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スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら  作者: 石田フビト


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十四話 図書館に行こう

「よくよく考えたら勝てるわけなくない?」


 あの後、痛む体に四苦八苦しつつ服を着替えて何とか電車に滑り込み。

 帰り道の途中で寄ったスーパーの食材(半額シール付き)で炒飯を作って、母さんから最高評価『普通』を貰い。

 

 温めのシャワーを浴びて。

 こびりついて固まった体の血を落とし。

 皺くちゃの服からヨレヨレの寝間着に着替え。

 

 緊張からの解放と疲労により爆睡した僕は、一夜明けてホットミルクを優雅に啜りながら思った。


 冷静に考えて、あんな化け物に勝てるわけがない、と。


「ずず……ふぅ……」


 温かいミルクの優しさが染みる。

 牛さん、どうかこのまま僕を何処かへ連れ出してくれまいか。

 

 あの首置いてけスライムのいない、何処か遠くへ……。


「はぁ……」


 などという現実逃避は一旦棚に仕舞っておく。また必要になるだろうから、覚えやすい場所に置いといた。

 

 今考えなければならないのは、とにかくアレの存在だった。


「もぐもぐ」


 バターが塗られた食パンを齧り、思索に耽る。

 それは昨日から続いていた思考の延長であった。

 僕が漠然と出した答え。

 

 ……そもそも前提として、昨日遭遇したのは本当にスライムなのだろうか。

 実は幾つもの偶然が重なって、違う迷宮に訪れたということはないだろうか。


 つまり首置いてけスライム、以下『首スラ』は、もう出会わないのではないか。

 

「……ごくん」

 

 楽観的な結論であるとは自分でも自覚している。

 しかしどれ程記憶を辿っても、迷宮の壁を抉るスライムなど聞いたことがないのだ。

 また、昨日僕を散々馬鹿にしてくれたポータル受付嬢さんの発言。


『そのスライムの色は……赤色でしたか?』


 まるで、赤色のスライムが存在すると言わんばかりに。

 無機質な声色で彼女は問うたのだ。


 そう、例外は存在する。


「……()()()()


 およそ冒険者における死因の二割を占めるその存在は、どこまでも無慈悲で。 

 理不尽で。

 僕たち冒険者の命を簡単に奪っていく。


 ……かつて、父さんのパーティを全滅させたように。


「……」


 思考はそこで途切れた。

 いつの間にか手に持っていたパンは消えて。

 温かかったはずのミルクは冷めていた。


 知らずの内に、結構時間が経っていたらしい。

 今日はこれから用事があるのだ。

 別に急ぐ必要はないが、何もしないでいるのは性分でない。


「二日間休みにしたのは正解だったねぇ」


 既に学校の時間割は決まっている。

 授業を削りに削りまくり、火曜と金曜だけに出席すれば良いようにしたのだ。

 

 そして今日は木曜日。

 遅めの朝食を終えた僕の次なる行動は……。

 

「当然、情報収集だ」






 ということで来ました図書館。

 最近は何度もお世話になってます。


 家から自転車で十二分で着くここは、正しく人生の教科書ともいうべき場所であった。


「おはようございます」

「はい、おはよう」

 

 顔馴染みとなった受付のおばちゃんに挨拶をして、本棚へと向かう。

 取り敢えずは魔物図鑑……いや、スライムについて書かれた本の方がいいか?

 それとも特異個体に関する本を探すべきか。


「……んー」


 立ち止まって考える。

 平日の十時頃ということもあって、人は非常に少ない。ここで立ち続けていても、大した迷惑にはならないだろう。

 

「特異個体、ねぇ」


 思い出すのは昨日の死闘。

 僕が逃げてスライムが追う……そんな壮絶な五分五分の勝負だった。

 どちらが勝っても負けてもおかしくない、歴史に残るような名勝負である。


 僕を追い詰めた奴の姿は鮮明に思い出せた。 


 緩慢に動くバスケットボールサイズの半固体。 

 形状を容易に変化させ、青色の体の中には赤い核がある。


 それは皆が思い浮かべるスライムという雑魚魔物の姿そのものであり、実際僕もそう信じて疑わなかった。


「まず、それがおかしいんだよ……」


 誰も聞いていないのをいいことに、一人呟く。


 おかしいと言ったのは、何もスライムの常識が間違っていると主張したいからではない。

 先程も述べた通り、青色で粘々した弱いやつ、というのがスライムの共通認識だ。


 ……昨日見た首スラは間違いなく、図鑑や写真で見たスライムの形をしていた。

 で、あるならば。


「あれは特異個体じゃない」


 特異個体と呼ばれる特殊な魔物は、その圧倒的な力と共に、ある一つの共通点があった。


 それは、外見が通常個体と大きく異なるということだ。


 色、大きさ、腕の本数、武器など。

 普通は誤差程度しかないはずのそれらが、特異個体では全くの別物になる。


 それこそ青色のスライムが赤色であるという、分かりやすいものに。


「……はぁ、まじか」


 無論、僕の知識が不足していて、同じ見た目の特異個体がいるのかもしれない。

 ともすれば僕は世界で初めてその事例に遭遇して、生還した唯一の人間かもしれない。

 そう考えればそれなりに希望が持てるというものだが。


 僕は何故かその可能性が皆無であると、どこかで確信していた。


「……もういいや、探そ」


 憂鬱な気分を払拭するように、僕は本棚の間を歩き出した。


 


「……んーっ、ふぅ……え、もうこんな時間かね」


 図書館の壁に掛けられた時計を見て驚く。

 気付けば時刻は二時半。

 昼食も取らずに、四時間ほど読書に集中していたらしい。


 机の横には積まれた本がある。

 今日、全ての本を読破したわけではないが、それでも知りたい情報は知れたと思う。


「ん~、んっ」


 指を組み、掌を上に向けるようにして、ぐっと体を伸ばす。

 ポキポキと小気味よい音が鳴った。

 いつも思うけど、これどこの部分が鳴ってるのだろう。ちょっと怖い。


「はぁ……」


 脱力し、ぐったりと椅子に背を預ける。

 休憩がてら本日の成果をまとめよう。


 まず第一に、特異個体について。

 これは予想通りというか……やはりどの文献にも、通常個体と同じ形をしたものが存在するとは書かれてなかった。

 だって、同じじゃないから特異個体なんだし。


 でも同じ見た目の特異個体が存在しない、と書かれているわけでもなかった。

 これからも時間があるなら調べよう。


「んで、これか」

 

 ぱらぱらとページを捲る。

 ちょっと行き過ぎて、数ページ戻って、指を止める。


 そこには絵付きの説明文があった。

 これが第二に分かったこと。

 つまりスライムの特異個体……レッドスライムについてだ。


「あの人が言ってたのは、多分これかな」


 ポータル受付嬢さんの質問には、赤色のスライムがいることを感じさせた。

 そう思って調べてみたらドンピシャである。


 レッドスライム。

 見た目は通常のスライムと違い、燃えるような赤色をしている。また大きさも少し大きいのだとか。

 特筆すべきはその戦闘力。

 なんとこのスライムは……。


 小学生ですら、手こずる相手なのである!


「……」


 小学生ですら、擦り傷を負うかもしれない、恐るべき魔物なのである!


「……なんでなのん?」


 思わず天を見上げる。 

 特異個体であっても尚衰えることのないスライムの貧弱さ。

 流石は魔物界最弱の名を欲しいままにするキングオブ雑魚である。


 ……じゃああれ、何なの? 

 特異個体でこれなら、あれは?


「怖い……吐きそう」

 

 人間は未知なる存在に遭遇すると恐怖を感じると言うが、それは本当であった。


 まるで物語の最後に

「あれ全部お前がやったのかよ! 窓に付いた手の跡とかめっちゃ怖かったぞ!?」

 とちょっと怒りながら言ったら

「……は? んなことしてねぇよ?」

「……え? じゃあ、あれは」

「……」

 と悪戯の犯人ですら知らないことが起きてた。

 みたいな怖さがある。


「ぅっ、やめやめ。せっかく有益な情報も入ったのに」

 

 また違う本を手に取ってページを捲ると、そこにはスライムに関する様々な考察がなされた文章があった。

 本のタイトルは『我がスライムよ、永遠に』である。


 題名に惹かれて試しに読んでみたのだが。

 読んでびっくり、この本の著者は紛うことなき変態であった。


 まず最初の文章から狂っている。

 

『私はスライムに性的興奮を覚えている。それを自覚したのは……あの子に自分のパンツを食わせたときだった』


 僕は正直、世界の健全なる少年達のためにこの本を燃やそうと考えたが、流石に室内で放火はやばいと判断し中止した。

 また、もしかするとこれは天才的な人間かもしれない。

 天才とは常に理解されないものなのだ。

 読んでみない限りは、判決は下せんだろうと。


 そう思って読み進めたが、驚くことなかれ。

 何とこの本の九割は著者とスライムの恋愛小説である。

 しかもかなりアダルティックな、ぎりぎりの描写を攻めた内容であった。


 途中で破り捨てなかった僕を誰か褒めてほしい。


「これが実用書に分類されてるとか……日本大丈夫か?」


 わりと真剣に心配である。


 さて、そんなゲテモノを超えたゲルモノ作品であるが、意外にも残された一割が凄まじかった。

 吐き気の催すようなスライムと著者との絡みに混じるスライムの詳細な生態。

 それが本当に気軽に、ぽんと出されるものだから。

 こっちは見落とさぬよう必死に読まねばならぬのだ。


 ……あるいは、それこそ彼の思惑通りなのかもしれない。


 とにかく、彼のスライムを愛す心は本物であり、その情報は非常に有益だった。

 是非次の探索に使わせてもらおう。


「後は……」


 主語がデカすぎるため、あまりこれらに関して詳しい内容は調べられていないが、一応。

 迷宮そのものについてだ。


 忘れぬよう、改めて基本的な迷宮の情報をまとめておこう。


 まず、迷宮とはポータルを潜った先にある迷路のようなもの。

 外壁は基本的に岩石だが、迷宮によってガラスや植物で構成されていることもある。


 迷宮によるが、およそ数十メートル単位で『扉』が存在する。

 扉とは迷路の途中に埋められた区切りであり、扉を壊すことは不可能とされている。

 扉を抜けた先には必ず一体以上の魔物が存在し、その数は階層が深くなるにつれて多くなっていく。

 

 魔物は扉を開けることもできないし、くぐることもできない。

 ある特殊な事例を除き、扉へ引き返せばまず安全である。

 また死亡した魔物は砂が散るように消え、魔石を落とす。


 そして人間が死亡した場合……多くは魔物に食われるか、もしくは迷宮に飲み込まれる。


「ま、こんなところかね」


 これが大体、基本的な迷宮についての常識である。

 んで、ここからが今日探してた内容。


 ポータルを潜った先の迷宮が、違う迷宮になる可能性について、だ。

 

 もしかすれば、僕はめっちゃ強い迷宮に紛れ込んでしまったのでは?

 と考えたのである。


 そして本を読み進め、出した結論は。


「……んー、分からん」

 

 それもそのはず。迷宮とは今も議論が続いている、超絶不思議な場所である。

 凄い専門家たちが血眼になっても未だに解明されていないのだから、僕に分かるわけもなし。


 結局、昨日の迷宮が違う迷宮だったのか。

 それともあれが普通だったのか。その判別は付いていないのだ。

 と、すれば。


「やっぱり、行くしかないよねぇ……」


 行って確かめるしかない。

 そしてもう一度スライムと戦うのだ。

 めっちゃ怖いけど仕方がない。不安で仕方がないけど、それも仕方がない。


 僕は、冒険者なのだから。


「……よいしょ」

 

 さて、と。

 今日はこれぐらいでいいだろう。

 お昼ご飯もまだだし、いい加減集中も切れてきた。


 机に並べられていた本を整理し、立ち上がろうとする。

 その際に、最後に読んでいた本が目に留まった。

 

「……ん」


 一番上に積んだ本には、『異世界』という題名が書かれている。

 これは、とある冒険者が体験した迷宮での出来事をまとめた、自伝小説であった。

 

 何か迷宮について知れたらと思って読んだのだが……。


「……いやぁ、怖いね」

 

 本を持つ手が僅かに震える。


 これもまた基本的なことで、そして勘違いする人が多いことだが。

 迷宮とは長い一本道ではなく……丁度この本棚のようなもので。


 僕が今持っている本が、昨日潜った迷宮とすれば。

 きっと次に潜る迷宮はまた違う本なのだろう。

 昨日と明日で見える世界が違う、などと詩的な表現ではなく。

 

 例えば僕が一つの本を借りれば他の人は読めなくなる。

 だから他の人は、それ以外の本を探してそれを読む。

 となるとまた違う人はそれら以外の本を読むことになるのだ。


 つまりはそういうことで。


 冒険者が潜る迷宮は、この本棚の中から一つ選んで読む本のようだ。

 現実と違うのはそれが無尽蔵であり、僕達に選ぶ権利がないということ。

 財宝に溢れた迷宮もあれば、強い魔物ばかり現れる迷宮もある。


 そしてそれらの集合体こそが……僕が今挑んでいる『始まりの迷宮』しかり、他の迷宮しかりなのである。


 昨日挑んだ迷宮は、始まりの迷宮に存在する数ある一つに過ぎない。

 要するに……。


「昨日はマジで運が悪くて、めっちゃ強いスライムがいる迷宮だった……」


 という可能性もある。

 正直ありえないと思うが、希望を持っておいて損はない。


 何せ迷宮とは不可思議な場所だ。


 それこそ、読もうとした本が偶然、二人だった場合。

 どちらかが引けば問題ないが……もし、一緒に読もうとなったら。


 本来交じり合うはずのない迷宮が捻じれ、絡まり、一つになったのならば。

 

 どうなってしまうのだろうか。


「……」

 

 もう一度、眼下の本を見つめる。それが震えているのは気のせいではなかった。

 そこには問いに対する答えがあった。

 未知に挑む冒険者をして、異世界と言わしめるその現象。


 まだ最初しか読めてないが、それでも、奇跡的に生還した彼の執念が伝わってくるようだった。


 あの地獄を、誰かに伝えなければと。

 

「……行きたくないよぅ」


 細く、細く、弱音を零した。

 こんな怖い本読まなければよかった。

 僕は深夜にホラー映画をみた子供のような気持ちになって、本を戻し続けた。


 次の探索は土曜……いや日曜……うん、来週でいいかな。

 うん……まだ体もちょっと痛いし。

 風邪気味だし、ね。

 ポータル受付嬢さんにも怒られたし。


 うん、仕方ないね。


 再来週の探索、頑張るぞ!

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