夏期休暇リターンズ①
── あの一件から数日後
あいつから連絡は毎日あるものの、会いに来ることはなかった。拓人にもたくさん謝ったし、あの2000万の借金も本当に九条が立て替えてくれたらしい。
あたしは今月からスマホ代とその2000万の立て替え分を九条に返済することになった。無理のない程度にしろって素っ気なく言ってたけど、その素っ気ない感じが九条の優しさだってことをあたしは知ってるし、あたしにはその優しさがちゃんと伝わってる。
ピコンッ。
スマホが鳴ってメッセージを確認してみると……美玖からだった。
《舞ちゃ~ん、明日暇?》
《うん。とくに予定はないよー》
《マジ? ラッキ~♡ 明日バイトしなぁい?》
《げ、バイト……?》
《彼氏ん家が海の家やってるんだけどね~? なんか明日急にお偉いさん? の予約が入ったらしくて。急遽バイト雇おう! ってなったらしく、わたしもバイトすることになったの! だから、舞ちゃんもどうかな? って♡ まだ海とか行ってないでしょ~? 飲み放題食べ放題らしいし、時給1800円だって~》
海の家のバイトかぁ、結構楽しそうだな。飲食代も浮いて時給1800円か……悪くない。何よりあたしは今、お金が要る!
《誘ってくれてありがとう! 行く、やりたい!!》
《やったぁ♡ 水着は貸し出しあるから持ってこなくてもいいよ~。明日送迎の車出してくれるっぽいから、舞ちゃん家まで迎えに行くね~♡ 朝早いけど大丈夫? 》
《うん。夜更かしより早起きのほうが得意だから》
《さすが舞ちゃ~ん♡》
《あ、ていうか梨花は?》
《梨花はバイトからの彼氏とデートだって~》
《そっか! 了解~》
《じゃ、また連絡するね~♡》
・・・海か~。なーんか夏休みっぽくなってきたぁー!! あたしの夏季休暇リターンズってやつ!?
ちょっと時間あったら美玖と海で遊びたいな~って、美玖は彼氏と遊びたいかな。ていうか、あたし邪魔者にならないか? これ。いやいや、でもバイトに行くんだし? 遊んでる暇なんてない……よね? 多分。
ああ、バイトとか関係なく梨花と美玖と海で遊びたいなぁー。予定が合う日あればいいけど。あたし達って計画性がないから、いっつも急に決まったりするんだよね~。
「舞おねえちゃん」
「ん? どうしたの? 煌」
「ボク、海いきたい」
「海かぁ……煌は行ったことないもんね」
明日はバイトだから連れていけないし、また今度連れてってあげようかな。
「わがまま言ってごめんね、舞おねえちゃん」
「ううん。我儘なんかじゃないよ? 煌がそうやってお姉ちゃんに言ってくれて嬉しい。海、連れてってあげるね。夏休み中に」
「ほんとうに!?」
「うん」
「やったぁ! ありがとう、舞おねえちゃん!」
はぁぁ、可愛い。天使だな、うちの末っ子は。
── 翌朝
「舞ちゃ~ん! おはよ~う!」
「おはよう。美玖」
1台のミニバンが家の前に停まっていて、美玖が窓から身を乗り出している。『美玖危ないよ~』そう言おうと思った時だった。
「美玖ちゃん危ないよ!!」
そう聞こえたと思ったら、車内に引きずり込まれてる美玖。すると、かなりボーイッシュな女の人が運転席から降りてきた。
「へぇ~。君が小日向ちゃんのお友達~?」
「あ、はい」
「いいね。可愛いわ」
「あ……ありがとうございます」
「彼氏は?」
「いません……けど」
「こりゃおったまげた。私の女になる?」
「へっ?」
グッと顔を近づけてきて微笑まれる。うわぁ、近くで見るとイケメンだわ……って違う!!
「なぁんてね! 冗談冗談! ささ、乗って~」
「は、はあ……」
これはかなりキャラの濃そうな人だな。
「お願いします」
そう言いながら車内へ乗り込むと──。
「あっ、あのっ! は、初めまして。あ、浅倉真広です」
この人が美玖の陰キャ彼氏か……たしかにパッと見は陰キャっぽい。
「初めまして、美玖がいつもお世話になってます。七瀬舞です」
「いえっ、僕がお世話されてて! あの、よっ、よろしくお願いします!」
「ははっ。こちらこそよろしくお願いします」
「ちょっと真広く~ん。舞ちゃんが美少女だからって緊張してなぁい? いつも以上にたどたどしいけど~」
「いやっ、そんなことないよっ! 美玖ちゃんの大切なお友達だからっ、緊張しちゃってるだけ!」
・・・いや、あたしの“美少女”説を全力で否定されたみたいになってない? 若干傷つくのはなんでだろ~う。
「いやぁ~、小日向ちゃんと付き合ってから随分と変わったよ~? 真広。筋トレなんかし始めちゃったりして~」
「ちょっ、姉さんっ!!」
「へぇ~。スゴいじゃん、浅倉君」
「もぉ、真広君かっこいい~」
「うわっ、みっ、美玖ちゃん!?」
浅倉君に抱きついて、けしからんオッパイをムニュムニュ押し付けている美玖。あたしは美玖達の存在を瞬時に脳内から消し去り、イチャイチャしてる後方を見ないことにした。
「あ、私は真広の姉ね~。浅倉優希」
「よろしくお願いします。浅倉さん」
「浅倉だとワケわかんなくなるから、優希でいいよ~」
「あ、なら優希さんで」
そしてその後、もう1人合流した──。
助手席に座ってただただ無言の男。失礼なのは重々承知だけど、もう見るからにヤンキーすぎる。両耳ピアスだらけで、髪色ド派手だし、入れ墨バンバン入ってるわ。
「あ、七瀬ちゃんは初めましてだよね~。こいつは私の友達~。黒川結斗」
「初めまして、七瀬舞です。よろしくお願いします」
「うっす」
「可愛いJKを2人も雇うからね~。用心棒は必須でしょ!! つーことで、こいつね!! ぴったりでしょ?」
いや、めちゃくちゃ反応しづらいんですけど。
「こいつ犯罪者ヅラしてるけど、いい奴だからさ!」
「確かに黒川さんって顔めっちゃ怖いですよね~。常に怒ってるみたぁい」
・・・オイオイ待て待て! 美玖!! あんたをそんなこと言う子に育てた覚えはありませんっ!
「なっ、七瀬さん。結斗さんはとても優しい人なので、そのっ、大丈夫ですよ」
ま、正直見た目がどうであろうが、その辺気にするタイプではないけどな。