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スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら  作者: 石田フビト


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二十二話 痛みの先に

 夢心地のような時間が終わり、冷静になった僕に待っていたのは地獄の激痛だった。


「あがっ、やっばこれ、まじ、洒落にならん……!」


 普通に考えてみれば、足が折れてるのに痛くないわけがないんだよね。意味不明な曲がり方してるし、足の中ぐちゃぐちゃになってそう。

 あはは、はははは。

 めっちゃ痛い。


「ふっ、ふっ、あ駄目だこれ呼吸するだけで死ぬわまじ。どうすんのこれなぁおい」


 今はまだアドレナリンが切れてないからマシだけど……こっからもっと痛くなったらどうなんの?

 まじで死ぬんじゃない? いや冗談抜きで。

 

「っ、つ、ぁ……! はぁ、はぁっ……いやまじこれ、駄目だ……!」


 痛みが酷くなってきた。

 こんな状態でポータルに行くとか不可能すぎる。

 どうする、救助を要請するか……? やり方は講習の時に覚えてきた。

 

 冒険者プレートの顔写真の部分に、冒険者の階級を示すブローチを十五秒間当て続ける。

 これで救助要請ができるらしいのだ。

 相変わらず原理はさっぱりだが、迷宮協会のオーバーテクノロジーは今に始まったことではない。

 重要なのはこれで救助を呼べるということだが……。


「……ぅ、ぐぐぐ」


 問題なのは、やはりここでもお金である。

 これ、要請はできても詳しい情報は伝えられないため、僕のような状況でも、ラビリンス側はそれなりの冒険者を救助隊として結成しなければならないのだ。


 んで、その費用は要請者本人が支払うと。

 勿論全額ではないだろうが……それでも、今の僕には重すぎる。

 何せ家のローンもまだまだ健在なのだ。こんなことで、お金は出していられない。


「ぁ、ぐっ……ふぅっ、ふぅっ」


 この怪我だ。

 いくら迷宮保険に入っているとはいえ、入院費も馬鹿にはならない。しかもその間は迷宮に潜れないし……最悪、引退ということもある。

 冒険者になって三週間で引退……はは、悪夢かな。


「はぁっ、はぁっ……っく、取り、あえずっ」


 薄暗いことは後で考えよう。

 今は生きて帰るのが最優先だ。まずは極力足を動かさないで進む方法を考えて……。

 

「……あぁ。そう、いえば」


 座り込んだ視界の隅にポーチが映り、思い出した。

 忘れていたが一応、美月さんからポーションを買ったのだっけか。効果は最下級らしいが……まぁ、今は焼け石に水でも欲しい状況だ。

 使わない手はない。


「ふぅ、ふぅ……今度からはケチらず、ちゃんとしたポーションを買おう……」


 キュポン、と音を立てて試験管の栓が転がる。

 たちまち広がるバナナ臭。

 大きな怪我をしているのは足だけなので、このまま振りかけるわけだが。これ、服にバナナの臭い残らないよね……?

 嫌だよ戦闘中に香るバナナ臭とか。絶対集中できないじゃん。


「はぁ、もう、いいよ……」


 改めてこのバナナポーションの微妙さを確認しつつ、試験管を傾け、ポーションを足に零す。

 これで少しでも痛みが和らぐといいけど……。


 メキョ、ギチ。


「え?」


 もうこの時点で嫌な予感がした。

 聞き慣れたくもない、骨と肉が擦れ合う湿り気を含んだ不快な、生理的嫌悪を感じさせる音。

 突然の事態に僕の意識は追い付くこともなく。

 当然のように、視界が白く弾けた。


 そして到来する――激痛。


「ぎ、ぃ゙、ぁあ゙っ、ぁ、あああああああ゙っ!?」


 その時僕は、自分の足が爆発した幻覚を覚えた。

 痛みという情報は完結せず、淡々と危険信号だけを脳に送り続けている。

 何が起こったのか理解はできない。

 ただ、痛い。


「ぉ、ごぇ、げぇええ゙っ、ぇ゙あぁあああっ!! ぃぎゃあっ、あぁ、ぁああ゙っ!?」


 ……まるで、足の神経をやすりで乱雑に磨かれているような。

 筋肉繊維を一本一本丁寧に千切られているような。

 足が折れた時とは比べるべくもない痛み。いや、もう痛みという次元の話ではない。


 これは灼熱であり、摩耗であり、暴力だ。


 視界が一瞬で何度も暗滅する。

 自分の中の大切な何かがガリガリ削られ、死を予感した。身体ではなく、魂、心の死が近づいている。


「はっ、ひぐっ、ぃ゙だ、ぃ゙、だぁ、あぁっぃ゙いいいいっ……!」


 ゴチュリ、メキャリ、グチャ、グチャ。


 身の毛がよだつ粘着質な音が聞こえる。

 一体、僕の足はどうなってしまったのだろう。粉々に粉砕されたか。それともドロドロに溶かされたのか。

 どちらにせよ無事ではあるまい。

 

「ひっ、ひっ……ひっ、ぃ゙っ……」


 ひくひくと不規則な呼吸音が意思とは関係なく口から洩れる。

 現在僕は横倒れになっており、唇の端では涎が重力に逆らうことなく落ちていた。

 傍から見れば立派な廃人である。


 ……はは、我ながら冷静な俯瞰だこと。

 そうでもしないと、正気を保てそうにもなかった。もう既に、狂っているかもしれないが……。

 削られて摩耗した何かは、それでも残っていると信じたい。


「はっ、ふっ……んぐ、はぁっ、ふぅっ、すぅ、は、ぁっ……」


 お腹の筋肉を膨らませては引っ込めて肺を動かし、呼吸を整える。

 それができたのは痛みを精神力が上回ったとかではなく。単純にあの悪魔的な痛みが、治まってきたからだった。


「ふっ、ふっ、はっ、はぁ……」


 それから体感として数分が経過し。

 あそこまで思考を埋め尽くしていた激痛は、奇妙なほど消え去っていた。代わりに現れたのは心地よい眠気。

 それはそれで恐ろしい事実である。


 もしや、ついに足が消えてしまったのではなかろうか。

 それほどの痛みだった。

 僕は両膝から下が無くなっていても、驚かない自信がある。


「すぅ、はぁ……ぅ、っく」


 このまま眠気に任せて意識を手放してしまいたい。原始的な欲求が僕を誘う。

 だがそうしてしまえば、雪山で遭難した状況より結果は明らかだろう。

 頭をゆるゆると振って自らを奮い立たせる。


 まずは自分の状態を確認せねば、何事も始まらない。

 場合によっては救助も視野に入れなければ……。


 そう思い、視線を下半身に向けた時だった。


「……あ、れ?」


 そこには消えてしまった両足が……なんてこともなく。

 寧ろ不自然なほどいつも通りであった。膝の少し下から折れた左足は真っすぐだし。酷く痛んでいた右足も健在だ。

 もう全く痛みはない。


「えぇ……どゆこと……」


 落ち着いてきた頭に困惑が広がる。

 それでもパニックにならなかったのは前例があったからだ。

 ああそうだ、確か前回のスライム戦でも、こんなことがあったなと。

 

「……確か前は、腕だったっけ」


 本来、骨折などの重傷を治すには上級以上のポーションが必要である。

 言わずもがな値段は張る。たぶん一本、千万円くらいだったか。

 そのレベルのポーションになると、骨折や身体の欠損も治るらしいのだが……。


 美月さんの言葉を信じるならばこのポーションの効果は最下級。

 精々、体力がちょっと回復して掠り傷が治りやすくなる程度のはずだ。

 であれば、何故。

 

「……もう、何なんだよ……」


 元より考えるのが得意でない僕は、その疑問を頭の中から投げ捨てることにした。

 前回もそうだったが、こんなの一人で考えて分かるわけがないのだ。

 もっと知識豊富な……そう、朽葉さんとかに聞いた方が余程いい。

 おおそうだ、それがいい。

 うん、朽葉さんに沢山質問しよう。誓って他意はない。やったぜ。


「ふぅ……んじゃまぁ、やりますかね」


 十分に落ち着いてきたのを見計らって。

 僕は垂れて乾いていた涎を手の甲で拭い、意識を切り替える。

 まずは腕の動作の確認だ。


 仰向けの姿勢のまま、指を閉じて開いて。肘を曲げて戻して。

 最後に肩を回す……ことはできないので、応援団のごとく腕を水平に動かす。


 「ん……問題なし」

 

 痛みは一切ない。まぁ、そもそも大した怪我はしていないので、当たり前といえば当たり前だ。

 重要なのは次である。


「あぁ……怖い、ほんとに」


 ゆっくりと、慎重に右膝を曲げていく。

 仰向けの姿勢のため膝頭が浮いて、靴が地面を擦る音がした。

 

「ぅっ……流石にちょっと、痛いか」


 膝を曲げる際、違和感と共にピリッとした痛みが走った。

 けれどのた打ち回るものではなく、その後膝を戻していったが、それ以上の痛みはなかった。

 怪我というよりは筋肉痛に近いかもしれない。


「左も……っく、痛いけど、大丈夫かな……?」


 左足も同様に曲げて具合を確かめる。

 心なしか痛みは右足よりも強いように感じたものの、こちらもまた動かせないほどではない。

 

 全く信じがたいことだが、骨折は完全に治ったようだった。


「……っふぅー」


 天井に向かって息を吹く。

 何だか首の皮一枚繋がった気分だ。

 絶望的な状況から脱したおかげか、途端に体の力が抜けていく。このまま寝るのも、いいか……。


「……ってよくないだろ、お馬鹿」


 腹筋に力を込めて起き上がる。

 いくら何でも迷宮内でお休みするのは不味い。ただでさえ、くそ強いスライムが出てきたんだ。 

 他のイレギュラーにも警戒しなければ。


「あー……くそ、どうしよう。もう一本使っておくか……?」


 万全の状態を整えるならポーションを惜しむべきではない。

 でもあれはなぁ……ちょっと躊躇するというか、もう二度と味わいたくないというか。

 少しだけなら平気かな……?

 うぅ、怖い……。


「ちょっとだけ、一滴だけ……」


 ポーチから悪魔のバナナポーションを取り出し、震える手で栓を取る。 

 試験管の口から漂うバナナ臭がトラウマになりそうだった。


 いいか、これは実験なんだ。

 まずはこのポーションが痛みを伴うものか確認する。美月さんにクレームを入れるのは確定として、直訴するのはその後だ。


「ぅ……ごくり」


 生唾を飲み込んで、ゆっくりと試験管を傾ける。

 念のため指先に垂らす予定だが、果たして。


 ぴちょ。


「っ……! ……。……?」


 そこから暫く待っていても、あの壮絶な激痛は訪れない。

 試しにもう何滴か違う場所に垂らしてみたものの結果は同じだった。

 強いて言うなら少しむず痒いかなぁ、というレベルだ。


「んー……よし、飲むか」


 直接膝に振りたくる勇気はないので、全身に作用するらしい経口摂取を選んだ。

 これなら満遍なく体調が整うはずである。

 もっとも、体全体が激痛に襲われる可能性もあるが。


「ま、たぶん大丈夫でしょ」


 僕の勘は昔からよく当たるのだ。

 あと何だかんだ言って、バナナポーションの味が気になっていたというのもある。

 さて、お味のほどはいかに。


「んぐ、んぐ……あ、意外と美味しい」


 所謂スーパーとかで売っているジュースに近い。あの分かるかなぁ、ちょっとチープな、香料だけで再現しましたって味。

 僕は嫌いじゃないよ、うん。

 でももう少しオリジナリティが欲しいよね。


 そんな風に心の中で品評会を開いていたところ、体に変化が表れ始めた。

 

「ん、お……? なんか、ぽかぽかするな……」


 まるで温泉に浸かっているようだ。

 優しい温もりがお腹から全身へと広がり、 疲労感が抜けていく。

 あぁ~、体がほぐれていくよ~。


「ぃっ、つ……あぁでも、痛気持ちいい……」


 両膝から感じる鈍痛も心地よい。凝り固まった肩をマッサージして貰ってる感じとでも言うのか。

 確かに痛いんだけど、治っていく快感もあって悪くない。


 ていうか、やば、眠い……。


「駄目……なのに……」


 仰向けに倒れこむ。無理だ、抗えない。

 お休みなさい。

 すやぁ……。

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