家族⑤ 九条視点
「いいの?」
「どーぞ」
「ありがとう……九条ってごく稀に優しいよね」
「一言余計だっつーの」
ちょこんっとソファーに座ってモグモグといちごを食べ始めた七瀬。
「甘い~? それ」
「うん、めっちゃ甘いし美味しい」
「そうかよ」
「食べる?」
俺にいちごを差し出してきた七瀬。こいつ、無自覚で“あ~ん”とか誰にでもやるタイプだな、けしからん。とか思いつつ、パクッといちごを食べた。
「甘ぇな」
「こんな甘いの初めて食べた」
「ま、1万するだけはあんな」
「高っ! まぁ、こんな1粒が大きくて甘くて美味しいなら、妥当っちゃ妥当かぁ。この1箱で1万ねぇ……あたしには手が出せないや」
「は? 何言ってんの? お前」
「え?」
「これ“1粒1万”な?」
俺がそう言うと、いちごの箱を持ってる七瀬の手がガタガタ震え始めた。
「あ、あの……吐き出します」
プルプル震えながら俺を見ている七瀬。本当に吐き出しかねないからな、この女は。
「やめろ、吐くな。遠慮なく全部食え」
「あたしの体に今、数万円が流れている……」
「大袈裟かよ」
「これであたしの価値が上がった」
「お前、それ自分で言ってて虚しくねえの?」
「純粋に喜ぶべきことでしょ」
「いや、もうお前の思考回路よく分かんねぇわ」
「それ、こっちのセリフ」
結局、七瀬が全部いちごを平らげた。
「で、なんであんな所にいたんだよ」
夜遊びするタイプでもねぇだろ、男遊びなんて尚更ないわな。
「……喧嘩しちゃって」
「あ? 喧嘩ぁ? 誰とだよ」
「お父さん……っていうか、お母さんっていうか」
ああ、もしかしてあの事か?
「七瀬っ」
「ごめんなさい」
立ち上がって俺に深々と頭を下げた七瀬。別に俺はお前に頭を下げてほしいわけじゃない。
「迷惑かけてごめんなさい」
「頭上げろ」
「本当にっ」
「お前、何か勘違いしてね? 俺は偽善者じゃないんでね。自分の利益になるか、ならないかで動いてんの。お前の父親の小説……結構面白いって知ってたー? 俺、あれはいつか売れるって思ってんだよね~。ここで潰せさせるのは勿体ねぇなって思っただけ。要は“投資”と変わらん。仮に売れなかったとしても、俺の暇潰しにあの人が書いた小説が役に立つのなら、それだけで金を払う価値があるっつーこと」
うつ向いて、むせび泣く七瀬。こいつ、父親になんか言っちまったんだろうな。ま、あの父親だからなぁ。ヘラヘラしてたんだろうけど。
「なあ、あの人が小説書き続けてる理由……知ってるか?」
首を横に振った七瀬。ま、言わないか。でも、これは言っといたほうがいいだろ、どう考えても。
「お前の為だよ。お前がちっせぇ時、『パパは天才だね! パパのおはなし大好きだから、ずっっと書いてね? 舞がおっきくなったら、パパのおはなしいっぱい読むの!! でね? 舞がケッコンしたら、舞の子供にも読ませてあげるの!』……って、この言葉を未だに引きずってんだとよ。約束を守らねぇとって」
「……っ、なによっ、それ……っ、バカじゃんっ」
「そうかぁ? わりといい父親だと思うけどー?」
声を押し殺して泣いていた七瀬は、もう声を押し殺し切れなくなって子供のように泣き始めた。
「お前さぁ……ため込みすぎなんだって」
胸くらい貸してやるか。
抱き寄せると、抵抗することもなく俺の腕の中で泣いている。きっとこいつのことだから家族の為に、家族の為にって色々と我慢して、無理して頑張って、背負ってきたんだろうな。言いたいことも、やりたいことも、欲しいものも、全部無かったことにして、諦めて、前を向いてきたんだろうな。
「ほんっと馬鹿だね、お前」
「……っ、うっさい」
「へいへい」
こいつの一番大切なものは、“家族”“友人”ってとこか。家族や友人の為に自分を犠牲にしてまで、俺のサーバントになることを決めた女だもんな。
── 家族……ねえ。