家族③
「それにしてもあんのクソ孫、ワシの話をしとらんとは呆れるわ」
「は、はあ……」
「七瀬舞……おぬしの存在を柊弥に教えてやったのはこのワシだ」
「は、はあ……って、はあ!?」
いや、待って。なんで!? 意味分かんない!! でも、これで辻褄が合う。たしか九条と初めて会った時、ジジイがなんちゃらって言ってたし、おじいちゃんは公園で『おぬし、孫の嫁に来い』的なこと言ってたしな。
全てが繋がっていく。
だいたい九条がなんの伝もなくあたしみたいな一般庶民を訪ねて来るはずがないもん。余計なことしやがったなぁーー!! とは言えぬほど、ルームミラー越しにチラつく長谷川さんの鋭い眼光が怖い。
「まぁいい。柊弥も随分と気に入ったようだしな」
「……ハハハ」
「期待しておるぞ、小娘」
「いや、何をっ」
長谷川さんの目が……目がぁぁ!!
「ハハハ……ハイ。お任せください……?」
「丁度良い。母屋にちょっくら顔を出せ」
「はい……はいぃ!?」
いやいや、待ってちょうだい!! 母屋には近づくなって九条に言われてるんですけど……。未だにお父さんと折り合いが悪いみたいで、理由は誰も教えてくれないけど。
「避けられんだろう、いつまでも」
「いやっ、あの……こんな時間に挨拶って非常識でしかないような……。また日を改めましてっ」
「クソ孫が会わせるわけなかろう。あいつがおらんうちに顔くらい出しておけ。隼人もぼちぼち帰ってくる頃合いだろ」
隼人って……九条のお父さんだよね? この話の流れ的に。
「い、いやぁ、やっぱり時間帯がぁ……」
「気にせんでいい。ワシがおる」
「は、はあ……」
もういい、どうとでもなれ。
九条家に着いて、正面玄関前には既に車が停まっていた。その後ろに停車する。前の車から降りてきたのは……一目で分かった。あれが九条の……お父さんだ。九条ってお母さん似かな? って思ってたけど、お父さん似かもしれない。
だって、そっくりだもん。歳を重ねたら九条もあんな感じなんだろうなって普通に想像できちゃうもんな。にしても、夫婦揃ってルックス抜群ってやつですか。そりゃルックス抜群お化けが出来上がるわけですね、なっとく納得。
車から降りる九条のお祖父ちゃんに遅れぬよう、あたしも慌てて車から降りた。
「隼人」
「父さん……」
あたしの姿を見るなり目を細めた九条のお父さんがちょっとだけ怖い。
「その子は?」
「聞かんでも分かっておるだろ」
「……なぜ君がここに?」
とても冷めた瞳であたしを見下すように見ている。
「あ、あの……」
何を言えばいい? 拒絶するような瞳であたしを見ている人になんて言えばいいわけ?
「ワシが連れてきた」
「父さんが?」
「ああ」
「……入りなさい、体調を崩されても迷惑だ。そんなはしたない格好をして」
「す、すみません……」
「ならワシは寝る」
「え!? は? ちょっ……!!」
ススッと消えていったおじいちゃん。
「お帰りなさい……って、あらっ!! 舞ちゃん!?」
「あの、すみません……こんな時間に」
「あらあら、そんな寒そうな格好をして……早く上がりなさい」
いや、ぶっちゃけ真夏だし、そこまで寒くはないんだけど。むしろ丁度いいくらい。そして何より、仕事から帰ってきた夫よりあたしを優先にするのはやめてください。死ぬほど気まずいんです。ほら、九条のお父さんポツンッとしちゃってるじゃん!!
「和美」
「ん? なに?」
「七瀬さんと2人で話がしたい」
「ダメよ」
「なに?」
「だってあなた、余計ことしか言わないでしょ」
「なんだと?」
「なによ」
待って、待って、待って! バチバチするのはやめてくれない!?
「だいたい、あなたと2人きりにした……なんてあの子に知られたら怒られるもの」
「あいつの意見はどうでもいい」
「そうやって言うからあの子が嫌がるのよ」
「あいつは所詮まだ子供、俺の言っていることが理解できていない。ただそれだけのことだ。俺が間違ったことを言っているか?」
「もっと言い方ってものがあるでしょ? って何回言えば分かるの? あなた」
「あっ、あのっ!! ろくに挨拶もせず敷地内に出入りしていましたし、あたしもお話というか、ちゃんとご挨拶したいですし。お話があるというのなら……2人きりでも構いません」
「舞ちゃんっ」
「この子がこう言っているんだ、問題はないだろう」
こうしてあたしは九条のお父さんと2人きりで話をすることになった。
「七瀬舞です。九条……柊弥様のサーバントをっ」
「挨拶は必要ない。遠回しな言い方は苦手でね、単刀直入に言おう。今すぐ柊弥のサーバントを辞退してくれ。君みたいな子に九条を背負うことになる柊弥のサーバントはしないでほしい。第一、勤まるはずがないだろ? 君みたいな凡人以下の人間に。天馬に通って、痛いほど身に染みただろ。場違いだってことを……いや、はっきり言おう。分を弁えろ……と言えば分かるかな? 汚点でしかないんだよ、君みたいな存在は。九条の名に傷をつけ、泥を塗りかねない。そんな害虫はすぐ排除すべきだろ? いや、寄生虫と言うべきか……。俺が言っていること、死ぬほど馬鹿じゃない限りは伝わっているとは思うけど、どうかな?」
・・・そっか、なるほどね。九条がお父さんと仲違いしている原因は……“あたし”だ。九条の為を思うなら、あたしはサーバントを辞めるべき?
── いや、九条はそれを絶対に許さない。
「申し訳ございません。お言葉ですが、あたしの一存では決めかねます。あたしは柊弥様のサーバントです、柊弥様以外の御方に命令をされてもすぐに首を縦にも横にも振れません。あたしは柊弥様の判断に身を委ねます」
「ほう。じゃあ……これでどうかな?」
ボンッ!! と机の上に置かれたアタッシュケース。九条のお父さんがパカッと開けると、そこに入っていたのは大量の札束だった。
「なん……ですか……これ」
「金が欲しいんだろ? あげるよ。柊弥のサーバントを辞退するとこの場で約束をしてくれるのなら、これの倍は支払おう。どうだ? 悪くない話だろ? どうせ金目当てでっ」
「要りません。お金が欲しくて柊弥様と関わっているわけではないので」
「じゃあ何が目的だ」
「目的なんてありません」
「……ククッ……ハッハッハッ!! これだから貧乏人は怖いよなぁ~。演技が上手い上手い!! 今までもそうやって男から金を巻き上げてきたのか? 調べさせてもらったけど、君の父親も母親も相当な馬鹿。そんな馬鹿を見て育った子はあんな風になりたくないって、ちったーマシになるもんなのか? 簡単に人を信じて騙されて、それを健気に支える……ほんっとうに惨めな両親を持って心底哀れに思うよ、君のこっ」
「撤回してください」
「なにを?」
「九条のサーバントであるあたしの話と、うちの両親の話……全く関係ないですよね。というか、うちの両親を馬鹿にするのはやめてください。あたしが馬鹿にする分にはいいけど、赤の他人に両親を侮辱される筋合いもなければ、あれこれ言われる筋合いもない。いや、父のことはどうぞ馬鹿にしてやって。あれはマジで救いようのない馬鹿だから。でも……母のことは撤回して。あたしの母は……純粋に愛する人の為に頑張ってるだけなの。ま、あなたみたいに人を貶して、愚弄して、お金で何でもかんでも解決しようとする人には分からないでしょうね。あの九条でさえ、そんなこと言わないと思うわ。九条のクズさのほうが幾分マシだと思わせてくれて、どうもありがとうございます。しばらく何かと我慢できそうですわ。ていうか、散々あなたが馬鹿にしてる女を選んだのは、紛れもなくあなたの息子さんですけど、なにか?」
バンッ!!!! と壊れそうな勢いでドアが開いてズカズカと入ってきたのは言うまでもなく九条柊弥。
「テメェ……」
「え、はっ! ちょっ……九条っ!? それ、あんたのお父さん!!」
テンパりすぎて当たり前のことを言ってるあたし。あろうことか父親の胸ぐらをガン掴みして、今にも殺っちゃいそうな目をしている九条。これは、ヤバくないか……?
「父親だろうが何だろうが関係ねえ。俺のモンにちょっかい出す奴は誰だろうと許さん」
「父親に向かって何だ、その態度は」
「あ?」
「ガキのくせして調子に乗るなよ、柊弥」
「クソ野郎が。誰のモンに手ぇっ」
「柊弥! あなた! 舞ちゃん前で何をしているの!? やめなさいっ!!」
「あ? 黙ってろ」
九条がそう言うと一気にお父さんの雰囲気が変わった……というか、九条の胸ぐらを掴み返して今にもブン殴る勢いなんですけど!?
「オメェ、誰の女に口利いてんだ」
「あ? ならテメェは誰のモンに口利いてんだよ」
あーーもうっ!!!!
「「いい加減にしろや、馬鹿野郎共がぁぁーー!!」」
あたしと九条のお母さんが声を揃えてそう叫ぶと、スンッと大人しくなった隙にあたし達は2人を引き離した。
「舞ちゃん! その子のこと頼むね!」
「了解!!」
何か文句を言いたげな九条を1発ブン殴って、引きずるように母屋から出た……瞬間、ベチンッと強烈なデコピンを食らって、悶えてるうちに逆に引きずれるあたし。
── そして、離れに着いた途端ポーイッと玄関に捨てられた。
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