オール①
「あの、もう大丈夫です」
「そ」
九条は何事もなかったかのようにあたしから離れていった。それにしてもあの九条に慰められてしまうとは、一生の不覚。
── ん? なんだろう、この違和感は……。
「お前ん家には連絡してある。今日はもう遅いから泊まってけ、異論は認めん」
「……そうですか。それはどうもです」
なに? この違和感は。何かが違う、何かが……違う? 九条の……何かが……ん? ……んん?? ……んん!?
「あぁぁあーー!!!」
「んだよ、うっせぇーな」
「手! 手! 手ぇぇ!!」
「……あ、ヤベッ」
九条の左手からガッチガチに固められてた包帯が無くなってる!? ていうか、『あ、ヤベッ』って何よ。
「あんた……まさか……」
「ははっ。まっ、そういうこと~」
左手をヒラヒラさせて、ニヒッと笑ってる九条。まだ痛々しい感じではあるけど、普通の生活には支障がないレベルっぽそう。
「いつ抜糸したのかな?」
「ああー、いつだっけなぁ。休み前~?」
あたしは迷うことなく九条の胸ぐらを掴んでガンガン振った。
「ふざけんなオイ」
「ちょいちょい不良少女的な感じになるの何なの~? そういうキャラでいく感じ~?」
「いかねーよ! ていうか返せ、あたしの夏休み返しやがれ!」
「ったく。まだあんだろ?」
「もう8月も半ばに差し掛かろうとしてんじゃん!」
「十分でしょ~」
── ああ、もういいかな、殴ってもいいかな? いい? 手加減できる自信ないけどいいかな!?
「九条」
「んー?」
「歯ぁ食い縛んなさい。手加減はできない……というか、手加減する気が更々ない」
「はいはい、ドードー」
「もぉー!! 牛じゃないわー!!」
「『モォー!!』って言ってんじゃん。ウケる」
「ちっ!!」
「おいおい。マスターに向かって舌打ちはないでしょ~。舌打ちした悪いお口はこれかなぁ?」
「なっ!?」
逃げなきゃ!! と本能で感じたあたしは逃げようとしたものの、こいつがそれを許すはずもなく……。
「どぉこ行こうとしてんだよ」
「やめてっ、離して!」
「無理」
「離せ!! クズ!!」
「お前、マジで生意気すぎて可愛くねー」
「可愛くなくて結構!」
あれよこれよという間に羽交い締めされて、頬をムニュムニュグニュグニュされる。
・・・あんなことがあったばかりなのに九条に抱きつかれて、触れられるのは全然気持ち悪くないし、嫌じゃない……いや、この言い方は語弊がある。嫌だけど嫌じゃない。嫌だけどね? 嫌だけど、嫌じゃない。
「つーかお前、体冷えすぎだろ。なんつー格好してうろちょろしてんだ、馬鹿かお前。公然わいせつ罪でしょっぴかれるぞ」
「だってあたしの部屋エアコンないし、これ部屋着だから仕方なくない!? そのまま出てきたっちゃんだもん!! ……ていうか、は? 今、なんて言った?」
あたしは九条の脛にガンッと蹴りを入れて、力が緩んだ隙に少し離れて九条のほうを向いた。
「おまっ、マジでありえねぇ。普通スネ蹴るか? 信じらんねーわ」
「信じらんねーわ……はこっちのセリフ。あんたなんて言った? 『公然わいせつ罪でしょっぴかれるぞ』ってなに? どういう意味よ、それ」
「そんな大したことない乳強調して、パンツ見えそうな短パン履いてうろちょろするなんざ、公然わいせつっ……!?」
あたしはソファーに置いてあったクッションで、九条を思いっきりブン殴った。そして、吹き飛んだ九条がベッドに倒れ込む。すかさず馬乗りになってクッションを叩き付けまくった。
「だからっ! これはっ! 部屋着! 仕方ないでしょ! 外出る予定で着てるわけじゃないんだから! 悪かったわね!! 可もなく不可もない乳で! 巨乳好きのあんたにはあたしの乳の良さなんざ分からないだろうね! 短パンに関しては! もう! 言うことはないわ!」
「……」
「……いや、なんで黙ってんのよ」
無言でピクリとも動かなくなった九条。
── 死んだ?
え、死んだ? 死んだの!? 犯人は誰だっ!? って、あたししかいねぇーー!!
「あっ、えっ、あっ……え!? くっ、九条!? ……って、うぎゃっ!?」
すると、いきなりガバッと覆い被さってきた九条。そして、布団の中に引きずり込まれた。
「ははっ。あれ!? 九条死んじゃった!? とか思っただろ、お前。ほんっと分っかりやすいよね~。低能すぎてむしろ可愛く思えてきたわ~」
「あーーもうっ! マジでうざい! あんた以上にうざい生物はこの世に存在しないだろうって自信を持って言えるくらい死ぬほどうざい!!」
「ははっ。奇遇だね~。俺もそれ思ってたわー」
「もういいっ! 離せ! 退け! あんたは床で寝ろ!」
「そんな激しく動くなって~。ベッドがギシギシ軋んで煩いだろ? もっとゆっくり動けよ、な?」
「誤解を招くような発言をすんなっ!」
「え~? 何を想像してるわけ~? エッチだね~、舞ちゃ~ん」
「ころぉぉすっ!!」
結局、九条の馬鹿力に敵うはずもなく、体力が完全に尽きたあたしは屍のように倒れ込んでいた。で、あたしの隣でクスクス笑っている九条。
「体温まったな」
「あー、そりゃー、どうもー」
「んだよ~。怒ってんの~?」
「怒ってない。死ぬほどイライラしてるだけ」
「それ、怒ってんじゃん」
「あーーもういい。さっさと眠れ」
「いや、お前がさっさと寝れよ」
「じゃあ絡んで来るのやめてくんない?」
「なんだよ、絡んでほしいわけ? どこに絡めて欲しいんだよ……言ってみ? 絡めてやっから」
「あんた、下ネタ王にでもなるつもり? マジできっしょいわ」
九条に背を向けると、なぜかあたしのほうを向く九条。
「なぁ」
「眠れ」
「なぁー」
「眠れー」
「なぁって」
「眠れって」
「こっち向かねぇと絶対に寝てやらん、一生耳元でネチネチ言ってやる。お前の背後であんなことやこんなことっ」
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