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スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら  作者: 石田フビト


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十話 初迷宮、初遭遇

 いよいよ迷宮に潜るということで。

 抑えきれぬ興奮のまま装備室を出た僕は、足先をポータルへと向ける。

 すぐにギョッとした。


『……』


「え、なにこれ……こわ~」


 装備室の前に人だかりができていた。

 どうしたんだろう、そんなパニックホラー映画で化物が閉じ込められてる牢屋を見つけたみたいな顔して。

 ここ安全だから武器持たなくていいのに。変なの。


「すみませぇん、ちょっと通りまーす」

 

『……ッ!』


 いやだから何なんだよ。

 通るよ~って手を前に出しただけじゃん。何でそんな臨戦態勢で距離とるの。

 あれか? 俺つえーか?

 僕の底知れぬ力に慄いているのか?


「……通りまーす」


『……』


 どうやらそういうことでもないらしい。

 普通に通してもらえた。 

 じゃあ何だったんだよ今のバックステップは。

 ……もういいや、早くポータルのとこ行こ。

 

 野次馬の如く集っている冒険者たちの波を抜け、ポータルへと足を進める。

 ざっと見た感じポータルは十個ほどあった。

 正確には見たわけじゃなく、並んでいる冒険者を見て推測したのだが。

 確か、一番左がいいんだっけか。

 

「って誰もいないじゃん」


 近づくにつれて、ポータルの前で待機している冒険者が誰もいないことに気付く。

 他のポータルでは仕切りの中に列ができてるのに。もしや人気がない迷宮なのか?

 なんか他のと比べて色も薄いし。あ、だから簡単だとか?

 ……まぁ、考えても仕方ない。

 僕は周りの冒険者がそうしているように、目の前で渦巻くポータルへ足を伸ばし。


「お待ちください」

「ぐえっ」


 唐突な首への圧力に悲鳴を漏らす。

 今日はやたら物理的な引き留めがあるなぁ。

 若干涙目になりつつ、依然として首を絞めている手の先を見る。

 

「ポータルをくぐる際には冒険者プレートの提出をお願いします」


 わぁ、これまた綺麗なお嬢さん。

 淡い空色のショートヘアに、作り物めいた整った顔。

 黒いスカートから覗く純白のストッキングが、形よく並んだ。


 どこか機械的な碧眼が僕を覗く。

 白と黒のコントラストの中で、一筋の青色のボーダーが入った服を纏った彼女は、もう片方の手で催促をした。

 

 いや存在自体は気付いてたんだけどさ。

 あまりに無反応だったもんで、てっきり進んでいいものかと。

 ごめんなさい。


「あ、はい……どうぞ」

「確認中……完全一致。ようこそ『始まりの迷宮』へ。ご健闘を、冒険者様」

「ありがとうございます」

「……」

 

 もう用はないとばかりに手を離される。

 あ~脳に血が行きわたっていく~。こんな経験二度としたくないよ。


 ……んん、予想外の首絞めがあったものの。何はともあれ、これで迷宮に入れる。

 長かったなぁ。

 僕は深く一礼した後に足を進め……ん、待てよ?


 よくよく考えたら僕、今からどういう迷宮に入るんだ?


「……あー、すみません、ちょっと質問いいですか?」

「……疑問文の音声を確認。はい、なんでしょうか」

「僕、迷宮に初めて潜るんですけど。その何というか……ここの特徴みたいなものって、ありますかね?」

「……質問内容が曖昧過ぎます。もう少し詳細にお伝えください」


 え。


「え、……あー、そうですね。あの、迷宮の中のこととか魔物のことは一応講習で習ったんですけど。やっぱりまだ不安で」

「要領が掴めません。もう少し詳細にお伝えください」

「あ……だからその、ここの迷宮の特徴とか……知れたら……いいかなって……」

「すいません、よく分かりません」

「馬鹿でごめんなさいぃ……!」


 お願いします。無表情で淡々と僕の無知蒙昧さを暴くのはやめてください。

 貴女の見た目が可愛らしいということも相まって死にそうです。


 あのね。

 僕が馬鹿にされたいのは、あくまで朽葉さんみたいなお姉さんキャラなの。

 貴女みたいな美少女にこうやって追い詰められるのは専門外なの。

 分かる?

 分かってよ。そして迷宮について教えてよ、お願いだから。

 

「せめて出てくる魔物くらい……はぁ」

「質問文を確認。始まりの迷宮の一階層ではスライム、四階層からはゴブリン、七階層からコボルト、十階層でボスが出現します」

「……」

「ボスについては三種類がランダムで出現。エーススライム、エースゴブリン、エースコボルトのどれかです」

「……ちなみに、ボスの強さは?」

「ボスの強さに差はありません。しかし相性はあるため、不利と感じた場合は撤退を勧めます」


 ん、なるほど。何となく質問の仕方が分かってきたぞ。

 えっと……。

 

「ここの特徴とか」

「該当範囲が大きすぎます。もう少し詳細にお伝えください」


 よしよし、ということは。


「始まりの迷宮の、内部については?」

「……基本的に他の迷宮と変わらず、洞窟状の作りになっています。外壁は岩石に近く、切削は困難。おおよそ高さ四メートル、横四メートル半ほどの空間があります」

「ふむふむ」


 迷宮内はそれなりに広いと。

 少なくとも刀を振り回す程度の空間はありそうだ。

 出てくる魔物の種類も分かったし……聞きたいことを限定すれば、ちゃんと教えてくれるんだな。

 じゃあ、こんな質問はどうだろう。


「始まりの迷宮について、詳細に教えてくれますか?」

「……」


 ……あれ?

 止まっちゃった。もしかして失礼な質問だったかな。それとも質問のし過ぎとか。

 あー、確かに初対面なのに図々しかったよね。

 距離感見誤った。

 無表情のままフリーズしてしまった彼女に対し、謝罪をしようとして。


「あの、すみませ」

「始まりの迷宮。発見されたのは今から158年前であり、日本で十三番目に観測された迷宮でもある。特徴としては他と比べ難易度が低いことが挙げられる。出現する魔物はスライム、ゴブリン、コボルトの三種。全十階層からなる初層級の迷宮であるため、登録をして間もない冒険者の多くが潜る。おすすめの武器は剣、ハンマー、杖など。基本的に全ての魔物は接近して攻撃するので、距離をとって戦うことを推奨。また迷宮内部は僅かに暗いため、光源を用意しておくと便利である。魔物からドロップするのは、スライムの核、ゴブリンの短剣、コボルトの牙がほとんど。稀に上質な素材を落とすこともある。これを設計したのは巨匠、レミデール・メイソン・プリコフィア――」


「わー、ちょっと待って待って」


 もの凄い早口で発せられた言葉の数々に圧倒され、思わずストップをかけた。

 正直ほとんど聞き取れなかったし、口の動きが速すぎて不気味だった。

 人間ってあんな早く喋れるんだね。

 テレビとか出たら人気者になれるんじゃない?


 そんなことを思いつつ、またもや静止してしまった彼女を見つめる。

 無感情な瞳には、何も映っていないように感じた。


「……」

「あー、その……」


 言葉に詰まる。

 今までの人生で、彼女のような人間には会ったことがなかった。

 変人なら会ったことあるけどさ。妖怪ポーション売り子とか。握力強すぎ引っ張りお化けとか。

 それとはまた違うベクトルの変わった人だ。


 まぁ要するに、反応に困ってるわけで。

 必要な質問以外は意味なさそうだし。

 うーん……。


「……聞いてないかも、しれませんが」

「……」

「あの、色々教えてくださりありがとうございました。えと……勉強になりました」

「……」

「……あ、えと、それだけです。お仕事頑張ってください。すみません」

「……」


 すみません、すみません。

 ぺこぺこ頭を下げて進んでいく。

 どれだけ見栄を張ろうとしても、結局これが僕の正体だった。情けないなぁ。

 必死に取り繕うとして、馬鹿みたいだ。

 恥ずかしい……。


 視線を下にしたから、履いている靴がよく見える。僕には分不相応な上等な靴。

 それがポータルの渦に飲まれていく。

 水のような感触はなく、代わりに靴底から感じる岩の硬さ。

 試しにもう片方の足をポータルに入れると、少し沈んだ先に地面があった。

 こちらからは見えないけれど、確かにある。

 たぶん階段みたいなもの。

 

「……ふぅ」


 息を吐いて、覚悟を決める。

 朽葉さんにも言っただろうに。覚悟があるって、心配ないって。

 それを嘘にしちゃいけないよな。

 

 一歩、二歩。

 体がどんどんポータルに沈んでいく。

 もう既に僕は迷宮の中へ潜っているのだ。

 沈んだ足や手からは、少し冷たい空気が感じられた。


 更に沈む。

 やがて薄い青色の流星が視界を包み、全てを飲み込まんとしたとき。



「……ご武運を、冒険者様」



 どこかで、平坦な声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 






 ゴオオオォォォ……。


「うっ……ちょっと気持ち、悪いなぁこれ……」


 視界が真っ青に染まったかと思えば、急に暗くなって混乱する。

 おかげで目の前がチカチカするよ。

 耳鳴りもすごいし……。

 その場で十回くらい回転したような気分だ。端的に言って気持ち悪い。

 

「つーか、うるさ……」


 ゴオオオォォォ……。


 これ何の音だ? 感覚だけで見るなら、トンネルに入ったときに近い感じだけど。

 ならばと試しに唾を飲み込んでみる。

 ……んー、何となくマシになったかな?

 もしかすると気圧差の問題かもしれない。このまま落ち着くまで休んでよ。

 

「……すぅ、はぁ……」


 休憩がてら、深呼吸をしばしば。

 肺に贈られる酸素を脳に行き渡らせ、初めての迷宮で昂った心を抑えつける。

 いかに初層だとはいえ、油断してよいことはないだろう。

 準備は既にうんざりするほどしてきたが、念のため。


「刀も……よし」


 装備の確認として、左腰に差した鞘、そして柄に触れてみる。

 不思議とこれが効いた。

 柄をただ握っているだけで、思考が明瞭になっていくのを感じる。


 ……これも、『剣術 Lv 1』のおかげなのかね。

 それとも根が小心者だから、刀という武器で気が大きくなってるだけかも。

 なんか後者な気がしてきたな。


「……ふぅ」


 最後の一息。

 先程までの気持ち悪さはほとんどない。

 目もこの暗さに大分慣れてきた。今ならば、ポータルの横にいた受付嬢さん?の言っていた意味がよく分かる。


「洞窟、か……」


 壁に手を当てると、ごつごつとした感触が返ってきた。

 いや硬っ。ぶつかったり、刀を当てたりしたら大変だよこれ。

 地面も結構荒れてるし……焦って転ばないようにしなきゃな。

 

「……さて、と」

 

 いつまでもこうして地質調査に勤しんでいたいが、残念ながら僕は冒険者であって。このままずっと居座っていても仕方ない。

 僕は後ろを振り返り、降りてきた階段を見つめた。

 階段の先にはどこまでも深い闇が続いている。少し、不気味だった。


「……」


 体を反転。 

 階段を背に歩み始める。

 固い地面の凹凸が、やけにはっきり感じられた。

 薄暗い洞窟内は淡い光で照らされている。照明もないのに、どうしてなのか。

 疑問は過ぎていく景色とともに消えていく。

 

 ……迷宮は不思議だ。

 実際に入ってみて分かること。

 深山慎太郎さんが、あのような論文を書くのも無理はない。

 実際に潜り、歩き、触れるからこそ分かる、迷宮の本質。


 ここは明らかに、異常だった。

 

「はぁ……はぁ……」


 歩くだけなのに、息が切れる。

 体力が無さすぎるだけかな。それとも別世界に取り残されたことによる緊張か。

 たぶん、どっちもだ。

 明日からランニングしよ……。


「……っ」


 そうして、僕は辿り着く。

 さっきまでの道は、未知への緊張が大半だった。

 しかしこれから先は違う。


「これが、『扉』……」


 目の前には硬い岩石で隔たれた壁がある。

 一見、行き止まりのようにも見えるそれには……扉があった。

 これこそ迷宮の最高の神秘にして、最大の異常。

 誰にも干渉することができない迷宮の内部。そんな自然物に人工物が埋められている矛盾。


「……どこにでもありそうな見た目なのにねぇ」


 扉は木製で出来ていた。

 触っても違和感はない。少し古く感じるけど、それだけだ。どう見ても100年以上前のものとは思えなかった。

 金属質な取っ手を握る。


「……」


 一筋の汗が流れた。

 湧き出る何かを無理やり抑えるように、冷たいドアノブを回す。

 扉は、あっけなく開いた。

 

 ギィ、ィ……。


 僅かに軋む音。

 開いた先に見える空間は、今まで歩いていた光景となんら変わらない。

 いや、少し広くなっているか? 

 いずれにせよ大差はなかった。


「……流石に、緊張するなぁ」


 既に僕の左手は鞘を握っている。親指は刀の鍔に。

 自然とその姿勢になっていた。

 誰に教わったわけでもなく、それが正しい姿勢だと理解できた。


「……」


 一歩、扉の先に足を置く。 

 踏みしめる岩の感触は、やはりそう変わらない。

 取り敢えずは安全だと判断した僕は、扉を完全に開けて、体を奥へ進ませる。

 

 扉を抜けた。

 これよりは、死の危険が待つ空間である。

 先程の緊張感よりも更に、精神的圧力が増した。まるで深い水の中にいるようだ。


 『扉』

 それは迷宮内を隔てる不思議な現象であり、存在である。

 未だほとんど解明されていないその長方形は、しかしどれも同じ特徴があった。


 それは……。


「……っ!」


 息をのみ、思わず足を止める。

 薄暗い外壁に包まれた洞窟の中に、異彩。


 蠢く何かがそこにはいた。


「……はは、小説と同じだ」

 

『扉を抜けた先には魔物がいる』


 もはや誰もが知る一般常識となったそれを、体験することになるとは。いやはや感動だね。

 しかも、君と会えるなんて。


 うねうねした青色の液体。

 緩慢に動くバスケットボールサイズの粘着物は、皆にこう呼ばれていた。


「クソザコ子供用キット……!」


 クソザコ子供用キット。

 全ての冒険者に愛されし最弱。

 経験値のドリンクサーバー。

 

 またの名を……スライム、とそのポヨポヨは呼ばれた。


「ふひひへへへ……君のことはよぉく知ってるよ」


 なにせ一週間あったからなぁ。

 『よい子のための魔物図鑑』シリーズを読破しちまったよぉ……!


――――――――――――――――――

魔物図鑑No.1『スライム』

強さ:初層級 分類:魔法生物

『説明』

みんなお馴染みスライムくん!

ぷよぷよした体で、ぽんぽん跳ねるよ!

あれで攻撃したつもりなのかなぁ?

可愛いね(笑)。

さっさと核を踏み潰しちゃおう!

――――――――――――――――――


 ……少なくとも、作者はよい子じゃないな。


「あぁ、安心してよスライム君。僕もそんな、踏み潰すなんてしないさ」


『……』


 すらり、と刀を抜く。

 薄闇の中でも輝く刀身が宙を舞う。

 ひゅん、と一振り。

 風が切れる音がする。

 両の手で柄を握り、中段に構えた。いわゆる剣道の構えだ。

 

 対するスライム君は……あぁ、可哀想に。ぷるぷる震えてるよ。


「ごめんね……圧倒的な虐殺になっちゃって」


『……』


 弱い者虐めはしたくないけど……勝負だからなぁ!

 仕方ないよなぁ!

 弱いものが負け、強いものが勝つ!

 ひゃっはぁっ、さぁやろうぜ、スライムくぅん!


「いざ、尋常に――」


『ピ……ッ!』


 ピュン。


 ……顔の横に、何かが通り過ぎた。

 遅れて鳴り響く、轟音。


 ズガァアアアアアン!!!


「……」


 おそる、おそる。

 音が鳴った方向を見てみる。

 見なければよかった。


 そこには抉るような跡がある外壁に、ぱらぱらと落ちる破片。

 そして、華麗な着地を決めたスライム君がいた。

 

『……』


 再びスライム君がぷるぷると震えだす。


 僕はその様を見て、一つ頷き、流麗に刀を仕舞い……全力で逃げ出した。

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