夏期休暇④
ほんっと何様なの? こいつ。ていうか、元々あたしは必要ないでしょうが。霧島さんさえいれば全て事足りるでしょ。
「明日撮影やら何やらビッシリ詰まってるから、お前がいたとて役に立たねぇし、邪魔になるだけだろ」
「あーーはいはい。“休み”ってことね、嬉しいです。では、さようなら」
九条が何か言いたげな顔してたけど、もう絡まれるのも嫌でそそくさと家の中に入った。
・・・九条も大変なんだろうな、色々と。
本来、雑誌の撮影とかやりたいってタイプじゃなさそうだし、今後九条家のトップに立つ人間として、常に利益になるか、ならないかで全てを判断してるんだと思う。
「やっぱ、住む世界が違うな」
なんて言いながら部屋に入ると、当たり前かのように拓人がいた。
「おかえり~。もう寝そうだったわ」
「ただいま。電気付いてたからいるとは思ってたけど」
「こんな時間までバイトしてんの?」
「まあ、うん」
「大丈夫? さすがに働きすぎじゃね?」
「全然平気、ちゃちゃっとシャワーして来る。もう帰る?」
「いや、泊まってくわ。帰るのダルいし」
「はいはーい」
シャワーを浴びて来客用の布団を運ぼうとしていると、ひょいっとその布団を持ったのは拓人だった。
「自分で持ってく」
「客人にやらせちゃって悪いね」
「もう客人とかのレベルじゃなくね? 俺」
「確かに~。もはや七瀬家の長男だよね」
「……ははっ。だな」
そして、当然ながら客室なんてないし余ってる部屋もないから、必然的にあたしの部屋に布団を敷く。ま、これが当たり前になってるから今更何を思うこともなければ、至って普通のことすぎて……って感じ。
「相変わらず七瀬家って寝るの早いよな~」
「寝る子は育つ」
「律の成長が凄まじくて怖い」
「拓人あっという間に抜かされそうだよね」
「それは言うな」
あたしはベッドに寝っ転がって、拓人は床に敷いた布団に寝っ転がって、いつも通り他愛もない会話をする。
「なぁ、舞」
「んー?」
「あいつとどうなの?」
「あいつ?」
「九条柊弥」
「あ~、いや、別にどうもこうもないけど」
「付き合ったりとかしないの?」
「はあ? ナイナイ」
拓人がこの手の話題を振ってくるのは珍しい。拓人って恋バナ的なものは全くしないタイプだし。
「あいつがもし、舞のこと好きになったら?」
九条があたしを好きになる……? いや、マジでないでしょ。仮にそうなったとしても……あいつの恋人とか無理すぎる、いろんな意味で。
「住む世界が違うから無理だよー。あんなお金持ちと釣り合うわけがないでしょ?」
「あいつが全てを捨てでも舞と一緒にいたいって言ったらどうすんの?」
妙に真剣な拓人に少し違和感を感じる、急にどうしちゃったんだろう。
・・・全てを捨てた九条……か。そんなこと考えたこともなかったな。この数ヶ月、九条の傍にいて色々見てきたし経験もしてきた。九条自身を見てきたつもりだったけど、あたしは“九条家の御曹司”としての九条しか見ていなかったのかもしれない。だって、重圧も重責も、地位や財産も、何もかも失くなった九条なんて……え、ただのクソクズじゃないか?
まあ、でも……何だかんだあいつって優しかったり、さりげない気遣い的なのもあったりするからなぁ。そういうところが否めなかったりもする。
「そんなこと考えたことないから分かんない。ていうか、どうしたの? 急に。拓人って恋バナ的なの嫌いじゃない?」
「ただの興味本位~。だって舞、恋愛経験0じゃん? あいつ、大丈夫かな~って」
「大丈夫だって~。あいつ、あんなんでも悪人ではないから」
「……そっか。うっし、もう寝るかぁ~!」
「そうだね。おやすみ~」
「おやすみ」
あたしはすぐ、夢の中へ誘われた──。