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スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら  作者: 石田フビト


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十七話 ただいまとおかえり

「うわ、こっちも凄いな」


 ごった返しになっている人混みを抜けて数分歩き、僕は受付場へと辿り着いた。

 そこには先程と変わらぬ……どころか、それ以上の冒険者が並んでいた。

 受付、ポータル、装備室。

 そのどれもがテーマパークのように混んでいる。


「あちゃー」


 考えてみれば当たり前だ。

 店があんだけ繁盛してんだから、冒険者も沢山迷宮に潜ってるわな。 


 ……こりゃ、空くまで時間潰すべきかね。


 僕は列に長時間並ぶという行為が、どうしても苦手だった。


「……んん?」


 なんとか休むスペースがないかと見渡せば、二つほど不自然な空白が見えた。

 一つはポータルの一番端っこ。

 ちょうど僕が今から潜る予定だった、『始まりの迷宮』である。


 どうして誰も並んでないんだろう?

 他のポータルは嫌になるくらい混雑してるのに。

 ……まぁ、いいか。特に困ることでもないし。


 そして、もう一つは……。


「……朽葉さん?」


 全てを一望できる受付場の入り口だから見つけられたその異常。

 横長に設置されている受付のカウンターには、欠損があった。

 壊れているわけではない。


 ただ誰も並んでいないのだ。

 全ての冒険者が、その一列だけを認識していないように。

 忘れ去れたように。

 一つだけ、穴が開いていた。


 その歪な受付の姿を見て僕は。


「え、めっちゃラッキーじゃん」


 ウキウキ気分で歩き出した。何ならスキップもしていた。


 おお、神よ。あなたは私を見捨てなかったのですね。

 なんという幸運。

 これも日頃の行いの賜物かな。

 来る途中で落ちてたゴミ捨てといてよかった!


「あはようございまーす、朽葉さーん」


『……ッ!?』


 今にも鼻歌を奏でそうな気分で挨拶をすると、何故か周りから息を呑むような気配を感じた。

 ……なんかデジャブだな。

 念のためズボンのチャックを確認したが、やはり問題はなかった。


「なんでだろ……ま、いいや。それより、おはようございます朽葉さん。何だかお久しぶりですね」

「……」

「……あら?」


 無視である。

 まさか放置プレイか?と喜んだのも束の間、どうにも様子が変であった。

 何だかその姿はまるで……まるで、初めて会った時と同じである。


 何事にも興味がなく。その瞳には何も映さず。

 頬杖を付いて、ぼーっとつまらなそうにしている。


「……」

「……ふむ」


 それが何となく気に入らなかったので、僕は一発ギャグをすることにした。


「えー、エントリーナンバー1番、雨夜和幸。マジックやりまぁす」


『……ッ!?!?』


 周りの困惑が更に広がった気がする。

 あと何か「誰か警察呼んで」とかも聞こえた気がするが、恐らく聞き間違いなので大丈夫だ。

 僕は表現の自由に絶対の信頼を置いている。

 燃やすぜ、命……!


「はい、ここにハンカチがあります。そう、何の変哲もないただのハンカチです」

「……」


 ひらひらと、朽葉さんの前でハンカチを揺らす。

 依然として彼女は無表情のままだ。

 くくく……いつまで笑わないでいられるかなぁ?

 

「これを手の中に仕舞います。ふん、ふん……はい、全て入りました。今僕の握った手の中には、ハンカチがあります」

「……」

「さぁ皆さんご注目。これには種も仕掛けもありません。もう一度言います、種も仕掛けもありません」


 握り拳に隠されたハンカチ。

 僕はその指をゆっくりと開き……。


「種も仕掛けもないので……無くなりませんでした」

「……」

「……」

「……」


 ひゅう、と風が吹いた。

 手の中にあるハンカチが僅かに揺れ、沈黙だけが僕らに残った。


「……えー、続いてエントリナンバー2番、雨夜和幸。物真似やりまなんですか放してください!」

「こちらB班、怪しい男を確保した! おら、暴れるな!」

「ちょ、やめ、ああんっ」

「え、弱……」


 クソ雑魚な体幹では彼らの屈強さに勝てず、あれよあれよと組み伏せられてしまう。

 こんなの横暴だ。

 僕が一体何をしたというのか。


「何なんですか貴方達は。早く僕を放してください。警察呼びますよ!」

「俺らは特警だ。お前を公務執行妨害の疑いで拘束する」

「何を言ってるんだこの人……?」


 公務執行妨害?

 どうしよう、心当たりがない……。


「あの、すみません。たぶん人違いですよ……?」

「気まずそうに言うな。人違いなわけねぇだろ。目撃情報通りの変質者じゃねぇか」

「僕のどこが変質者だと!?」


 僕は激高した。

 これは人権の侵害である。

 力持つ者の、不当な裁きであると。

 いいだろうじゃねぇか。とことん付き合ってやるよ!


「……む? いや待てお前。その恰好……さっき通報があったやつか!」

「へ?」

「怪しい方法で違法なポーションを女性に買わせていたという通報があったが、まさかそれもお前だったとはな」

「……」


 あの、関係ない話するのやめてくれます?

 

「違うんですあれは彼女に売り方を教えて」

「なるほど、そう言って買わせたんだな。この犯罪者が」

「いや、ちょ、話聞いてくださいって。あれはそもそも彼女のポーションで」

「黙れカスが! こっちにはネタがあがってんだよ! 普通ではありえない甘い匂いがするポーションだったってなぁ!」

「だからそれが」

「そんな何にも得がない無価値なもん、ポーション屋が売るわけねぇだろ!」

「どうしよう、反論できない」


 ほんとどうしてバナナポーションなんて作ったんだろう。

 本来の値段的に原材料も高そうだし。

 そのくせ効果は最下級だし。

 

 駄目だこれ、マジで違法なポーションに思えてきた。

 後で絶対クレーム入れよう。刑務所にいなければの話だけど。


「でもほんとに違うんです。誤解なんです信じてください」

「おう、分かった分かった。後は署で聞くからよ。ほら立て」

「何も分かってなぐぇ!」


 両脇を掴まれ、無理やり立たされた。

 ちょ、苦しいですこれ止めてください。

 そんな僕の祈りも虚しく、体は引き摺られていく。

 

 ああ、せめて最期に彼女の姿を……。


 そう思って、前を向いた瞬間。


「……」

「あ、朽葉さん。おはようございます」

「……君、は」


 朽葉さんと目が合った。

 その瞳は信じられないものを見たというように見開かれていて、見間違えでなければ、唇も震えていた。

 まだ数回しか会ってないが、珍しい表情だと思った。 


 でもまぁ、目の前で連行されてる人がいれば驚くよね。

 申し訳ないことしたなぁ。


「どうして、君が……」

「いやぁそれがですね。ちょっとした誤解の連続で」

「なんで、生きて……」

「……ん?」


 彼女の反応に首を傾げる。

 思ってもない言葉が返ってきたものだ。

 なんで生きてるって言われても、そんなの毎日ご飯食べて寝てるからとしか……。


「馬鹿な……ありえない……幻……? いや、現実だ……しかしこれは……因果律の介入か……? 否、否、あれらがそんなことをするはずがない……無情なあれらが、手を伸ばすことはない……であれば、何故……?」


「わわ、ちょっとどうしたんですか」


 ぶつぶつと彼女が何事かを呟いている。

 それなりに距離があるため内容までは聞き取れないが、酷く困惑しているようだった。

 しかもたぶん、僕のことで。


 ……いや、こればっかりはマジで心当たりがない。

 僕は何かしてしまったのだろうか。彼女の心を乱す何かを、間違いを犯してしまったのだろうか。


 全く自分が嫌になる。

 こんなとき、声をかけることしか出来ない自分が、どうしようもなく嫌いだった。


「朽葉さん、朽葉さん。大丈夫ですか? 僕の声、聞こえてます?」

「朽葉……? ああそうだね、私の名だ……私が名乗った……君に伝えた……」

「うーん」


 聞こえてそうだけど、まだちょっと混乱してる感じかね。

 何を呟いてるかもよく分からんし。

 もうちょっと近付いて話せないもんかなぁ。

 

 無理だと思いつつ、僕の両脇を掴んでいる特警の一人にお願いをしてみる。

 

「ねね、お巡りさん。少しばかり猶予をくださいな。ほんの少しでいいから、あの人とお話を……」

「……っ」

「……お巡りさん?」


 ここでまたもや異変に気付く。

 声をかけた彼の顔には汗が滲んでおり、その表情は非常に険しかった。

 というより、何かを恐れているように見えた。

 それは反対側の彼も同様である。


 先程から動かないのは、てっきり彼らの恩情だと思っていたが、そういうことでもないらしい。

 

「……んじゃま、失礼しまーす」

「……」


 するり、と彼らの拘束から抜け出す。

 その手には殆ど力が入っていなかったため、脱出はとても簡単であった。

 

 ……色々と疑問はあるものの。

 とにかく、これで朽葉さんに近づける。やったぜ。


「どもども、お久しぶりです。僕のこと覚えてますか? 忘れてたらそれはそれで構いませんが」


 忘れてほしい痴態とかいっぱいあったし。


「覚えている……ああ、覚えているさ。物好きな青年だった……名前は……雨夜和幸君、だったかな」

「フルネーム呼び助かります」

「……なぜ、君がここにいる? あのとき、君は迷宮へと飲み込まれた……確かに、確実に、残酷なまでに……君は迷宮に沈み、あぁ、魔に捧げられたはずだろう……」

「魔に……? あ、スライムのことですかね」


 朽葉さんの言葉は既に僕の理解能力を超えている。

 結局近づいても意味分からなくて笑うしかないよね。 

 僕は早々に理解を諦め、とにかく単語に食らいつくことに方向転換した。


「そういえば聞いてくださいよ朽葉さん。初層なのにあのスライム、めっちゃ強かったんですよ」

「……それが君達の使命だ。課せられた役割だ。……あれらは何も選ばない。故にそれらは嬉々として喰らい、満たされる」

「確かに、ハンバーグは美味しいですよね。お腹一杯になります」

「は……?」

「ごめんなさい」


 的外れなことを言ったからか、彼女の顔が上がる。

 その黒い瞳が僕を見る。

 僕は思わず、心の中で自責した。


 ……くそ、ハンバーグじゃなくてパスタの方がよかったか。

 朽葉さん退廃的な雰囲気だけど気品があるもんな。

 今度イタリアン料理の本借りて勉強しよう。


 そんな強い決意を固めていると、僕の目を見ながら、朽葉さんは茫然と呟いた。

 今度は僕にも理解できる言葉で。


「……君は……生きてるのか……? 本当に……?」

「……えーと」

「これは、夢なのだろうか……いや、現実だ。そうだ、さっき確認した……夢ではない。だが君は迷宮に潜り……」

「はい。それで、帰ってきたんですよ?」

「……」


 彼女の言っていることは難解極まる。

 だって、何がそんなに驚くことなのか分からない。

 僕は迷宮に潜って、帰ってきただけだ。

 普通の冒険者と何も変わらない。

 ……まぁスライムに負けたのは僕ぐらいかもしれないけど。


「帰って……きた……?」

「はい、ただいまです。朽葉さん」

「……あぁ」


 朽葉さんの色素の薄い唇から、息が漏れる。

 見開かれた瞳が細まり、美しき歪みを見せる。


 ただそれだけなのに官能的な仕草と思えてしまう僕は変態なのだろうか。

 やっぱり警察のお世話になった方がいい気がしてきた。

 後でもう一度両脇抱えてもら、おぉぉおお!?!?

 

「あぁ、温かい……本当に、温かい……血が通っている……」

「朽葉さん!? ちょ、これはやば」

「夢ではない……帰ってくる者がいた……信じられない……こんな、ことが」

「ひ、ひぃっ」


 ゆ、指が。

 ひんやりとした、白くしなやかな朽葉さん指が僕の顔をなぞっている。

 形を確かめるように。その細い体を乗り出して、僕の顔を包み、眺めている。

 これがガチ恋距離。

 幼気な童貞を殺す射程、か……。

 

 って死んでる場合じゃない! 

 

「く、くく朽葉さん。この体勢及び距離感はまずいと存じ上げますれば、ご再考をお願いしたく」

「生きている……命がある……」

「いや生きてますよそりゃ。見れば分かるでしょうに」

「うん……うん……」

「……」


 ……何だかなぁ。


 まだ付き合いは短いけど、朽葉さんは狡いと思う。

 いつも飄々としていて、いかにも余裕綽々って感じなのに。

 今はまるで、迷子の子供がお母さんを見つけたみたいな感じだ。

 

 そんなの僕が拒めるわけないだろうに。

 ほんと、狡いや。


『……』


「あー、視線が痛い……」


 まじで突き刺さってないよねこれ。

 穴が開くほど、というのが洒落にならないレベルで見られてる。

 これが嫌だったんだけどねぇ。


 ……ま、いいか。


「……おかえり、雨夜君」

「はい。ただいまです、朽葉さん」


 この笑顔が見れたんだから。

 今はただ、それだけでいいや。

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