたいなら、証拠を見せるのが確実な方法だ。
スライムは今のところ動く気配もないし、簡単に持ち運べるだろう。
問題があるとすれば……迷宮から魔物を連れてくるってことが、ネックだな。
いくら死んでるとはいえ外に魔物を出すのは不味い気がする。
それこそあらぬ疑いを掛けられるやも。
「もう二回も通報されてるんだ……言い分は聞いてもらえないだろうな……」
不審者感丸出しな不気味な男が、スライムらしき怪しい物体を持ちながら迷宮から出てくる。
うん、九回裏スリーアウトってところだな。
僕としても目立つのは避けたい。人見知りだから。
「……よし、決めた」
全部を持ち帰るのは止めにする。
代わりに両断したスライムの核と、体の一部をポーチに入れていこう。
塵にならなかった理由もそこで聞けばいいしね。
もちろん朽葉さんに。
いっぱい聞くことがあって困っちゃうなぁ、おい。でへへ。
「ふへ、ふひひひ……」
いかにして朽葉とお話をするか、頭の中でシミュレーションという名の妄想を繰り広げながら僕は刀を振るう。
一振り、二振り。
地面すれすれに近付いた刃が青いゼリー状の塊をカットしていく。
その剣筋に戸惑いはない。
自分で言うのも何だが……綺麗な断面である。力もいい感じに抜けてることが分かるし、いやなんだこれ?
「ちょ、ストップストップ」
気付けばスライムの体は拳大の大きさにまで切られており、中には両断された核が含まれてた。
これなら持ち運べて便利だね、じゃないんだよ。
何だ今の動きは。
頭の中で、これぐらいまで小さくできたらなぁ、って考えてたら体が勝手に動いたぞ。
その動きもまるで僕じゃなかったみたいだ。
あれは、何だろう。まるで……まるで、剣の達人が僕の体を、人形のように動かしていたような。
そんな感じだった。
「……はっ、まさか!」
刀を静かに鞘へ納め、ごそごそと内ポケットをまさぐる。
取り出したのは一枚のプレートだった。
そう、冒険者プレートである。
「ステータスオープンだよこれぇ! きたきたきた! やっと僕の時代がきた!」
スライムを倒したんだから、レベル上がったんじゃないのこれぇ!?
ねぇ、そうなんでしょ!?
うわー、言われてみれば力が溢れる気がする。
雨夜和幸、覚醒!
僕たちの冒険はこれからだ!
「さぁ、こい……!」
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雨夜和幸
スキル 『剣術 Lv 3』
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「いい加減にしろよお前」
まじで何なんだよこのステータス。何で二行しかないんだよ終わってるわほんと。
はぁ、レベル上がったらステータスも普通になると思ったのになぁ。
いつも通りの情報スカスカザコザコステータス……。
「……ん?」
閉じかけたステータスに違和感を覚え、再度青色のウィンドウを見つめる。
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雨夜和幸
スキル 『剣術 Lv 3』
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「……んん? 『剣術 Lv 3』?」
なんか、レベル上がってない……?




