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スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら  作者: 石田フビト


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十二話 世界で初めてスライムに負けた男

「……ぅ……ごほっ、げほっ……おぇっ」

 

 擦れる冷たい岩の感触に、自分が咳き込んだことを理解する。

 びちゃびちゃと、液体状の何かが零れる音。

 喉が異常なほど乾いていた。


「……ぁ、が……」


 眩む視界。催す吐き気。

 ここがどこで何をしていたのかを一瞬忘れた。

 まるで悪夢の中にいるような心地だった。

 実際、それとあまり変わらなかった。


 段々と意識が覚醒していく。

 

「……ひどい、目ざめだね」


 目覚めた後の第一声はしゃがれていた。

 もう何度か咳き込むと、口からデロッとしたものが数滴飛び出す。

 地面に落ちたそれは、黒ずんだ赤に見えた。

 

「あー……死ぬか、な? これ……」


 吐血なんて漫画や映画でしか見たことがない。 

 もしや肺に穴でも開いているのだろうか。衝撃の際に肋骨が刺さったという可能性もある。 

 いずれにせよ、吐血するほどの重症はやばい。

 目の前が真っ暗になったような気がした。


 ……ここまでなのかな。


「ちく、しょう……」


 口惜しい。

 折角スライムから生き延びたってのに。それで、怪我が酷くて助かりませんでした、なんて。

 そんなの、あまりに無意味じゃないか。

 あんなに頑張ったのに、結局僕は死ぬのか。

 たった一人で。

 こんな、暗くて寂しい場所で。

 初層の魔物にも勝てずに。

 僕は。


「はぁ……はぁ……。は、ぁ……?」


 ……いや待て。 

 だとしたらこんな自然に呼吸が出来るのは、おかしくないか?

 肺にダメージがあるならもっと呼吸に支障が出るはずだ。

 そもそも、寝起きだからと勘違いしてたけど。

 別に痛みだってそこまで……。


「あれ……?」


 ここにきてようやく僕は気が付く。

 スライムの突進を受けて死にかけた割に、思ったほど体が痛くないと。

 いやもちろん、全身筋肉痛レベルで辛いんだけども。

 それでも骨折したとは考えられな……い?


「……なんか、腕治ってる……?」

 

 現在の体勢は横向きに寝ている感じで。ちょうど寝返りをうった様子に近いかもしれない。

 そんな僕の視線の先には左腕と右腕があって。

 記憶していた限り、それはもう無残な状態だったと思うんだが。


「……普通に動かせるし」


 なんか、治ってた。


 試しに両手を開いて閉じて。指一本一本が正確に動くことを確認する。

 結果、動かす際には前腕に僅かな違和感を感じるものの、概ね問題ないと判断。

 次は肘を曲げる。これもまた、良好。

 

「なら、今度は……。ぅっ」


 痛い!

 くそ、調子に乗りすぎた。そういうとこだぞ僕の間抜け!


 胸中で己を叱咤し、立ち上がろうとして力を込めた右肩を抑える。

 抑えることが、できた。

 幸いにして左腕は動くようだ。であるならば、少し厳しいが、頑張ろう。


「ふっ……っつ、はぁ、はぁ……ぐ、ぅ……っ」


 動くとはいっても、やはり左腕も痛い。

 だから両足を中心に体の体勢を変え、うつ伏せになる。

 そのまま足で前進。

 胸の辺りに挟まっていた左腕がずれて、鳩尾の位置まで移動した。

 ここまでくれば、こっちのもんだ。


「んぎぎ……っと」


 尺取り虫のように腰を曲げて、左肘で押すように上体を上げる。

 重心が後方に傾いた。

 あとはもう、重力に任せれば正座の完成である。


 「はぁ……きっつ」


 これでやっと、一息がつける。

 圧迫されていた胸が解放されて心地がよかった。


「……それにしても、不思議だこと」


 少し気分が落ち着けば、当然に湧いて出てくるのは疑問。

 正直思い出したくもないが……あの直撃によって、僕がどうなったのかは朧気ながら覚えている。


 両腕の前腕骨が砕ける感覚。

 顔に広がる灼熱。

 首から上が無くなったと思うほどの衝撃。


 我ながら綱渡りな賭けだった。

 一つ何かが間違えば、確実に死んでいただろう。


「今考えたら頭おかしいな僕」


 でもこれは言い訳じゃないが、僕とて確かな勝算があって行動したのだ。

 スライムの本来持つ弾力性と、顔を執拗に狙う異常性。

 そして何より、迷宮の壁を抉る突進の威力。


 だから咄嗟に、これだと思った。

 今から立って走っても間に合わない。そもそも立ち上がる前に殺されるかも。

 じゃあもう仕方ないじゃないか。 


 こんな作戦しか思いつかなかったんだ。

 敢えて突進を受け止めて、その衝撃で扉に入ろうだなんて。

 僕もそんな文字通り体当たりなことしたくなかったさ。

 

 無様に這いつくばってさぁ。必死こいて扉の射線上に行ってよぅ。

 僕がしたかったのは、こんな格好悪い冒険じゃなかったってのに!


「思い出したら腹立ってきたな……」


 まぁ、絶対勝てないから戻って再戦しようとか考えないけどさ。

 それでも文句ぐらい言ってもいいだろ。

 あんな強いスライムいるとか聞いてないよ、くそったれめ。

 おかげ僕の腕がめちゃくちゃに……あ、なってないんだった。

 

「うーん?」


 ……いや、ほんと何でなの?

 考えれば考えるほど不思議である。あの状態の腕が寝ただけで治るなんて、そんなギャグ漫画みたいなこと……。


「はっ。ま、まさか」


 内ポケットに仕舞っていた冒険者プレートを取り出す。

 まさかとは思ったがステータス君。


 僕にもあったんだね、隠された真の力が!


 道理で意味不明なわけだよ。あれだね、実は最強でしたってやつね。はいはい、それね?

 そりゃそうだよな。

 普通に考えて、あんな二行だけってことはないもんな。

 今までごめんよ色々酷いこと言って。 

 これからは仲直りしようね。

 

「さぁ、見せてくれ。僕の真の力を……!」


 顔写真のところをタップし、青白いウィンドウが飛び出した。


――――――――――――――

 雨夜和幸

 スキル 『剣術 Lv 1』

――――――――――――――


「まぁそんな気はしてました」 

 

 三秒で消した。 

 そのまま壁に投げつけてやろうと思ったが、再発行にもお金がかかるそうなので止めた。

 僕はなんて無力なんだろう。

 スライムにもステータスにも勝てない僕に、一体何の価値があるというのか。


「……ぐすん」


 答えは出ないし僕は弱いままだしで、メンタルはもうボロボロ。

 もう何なんだよ。

 僕の覚醒イベントでもないなら、じゃあどうやって回復して……。


 ……ん、回復?


「あ」


 右腰のベルトに固定したポーチを開く。

 本気で忘れてた。

 ソロの冒険者なら絶対に忘れちゃいけないことだったのに。


「……やっぱり、そうだ」


 濡れた革のポーチの中には割れた試験管が幾つもあった。やけに冷たいなとは思ってたよ。

 というか何故、最初に気が付かなかったのか。

 回復といったらこれが代名詞だろうに。


 ヒーラーのいないソロ冒険者には必須であり、盤石なパーティでも重要な予防線となる奇跡の薬。

 その名も、ポーション。

 つまり迷宮に入る前に押し売りされた、あれである。


「はは……全部割れてるけど、不幸中の幸いかな」

 

 ポーションの使い方は二通り。

 一つは飲む方法。これは全身の回復をしたいときで、怪我を治すというより体力の回復が目的だろう。

 特定の部位を治したいなら、そこだけにかけるのが常識だった。

 それが二つ目の方法。

 

 ……だけど。


「中身がポーチの中で漏れ出て……体に染み込んだ? でも、それだと腕が回復する理由が分からない……。位置からして影響があるのは腰付近だけのはず。……高級なポーションだったとか? いや、五本も入ってたんだ。いくら支援とはいえ……うーん、刀の例もあるから何とも言えないなぁ……」


 ぶつぶつと指を下唇に当てて呟く。

 分からないことがあるってのは気持ちが悪いものだ。それが自分の身に起こって、重要なことなら猶更のこと。

 しかし悲しいことに僕は天才ではない。

 だから早々に諦めをつけて、考えないことにした。


「……取り敢えず、ポーションで怪我が治ったってことで」

 

 この話は終わり。

 あ、でも一つだけ確認したいことがある。


「結局、あの吐血はなんだったのかね……?」


 あれのせいで僕は本気で死ぬかと思ってビビったんだぞ。

 否、正直言えば今も怖い。内臓系はシャレにならないんだって。


 これが僕を未だ立ち上がらせぬ理由。

 不意に体を動かして内蔵ドバー、なんてことになったら詰む。

 ポーションがどれだけ回復してくれたのか知らないし。

 まぁグチャグチャの腕が治ったから、大丈夫だと思うけども。


「……うー、嫌だ。確証もないのに動きたくないぃ……」


 散々喋ってるから今更か。

 でもなぁ、怖いしなぁ。かといって内臓の検査とかできないし。ここにずっといるのもなぁ。


 ……ああもう、いいや!


「頼むよ神様……!」


 こんなとこで悩んでたって仕方がない。

 嫌な予想を振り払い、思い切って立ち上がることにした。

 決して考えるのがめんどくさくなったわけではない。

 

 ほら、あれだから。

 口から出たのってたぶん、あれだから。粘々してたからさ。きっと口の中が切れたときの血とか、そういうのが固まったんだよ、たぶん。


 てか仮に肺とか傷ついてたら、それこそ移動しなきゃ。

 ここにいても怪我が治るわけでもない。

 多少のリスクを払ってでも、行動を起こすべきだ。


「ふぅ、ふぅ……さんにーいち、で立つ。さんにーいち、で立つ……よし」


 人はどうしても変化を恐れる生き物である。

 安定した状態があるならそれを守ろうとするし、臆病になってしまう。


「……さん」


 でも、今が安全だったとしても、それがいつまでも続くとは限らない。

 本当に自分のためを考えるならば。


「にーい」


 常に最善の選択肢を選べ。


「いち……!」


 足と腕に力を込め、ゆっくりと。

 されど確かに立ち上がる。

 体の節々が痛み、よろめいた。風邪の時に立つ感覚と似ている。気分の良いものではないが、倒れるほどでもなかった。


「……」

 

 そのまま数秒待機。

 僅かな眩暈が収まるまで、そう時間はかからないだろう。


 ……なんか、思ったより平気だな。『常に最善の選択肢を選べ』とか頭の中で決めたのが無性に恥ずかしくなってきた。


 ともあれ、ポーションはかくも偉大であるということか。

 次は絶対に忘れないようにしよ。


「……うん」


 つま先で地面を何度か叩いて体調を確認する。

 痛いことには痛いが、これなら歩けそうだ。

 ビビりまくって損した。


 このボーっとした感じは貧血だからだろう。失った血までは回復しない、って本にも書いてあったし。

 気を付けて帰れば大丈夫。


 僕は最後に扉へ向き直った。 

 その先は暗く、人間の原始的な恐怖を想起させる。


「……できればもう、行きたくないけど」


 そうもいかないのが冒険者だ。

 あぁ、さっきの話じゃないけど……選択ミスったかなぁ、これ。


 迷宮に入る前の興奮はとうに消え。

 僕はショボショボと目に涙をこさえて、来た道を引き返した。

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