家族②
「いててっ」
「へぇ。君、格闘技やってる感じ?」
「まあ、多少。なのであたしに絡まないほうが得策かと」
「ふーん? 面白いね」
「なっ……!?」
ヤバい! この男、格闘技経験者だ。がっしりホールディングされて、間接を締められてるから動けない。
「悪いね、俺も経験者なの。君、結構いい体してるよね」
そう言いながらあたしの太腿や腹部に手を這わせる男。めちゃくちゃ気持ち悪い。九条に触れられるのは大丈夫なのに、この男が触れてくるのはただただ不快でしかない。
「今すぐ離して」
「ははっ。強気だね~? 嫌いじゃないけど」
「気持ち悪い。やめて」
「君が泣き叫ぶ姿を想像するだけで興奮するよ」
「やめて!! 離して!!」
「こらこら、大声出さないよ~」
「嫌っ!! 離して!!」
嫌、こんな奴らにあたしの処女奪われるとか絶対嫌。こわい、怖い、コワイ。
「嫌っ、嫌っ! 誰かっ、誰か助けっ……!? んんっ!!」
嫌だ、怖い、誰か助けて── 九条。
口を塞がれて、そのままホテルへ連れ込まれそうになった時だった。後ろへグッと引っ張られて、スポッと包み込まれる。これが誰なのか見なくても聞かなくても、あたしには分かった。匂いと触れられた感覚で誰だか分かってしまうあたしも、結構ヤバい奴だと実感する。
見上げると、帽子・サングラス・マスク姿で全く誰かが分からない状態だった……あたしには分かっちゃうけど。おそらく身バレしない為に変装してるんだと思う。こんなホテル街にいるってことは……まあ、おそらくそういうことだろうな、相変わらずのクズ。でも、そんなクズに助けられて、心底ホッとしているあたし。
安心してグッと込み上げてくる涙。九条を見上げたまま、涙が溢れ出てしまわないように必死に堪えた。九条……と呼ばないほうがいいと判断したあたしは、ただ無言で九条を見上げるとことしかできない。
すると、あたしを抱き寄せてる腕にギュッと力が入って、優しく頭をポンポンッと撫でられた。
・・・こんなことされたら、泣けちゃうんだけど。
「こいつ先に連れてけ」
「承知いたしました」
いつの間にやら隣にいた霧島さんに、そっと引き渡されたあたし。
「あのっ、九っ……いや、あの……ありがとう」
そう言うと、相変わらず犬を追い払うようにシッシッとやってくる九条。大丈夫かな……なんてね。あいつに勝てる人なんて、そうそういないと自信を持って言える。その辺はあいつの実力を信用してるから、むしろ心配なのは相手のほう。
ま、少しくらい痛み目に遭わないと、同じことを繰り返して被害者が増える。あたしだったからまだよかったけど、これが普通の女の子だったら……きっと耐えられないだろうから。
「七瀬様、大丈夫でしたか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「未遂で済んで本当によかったです……。柊弥様が気づいてくださったおかげで何とかなりましたね」
霧島さんが運転する車に揺られながら、多分九条家に向かっている。
「九条が……気づいた?」
「はい。七瀬様の声が聞こえると……私には全く聞こえませんでした」
「そう……なんですか」
あたしの声は誰にも届かないって思ってた。でも違った……九条にはしっかり届いてたんだ。九条はあたしの声を聞き溢さず、逃さなかった。
── ドクンッドクンッ……と胸が高鳴る。
助けてほしい……そう思ったあの時、咄嗟に出てきたのが“九条”だった。なんなんだろう、あたしにとって“九条”という存在は──。いや、今はそんなことどうでもいい。
「霧島さん、車止めてください」
「え?」
「あたしタクシー拾います。霧島さんは九条のところへ行ってください。こんな時間にホテル街で何かあったら……ヤバくないですか」
「大概のことは揉み消せるので心配は無用です」
「今のご時世、何がどう転ぶか分かりませんよ。九条の勘の良さとか洞察力とか諸々人間離れしてるし、うまいことやれるタイプなのは分かってるけど……」
「すみません、正直私も今回は気が気じゃないです。なんて言っても七瀬様が絡んでいるので、やりすぎないか心配ではありますね」
「戻ってください」
「いや、でも」
「あたしなら全然平気なんで。九条のほうが断然ヤバい案件でしかないから、さっさと九条止めてくださいね」
「すぐタクシーを拾ってください。九条家には通れるよう、私が連絡を入れておきますので」
「ありがとうございます。じゃ」
車から降りてタクシーを拾おうと思ったけど……いや、タクシーに乗るなんて贅沢をしてる場合じゃないよね、家の現状的に。
冷静になって、罪悪感に押し潰されそうになる。そう遠くはないし、あたしはトボトボ歩きながら九条家に向かうことにした。
「拓人にも九条にも謝んなきゃ……」
・・・お父さんにもちゃんと──。
「小娘。こんな時間に何をしておる」
「へ?」
何となく聞き覚えのある声がして、声がしたほうへ振り向くと──。
「乗れ」
「……あ、あの時の!?」
公園で出会ったおじいちゃん!!
「さっさと乗らんか」
「すみません、無理です。知らない人の車には乗れません」
「何を言っておる。……ん? おぬし、柊弥に何も聞いとらんのか?」
「え? 柊弥……?」
高級車、おじいちゃん、柊弥……え、まさか……っ!?
「この御方は九条財閥 会長 九条邦一様です。もうお分かりでしょうが、この御方は柊弥様のお祖父様であらせられます。私は邦一様のお付き、長谷川と申します。以後、お見知りおきを……では、どうぞ。お乗りください」
“貴女に拒否権など無い”と言わんばかりに後部座席のドアを開けている長谷川さん。
「は、はい……」
あたしが乗ると満足そうに車を発進させた。
もう何がなんだかよく分かんないんだけど。えっと、公園で会ったおじいちゃんが九条のお祖父ちゃんで。その後、たまたま? あたしと九条が出会って、マスターとサーバントの関係になって……で? これまた偶然おじいちゃんと再会って?
「九条家の……“呪い”……?」
「何か言ったか?」
「いっ、いえ……何も」