表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら  作者: 石田フビト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/31

十八話 これってセクハラじゃないよね?

 その後、朽葉さんに顔を触られて数分。

 ようやく満足したのか、ひんやりとした白い指が頬を伝いながら離れていった。

 椅子に座りなおした彼女が吐息と共に口を開く。


「ふぅ……すまないね。年甲斐もなく、取り乱してしまって……」

「……いえいえ」


 あと十分延長で、という言葉を何とか抑え込む。

 ここには公衆の目があった。何なら後ろにはお巡りさんもいた。

 彼女のためならまだしも、自分からお触りを求めるのは完全に犯罪だった。

 しかし敢えて言おう。


 あのお触りタイムは……最高であったと。


「しかし驚いた……あぁ、未だに信じられないよ。まさか君が生きてるなんて……」

「僕としては、死んだと思われてたことに驚きですがね」

「くく、それもそうだ……」


 あ、笑ってくれた。

 うれしい。


「生者を悼むことほど愚かなことはない……全く、無駄なことをしたものだ」

「……んー、そこなんですけど。どうして朽葉さんは僕が死んだのだと?」

「あぁ……うん。そうだね、それは色々あるんだけど……」


 彼女の飲み込まれそうな瞳が少し揺れ、流し目を作る。

 病的なまでに白い肌も相まって非常に流麗だった。


 見惚れる僕に、彼女は静かな声で答えた。


「君が……二週間ほど、姿を見せなかっただろう? 帰還の報告もなかったし、もしかして……と思ったんだ」

「おっと」


 空いた二週間は置いとくとして……帰還の報告とな?


「あの、帰還の報告って……」

「……おや? そうか、言ってなかったかな……冒険者には迷宮から戻った際、受付嬢に帰還の報告をする義務があるんだよ」

「なんですと」


 初耳ですかね、それは。

 朽葉さん、そういうことは最初に説明してくださいよ、もう。

 でも年上美人に困らされるの嫌いじゃないです。


「ん、まぁ普通は魔石の換金のときと一緒にやるものなんだけどね。その様子だと……流石に、魔物は倒せなかったみたいだ」

「いや倒せなかったというか? あえて負けてやったっていうか?」

「はいはい……今度は倒せるといいね」

「ふふ、任せてくださいよ。今回はみっちり準備してきましたからね」

「ほう」


 この二週間、ただビビっていたわけではないのだ。

 入念に入念を重ねて準備を終えた僕には、完全勝利のビジョンが見えている。

 昨日ウジウジしてたのはあれだ。

 演出、演出だから。

 全然あんな粘液野郎なんて怖くないから!


「……あ、でも。そのせいで朽葉さんに変な勘違いさせてたんですよね。ごめんなさい、報告できなくて」

「あぁ、いや……気にすることはないんだ。本当に、君が悪いわけではないから」

「気遣いが沁みる~……」


 そして情けない。

 今回の一件は完全に僕の勉強不足による失態だった。

 迷宮について調べるばかりで、冒険者そのものの情報が足りてなかった。


 事前に受けた講習も迷宮内の注意事項ばっかりだったし……やっぱ登録のときにもっと聞いとくんだったな。

 そしたら、朽葉さんとも沢山話せたのに。


 僕のお馬鹿。そんなだから報告しようって発想も……。


「ん? なら、あれは報告とも違うのかな……」

「……?」


 こてん、と首を傾げる朽葉さん。

 くそ可愛い。……じゃなくて。


「いや、大したことじゃないんですが。迷宮から出た後、何階層まで行きましたか、みたいな質問をされまして。一応答えましたけど……あれって報告にならないんですかね?」

「……質問……? 一体、誰にだい?」

「え? あぁ、えーと……あそこにいる、ほら、ポータル前の受付嬢さんです」

「ポータル前……」


 彼女は少し考える素振りを見せ、やがて得心がいったのか僕に視線を戻した。


「あぁ……あれのことか。ふふ、なるほどね……受付嬢、か」

「正直めっちゃ恥ずかしかったですよ。スライムに負け……てやったこととか根掘り葉掘り聞かれましたし」

「うん……? そんなことを、聞かれたのかい?」

「そうですよ! 冒険者の義務だか知らないけど、失礼しちゃうっ」

「……ふむ」


 あのときの屈辱は今でも思い出せる。

 スライムにも勝てない雑魚煽り、写真撮影煽り、世界初煽り。

 彼女の容姿が可愛らしくなかったら、たぶん手が出てたよ。


「いつか目にもの言わせて……っと、今はいいか。それで結局、どうなんです? あれって報告に入るんですか?」

「……結論から言えば、入らないね。あれはどちらかというとアンケートのようなものだから」

「アンケートで誹謗中傷されたんですけど」

「はは、きっと悪気があったわけじゃないさ。許してあげなよ」

「むぐぐ……」

 

 朽葉さんがそうおっしゃるなら、許そう。 


「ちなみに君は義務と言ったけど、階層の踏破数を伝えるのは別に義務じゃない。答えてくれたら嬉しいくらいの感じだね」

「やっぱ許せねぇわちくしょう絶対一泡吹かせてやる」

「ははは……まぁ、彼女は古株だからね、私と同じく。いつまでも愚かな因習に囚われているのさ」

「……? 古株って、朽葉さんもあの人も全然お若いじゃないですか」


 古株という単語と彼女らがどうしても結びつかないのでそう言ったら、一瞬朽葉さんは目をパチクリとさせ。


「……ふっ、ははっ。そうか……若い、か……ふふふ。トロイヤの長老達が聞けば、さぞ驚くだろうね。ふふふ……」


 肩を小刻みに震わせ、彼女は笑う。

 正味どこがツボだったのか全く分からないが笑ってくれたのでヨシ!


「はぁ……全く、君といると退屈しないな。下らぬ思考を組み立てる自分が、愚かとすら思えるよ」

「……楽しんでもらえたのなら、何よりです?」

「ああ、楽しんだとも。……このまま君を放したくないほどに、ね」

「えへへへ」


 放したくないってどういう意味だろう。

 楽しんでくれた嬉しさで思わず笑っちゃったけど、変じゃないかな。

 己の単純さが憎い。いつになったら僕はスマートでミステリアスな美少年になれるのだろう。

 笑い方キモいし。

 これじゃ犯罪者……あ!


「そうだ朽葉さん、僕行かなきゃならない所があるんです」

「む? それは……どこかな?」

「いや、あのですね。これは決して勘違いしないでほしいのですが、訳あって警察署に連れてかれることになりまして」

「ふーん……何かしたの、雨夜君?」

「まぁ、何かはしました。でも信じてください、僕は法に触れることは一切……」

「うんうん、大丈夫。……ちゃんと分かってるよ。私に任せて」


 そう言って柔らかく笑い、彼女は僕の後ろへ目を向ける。

 どうやらお巡りさんを説得してくれるそうだ。


 ……あ、ここにいたんだ神様って。

 道理で探しても見つからないわけだ。これからは彼女に祈るようにしよう。

 

「……さて、彼は何もやましいことはしていないと言っているが、どうするかね?」

「……っ」

「おやおや、だんまりかい。いつからこの国の公安は物言わぬ人形になったのだか。いやはや、嘆かわしいねぇ」

「……っ、ぅっ、ぁ」


 うわぁ、凄い汗。体の水分全部出てるんじゃないのこれ。

 震えとかそういう玩具みたいだし。


 ていうか朽葉さんが強すぎる。

 和やかな口調なのに、圧がここまで届いてくるようだ。

 そんなところも好きです。


「……人形は人形らしく、言うことを聞きなよ。得意なんだろう? ……ほら、帰りたまえ」

「しっ、しつれっ、いたしまひゅっ!」


 ビッ、と綺麗な敬礼を残し、大柄な男達が一目散に逃げていく。

 その見事な逃げ様に、僕も敬礼を送った。気を付けて帰るんやで……。


 そうして彼らの送別を終えた僕は朽葉さんへと向き直り、諸々の感謝を込めて頭を下げた。


「……なんか、すみません。正直助かりました。ありがとうございます」

「礼を言われることでもないさ。寧ろ、謝るのは私のほうだろう。……どうやら、事の原因は私にあるようだし」

「そんなっ。それこそ僕が悪いですよ。僕があんな……」


 あんな道端に落ちてる鳥の糞にすら劣る一発ギャグをしたから……。


「それは……うーん、難しいね。通報されたのは事実だし。……一体、何をやったんだい?」

「おっとぉ」


 それはちょっとぉ、言えないっていうかぁ。

 一発ギャグの説明ほどキツイものはないっていうかぁ。


「あのぉ、えとぉ……」

「……ふむ、答えにくそうだね。……あぁ、もしかして」


 彼女の腕がゆっくりと上がり、その指が自身の体へと向かう。

 スレンダーでありつつも美しいラインを見せる朽葉さんの胸に、お腹に、指が曲線を作っててててて。


「私の体に……何かしたのかな……? ふふ……」


 蠱惑的に笑う、惑わす、誘う。

 それは極上の蜜。知性を奪い、本能を曝け出させる堕落の薬。

 誘われる。どこまでも深く沈む。


 あまりに美しく官能的なその姿に、僕は思わず手を伸ばして……。


「てい」

「……?」


 優しく。触れるか触れないかのレベルで、優しく彼女の頭をチョップした。


 予想外の行動だったのか、朽葉さんがぽやんと僕を見つめる。

 自分でもどうしてこんなことをしたのかは分からない。

 らしくないな、とも思う。程度の違いがあるとはいえ、女性に暴力を振るったのだから。

 普段のチキンな僕には考えられない行動。


 言葉で言い表すのは難しいのだ。

 それでも、この心の内を伝えるとするならば……。


「あまり、僕を惑わさないでください。朽葉さんは綺麗なので、少し困ってしまいます」

「……」


 僕は今情けない顔をしているのだろう。

 眉毛を下げ、卑屈に笑い。自分の中に残るちっぽけなプライドを守ろうとして。

 こんな無様を彼女に見せている。


 その瞳にはどう映るのか。

 漆黒に塗り潰されたその宝玉に、僕はどう映っているのか。

 答えを知りたくて、知るのが怖かった。


「……もうそろそろ行きますね。お巡りさんの件、ありがとうございました。また報告に帰ってきます」

「ぁ……うん。また、ね……」


 だから逃げた。

 小さく手を振って、いそいそとその場を去る。

 伝えたいことを押し付けて逃げるのはこれ如何に、と思わなくもないが。

 元々僕は人でなしなので問題はない。

 何故かこちらを見ている野次馬の視線を切って、堂々と足を進めた。


「……てかこれ、セクハラじゃないよね」


 装備室に向かう途中で気付く。

 今の行動は、社会的に問題があるのではなかろうか。

 女性の頭に触れて、軽くはあるが暴力行為を働いた。群衆の目もある。言い逃れはできまい。

 

「……ふっ、そんときは土下座かな」

 

 中学時代、年齢を偽ってバイトをしていたことがバレて、土下座しまくった経験を活かす時が来た。

 全ては繋がっている。

 人生に無駄なことはないんだなぁ。

 そうしみじみ頷いて、僕は装備室の列に近付く。


『……ッ』


 瞬間、並んでいた全員がどこかへ行ってしまった。

 目を逸らす者、逆に観察する者、怯え逃げる者。三者三葉の様子を見せて、彼らは散らばっていく。


「……」


 もしかしたら僕の後ろに体長三メートルの化物がいるかもしれないので振り向く。

 誰もいなかった。

 試しに比較的近くにいた冒険者さんに目を向けると、凄い勢いで目を逸らされた。

 

 うーん、これは完全に犯罪者認定受けてますね。

 どれが原因だろ。

 悪徳商売、業務執行妨害、セクハラ。

 ははは、どれだか分かんねぇやクソッタレ。


「結局、ここでもこんな扱いなのか……ぐすん」


 僕、雨夜和幸十七歳。

 学校の居場所がない僕は、ここでも居場所を失ってしまったようです。

 辛いなぁ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ