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スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら  作者: 石田フビト


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十六話 スーパーアドバイザー雨夜君


 バナナ味のポーションというふざけた商品の在庫が、二百本もあるらしい。

 しかも効果は最下級なのに二万円だという。


 とても正気とは思えなかった。


「何故そんな無謀を」

「だ、だってあの時は本当に売れると思ったんだもん!」

「そう思ったとしても、段階というものがあるでしょうに……」

「悠長にしてたら他の奴らに横取りされるかもしれないじゃん!」


 以前バイトしてた店の店長と同じこと言ってるよこの人。その後すぐ潰れたし。

 

 けどまぁ、うーん、どうしたもんかね。

 在庫は多数で効果も低い。

 だとしたら付けるべき値段は……。


「じゃあ、千円くらいですかね」

「まさかの95%オフ」

「いいえ、これを基準に更に値下げしていくんです」

「それもう最下級ポーションだよ!」

「最下級ポーションでしょ」


 まあ聞きなさい。


 僕はちょいちょいと手招きし、内緒話の体勢をとる。

 それに彼女は少し怪訝な顔をしつつも近づいた。


「いいですか。こんな並以下のポーションを高額で、しかも二百本も売るのは無謀を超えて人様への侮辱です」

「殴っていいかな、雨夜君」


 死ぬので止めてください。


「しかし希望はあります。幸か不幸か、美月さんの挑戦は非常に新しい。そして人は新しいものに惹かれるものです」

「オッケー、三万円にしろってことね」

「話聞いてました? いくら新しいからといって、それだけで飛びつくほどお客様は馬鹿じゃありません」

「んー、でも千円はやっぱり安すぎない?」

「安心くださいまし。安くするのは最初だけで、上手くいけば五万で売れます」

「ふむ、話を聞こうか」


 できれば最初から聞いてほしかった。

 ああ、本当なら今頃はもう迷宮に潜ってるはずだったのに。


 話の早期決着を求めて、僕はぺらぺらと口を回した。


「まずですね、美月さん。このバナナポーションをずらっと並べるのは止しましょう。酷く購買意欲が削がれます」

「言いたいことがあるんだけど」

「後にしてください。いいですか、最初はほんの数本でいいんです。店の前に台でも置いて、そこにちょっと並べるだけで」

「えぇ、ほんとにぃ?」

「大事なのは希少性です。そして美月さんが傍に立って、新商品ですと宣伝すれば完璧でしょう」

「そんなことだけでいいの?」

「勿論ですとも。美月さんはとても可愛らしい人ですから、それだけで客が寄ってきますよ」

「……う、うーん」


 少し顔を赤らめて、戸惑いがちに頷く美月さん。


 彼女の抱くその疑問はもっともだろう。

 こう言っておいてなんだが、彼女が可愛いだけで客が来るなら、現状こんなことになってはいないのだ。

 

 おそらく彼女が店を出し始めたのは少し前から。

 であるなら、それなりの人にこの店の評判が伝わっていてもおかしくはない。 

 僕とて力尽くでなければ近寄りたくはなかった。


「今改善すべきなのは売り上げではなく、誰も並ばない現状についてです。逆に言うなら、客さえ並べば他の人も並ぶんですよ」

「そういうものかなぁ?」

「そういうもんです」


 美月さんが、ぐるぐる目を回して悩む。

 ……何だか詐欺師のような気分になってきたな。

 しかしこれはれっきとしたアドバイスなので問題はない。


 実際、僕も人がいるかどうかで店を判断してるとこがあるし。

 あながち間違った方策でないと思う。


「最初はたった一人でいいんですよ。たった一人に、たった一個の商品を買わせる。いきなり何百個も売ろうとするから駄目なんです。コツコツいきましょうや」

「う~……でも、その一個すら売れないかも……」

「む」


 これはいけない。

 美月さんが自信をなくしていらっしゃる。

 あのクソ強引で話を聞かないゴリラな彼女はどこにいったのか。


「どうしたんです。上手くいけば五万ですよ、五万」

「上手くいけば、でしょ? 私にそんなこと……」

「むむむ」


 ……否。あるいはこれが彼女の本音なのかもしれない。

 せっかく作った物が一切売れないとなれば、不安になるのは当然のことだ。

 値段と接客方法については多分に申し入れたいが……あれも彼女なりの努力だったのだろう。


 僕は頑張っている人が好きだ。

 特に努力しても結果が出ていない人を見ると、沢山応援をしたくなる。

 何か力になれたらいいなと思う。


 だから僕は、彼女の手を取った。


「美月さん」

「……へ!? あ、ちょっと、あ、雨夜君っ?」

「少しこれお借りしますよ」

「あ、うん……うん?」

 

 彼女の手を、正確には彼女が握っていたバナナポーションを手に取る。

 そして体の位置を彼女と入れ替え、僕が店側に立った。

 あとはカゴをずらして……。


「よし、こんなもんかね」

「え、なになに、どうしたの雨夜君」

「すぅ……へいらっしゃい!」

「雨夜君!?」


 寿司屋顔負けの挨拶をした僕に、美月さんが驚きの声を上げる。

 その際にできた隙を逃さず畳みかけた。


「ちょいとお客さん、これ、何だと思いやすか? 見た目は黄色で甘い香り、普通は香水とも思えますが……実はこれ、新発売のポーションなんでさぁ」

「何が始まったの……?」

「ほぅら、嗅いでみなせぇ。どうです、良く熟れたバナナの香りがしやせんかね?」

「え、うん、するけど。だってこれ私が作」

「まま! ちょっとお待ちんなってくださいよ! 何も怪しいもんじゃござぁせん、効果もしっかりとございますゆえ、安心を」

「その口調、なんなの?」


 怪しい身振り手振りで、怪しい薬品を売りつけようとする僕。

 どう見ても不審者即通報案件であるため、その前にケリを付けねばならない。

 持ってくれよ、僕の人権……!

 

「今はまだ試作段階ですので、最下級ポーション程度の効果しかありませんが……ポーションはポーション。聞いたことがありますかい? 味付きのポーションなんて。ええ、そりゃあないでしょう。なにせこれ……世界初の取り組みですから」

「え、そうなの?」

「しっ! ……いいですか? これはお客様だけにお伝えする情報ですが……実は私、迷宮協会から直々に新ポーションの開発を任されていましてね」

「ええ!?」

「だから、しぃですって! ……今はまだ、試作段階です。ですがお客様からのご協力があれば、必ずや完成させてみせやしょう」


 彼女の瞳が一瞬、疑わし気に歪む。

 いい表情だ。

 それを待っていた。


「で、でもそれって……う、嘘じゃないの……? 私に買わせるために、そんな」

「いえいえ! んなこたぁ滅相もない。これはれっきとした新ポーションですとも。それもポーション業界を根本から覆す、革命的な一品にございます」

「か、革命的?」

「そう、革命的。従来のポーションはなにせ、無味無臭。不快感こそありませんが、けして美味しいわけでもない」


 視線を僅かに下げ、声のトーンを落ち着かせる。

 意図的に作り出した『タメ』。

 ここで一気にバナナポーションを眼前に持っていく。


「そこで生み出されたのがこの商品! 名付けてバナナポーション! 味のしなかったポーション界に変革をもたらした、試作品第一号でございます!」

「お、おぉ……」

「繰り返すも、今はまだ最下級の効能しかありゃあせん。ですが、何より注目していただきたいのはこのお味! ……どうぞ、お一口」

「ん……お、美味しい」

「そうでしょうとも!」


 正直、口付けたからこの時点で買わせてもいい。

 だが長い目で見るなら、更にここでもう一手加えるべきだろう。

 思考の隙は与えさせない。


「ああ、考えてもみてください。閉鎖的な迷宮内部で、いつ魔物が現れるかも分からぬ緊張感。怪我の痛み、苦しみ! ……そこでふと広がる、甘味の優しさを」

「し、沁みる……」

「沁みますよねぇ~、それはもう、マラソン後の水分補給の如く! 疲れきった体に優しい甘さが染み渡るでしょう!」

「これ作った人……天才か?」

「しかも運動に欠かせない糖分補給まで出来る! むしろ何ができないの? 体に必要な糖分、怪我の治癒、精神的なケア……全部これ一本でいいじゃないですか!」

「絶対天才だ」

 

 いやぁ、それほどでも。


 ところで、彼女は僕の口調が段々丁寧になっていることに気が付いてるだろうか。

 最初は強烈な個性で意識を向けさせ。

 最後は非常に丁寧な対応で終わらせる。

 初歩的なテクニックだが、存外これが効果的なのだ。


「しかも! ……お客さん、こちら、いくらだとお思いで?」

「え……ご、五万円とか……?」

「あぁ惜しい! 何分極めて難しい技術と材料ですゆえ、それより少し高い値段が適正と考えております」

「だ、だよね……」

「ええ、ええ。……しかし、ですね? お客様は真に運がよろしい。ああ、恐らくはこの場にいる誰よりも幸運でしょう!」

「へ? そう、なの……?」


 ぐるぐる目で美月さんが尋ねる。

 もう完全にハマっていた。


「そうですよ、幸運なお方。このポーション、まだ試作段階と申しましたよね?」

「は、はい」

「試作段階……つまりは未完成品だということ。それを愛すべきお客様に適正価格で売るなど、私にはできません」

「え……?」


 ささやかな疑念の声に混じる、一抹の期待。

 僕は勝利を確信して優しく微笑んだ。

 

「千円で、お売りいたします」

「そんなに安く……!?」

「ええ、今だけなんと千円にございます。……もうこんなチャンス、二度とないかもしれませんよ?」

「か、買います! 買わせてください!」

「しかも二十本買えば更にお得! 今だけ一万五千円! さあどうします!」

「二十本買います~!」


 ミッションコンプリート。

 美月さんから貰った一万五千円を眺めて感慨に耽る。


 まさかバイト時代で磨いた技が役に立つとは、人生分からないもんだなぁ。

 それにしても上手くいきすぎだけど。


 ほくほく顔でカゴを抱きしめる彼女に苦笑いをし、正気に戻すため手を叩いた。

 まるっきし催眠術師である。


「はいはい、戻ってきて美月さん。おーい、大丈夫ですかー?」

「わ、わ、何よ。言っとくけどもうこれは私のものだからね! 今更返してって言っても無駄なんだから!」

「元から貴女のものですよ」

「……? ……あれ、ほんとだ。……え、え?」


 バッバッバッ、と手元のポーションと僕が持つお金を三度見して、ようやく彼女は気が付いた。

 そして信じられないという顔をして、数歩下がる。

 何ですかその反応は。


「私、胸とか触られてないよね……?」

「勝手に人を性犯罪者に仕立て上げないでください」


 でもその気になれば触れたと思う。

 美月さんのチョロさは類を見ないものであった。

 兄の健也さんに会ったら、お宅の妹さんが詐欺に合わないよう気に掛けてくださいと言っておこう。


「私、ほんとに買ったの? 自分の商品を、自分で?」

「持っているカゴのとおりです」

「えー、嘘……全然覚えてない……」

「それが話の肝なんですよ。どうして買ったのかは分からないけど買っちゃった。最高の売り手は結果だけを押し付けるんです」

「能力バトルの最後の方じゃん」


 確かに言っていることは凄いように聞こえるが、その実大したことはしていない。

 詐欺とは巧妙な手口だと認識しているから引っかかるのだ。

 時として単純明快であるほど、人は騙されやすくなる。


「大事なのは相手に思考の隙を与えないこと。とにかく商品について伝えまくりましょう」

「いつも伝えてるけど?」

「肉体言語では人間に通じませんよ。そうではなく、効能や副次効果など。考え付く限りのメリットを述べるんです」

「あー……それは何となく、覚えてるなぁ」


 美月さんがげんなりとした表情で空を見つめる。

 彼女の頭の中では、怪しい男が凄い圧でセールストークを繰り広げている地獄絵図が広がっていることだろう。


「しかしなるほどねぇ。糖分補給とは思いつかなかったよ」

「実際あれも詐欺みたいなもんですがね。本当に必要なら、チョコとかお菓子でも十分ですし」

「あ、言われてみればそうじゃん」

「他にも気分のリフレッシュとか、一度で二度美味しいとか、そういうのに人は弱いですからね。最後に値段を聞いて、千円以上と答えたらほぼ勝ちかと」

「う~ん……一応聞くけど。雨夜君って本当に年下なんだよね?」


 おやおや、喧嘩ですかな。

 勝てないから買わないけど。


「一月くらい前に、十七歳のバースデーを迎えましたが」

「あはは、それは流石に嘘」

 

 レベルの低い冗談を聞いたみたいな反応をされた。

 はいはい、それで?という感じがすごい。


 何でだろう。

 胸がきゅっと切なくなった。


「……これ、学生証です」

「はいはい分かったから。こんなジョークグッズとかつまんな……んん!?」

「見覚えのある三度見だなぁ」


 僕から奪い去った学生証と僕の顔を綺麗に三度見。

 いつぞやの如くフリーズした美月さんを横目に、いそいそと逃げる準備をする。


 力にはなってあげたいが、僕とて予定があるのだ。

 彼女の売り方についてはまた今度、時間があるときに協力しよう。

 あ、それとついでに……。


「これ五本買いますね。お金はここに置いときますから、よろしくお願いします」

「十七……十七……?」

「販売頑張ってください。応援してます」

「九歳差……まじ……?」


 手に持っていた学生証と二万円を交換し、カゴから五本のポーションを選ぶ。

 一本で千円程度なら、当初の予算額を超えない。

 中々に良い買い物が出来たのではないか。


 僕は五本の試験官を鞄に入れ、未だ放心状態である美月さんの前を通り過ぎた。


「……なんだかどっと疲れたなぁ」


 まさか迷宮に入る前にこんな試練があるとは。

 自分の面倒な性格にほとほと嫌気がさすばかりである。

 頼まれもしないことを何様のつもりで……あぁ、恥ずかしい。数分前の自分を殴って口を縫い付けたい。


 深くため息をつき、泥沼に浸かったような気分でノロノロ歩いていると、後方から「え!? 二万円で五本売れてる!?」という声が聞こえた。


 うん、違いますよ美月さん。 

 二万円のうち一万五千円は貴女のものですからね。

 騙されちゃだめですよ。

 

「一度、健也さんとしっかり話し合いをしよう。まじで」


 このままだと将来とんでもない詐欺に遭いそうだ。

 

 笑顔で壺を抱える彼女の姿を思い浮かべつつ、僕は受付へと足を向けるのだった。

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