夏期休暇①
── 夏季休暇目前
あたしは激務をこなしていた、平日や休日なんて関係なし。学園内でも学園外でも怪我をした左手を理由にあれこれいいように使われている。
九条の世話だけではない、体術強化訓練やその他諸々……やらなければならないことが山ほどある。1日じゃ足りない、24時間じゃ足りない!!
「おーい、七瀬」
「なんですか」
「あれ取ってほしいんだけどー」
「あれとは」
「あれはあれだろ」
あっちへこっちへと忙しく動いているあたしに、『あれ』と言ってくる九条。ていうか、動けますよね? あなた。左手が不便なだけで動けますよね? あなた。欲しいものがあるなら自分で動いて取ってよ!
「自分で出来ることは自分でしてくれませんか。忙しいんですよ、あたし」
「お前の要領が悪いだけだろ、それ」
「くっ……!!」
思わず『くそがっ!!』と言いかけたけど、上杉先輩の鋭い眼光のおかげ? で何とか耐えた。そして、それがお見通しな九条は偉そうにニタニタしながらソファーでふんぞり返って、大変ご満悦な様子。今すぐそのソファーから引きずり降ろしてやりたいわ。
「九条様、誠に申し訳ございません。『あれ』とは何でしょうか」
「全く使えないね~。もういいや~」
── はは、1発殴ってやろうかな。
「九条様、そろそろ病院へっ」
「七瀬、お前は留守番ね~」
「ああ、そうですか」
「んじゃ」
「いってらっしゃいませー」
九条は病院への同行をなぜか拒否する。全くもって意味不明。あたしの代わりに、蓮様と前田先輩が付き添いをしてる……これまた意味不明。ま、別に付き添いしたいわけでもないし、勝手に行って来てくれって感じだけど。
少しでもあいつのいない時間と空間がほしい……とか、本人には口が裂けても言えないけど。
・・・ていうか、そろそろ抜糸できるんじゃないかな? こんだけ至れり尽くせりな生活を送ってるんだから尚更ね。朝から晩まで本っっ当に苦労するわ。
九条は『行き来すんのめんどくねー? 住み込みすれば~?』とか呑気に言うけどさ、貴様なにを考えてんの? って話だよね。何が嬉しくて物理的に四六時中あんたと一緒いなきゃなんないの? って。
だいたい、年頃の男女が共に過ごすっておかしいでしょ。恋人でも無ければ、友達ですらないあたし達が。その辺の境界線バグってるよね、あの人。距離感バグってる人はもれなく境界線もバグってるわ。
とかとか、頭の中で文句を言いまくった。次の授業は乗馬と弓道で九条がいないあたしが行く必要はない。
「ここの掃除でもしておきなさい。貧乏人って得意でしょ? 掃除」
「ちょっと凛ちゃん。そういう言い方は良くないよ? ごめんね、舞ちゃん」
「いえ」
「くれぐれも何かを割ったり、余計なことはしないように」
「もぉ、上杉君まで……ごめんね? 舞ちゃん」
「いえ」
「はい、これ」
宗次郎に手渡されたのは……割烹着。
「それ着て掃除したら? 似合うんじゃない? 七瀬さん」
お前はしれっと便乗すんなぁぁー!!
「こらっ、宗次郎君! ごめん、舞ちゃん」
「はは。いえ、お気になさらず」
割烹着をガッチガチに丸めて、宗次郎にぶん投げた。
あたしは“お金のため、お金のため”と自身に暗示をかけながら片付けやら掃除をしていると戻って来てほしくなかった人が戻ってきてしまった──。相変わらずガッチガチに包帯を巻かれている左手。
・・・あの、抜糸は……?
「お帰りなさいませ」
「うい~」
「で、どうでしたか?」
「ん~? どうもこうもまだ全っ然~」
「全然とは?」
「全然」
これ以上の説明はしねえよ? 的な顔であたしを見てる九条。
「担当医を変更、もしくは病院を変更してみては? 2週間以上経っているのにっ」
「天馬の敷地に入ってる病院がレベル低いって言いたいわけ~?」
「いや、そこまでは言ってないですけど……」
チラッと蓮様と前田先輩を見ると、スーッと顔を逸らした2人。
「つーことで、まだまだ俺の奴隷がんばって~」
「奴隷って言うのはやめてくれます? ていうか、もう霧島さんでよくないですか? はっきり言いますけど、霧島さん何だかんだすることなくてプラプラしてるじゃないですか。あれのどこが忙しいと?」
「くくっ。柊弥は素直じゃないね」
「全くですね」
「あ? なに、お前ら」
「いや? 別に」
「失礼いたしました」
何だかよく分かんないやり取りをしている3人。
「あの、このままだとマジであたしの夏季休暇が潰れそうなんですけど」
「貧乏人は馬車馬のように働けってこった」
はぁ、病院へ確認しに行こうかな。確かに出血も酷かったし、どの程度の傷だったかも分かんないけど……さすがに“全然治ってない”なんてことはないはず。
「あーそうですか。えっと、あの……お手洗いに行ってきます」
「はあ? どこに行くって?」
「お手洗いに」
「ん~?」
「だから、お手洗いに」
「え~?」
「トイレ!!」
「ついてってやろうかぁ?」
「冗談はその性格だけにしてください。キモすぎて笑えません。では」
ごちゃごちゃネチネチ言われる前に風の如く走り去った。
「我ながら速いわ……って、はあぁん!?」
「お手洗いとやらはどうしたんだよ」
「なっ、なんであんたが……」
あたしの目の前に九条がいる。病院の入り口の前になぜか九条がいる……ニヒルな笑みを浮かべて──。
「俺を撒こうなんざ100億年早ぇんだよ」
「あんた音速異動できるわけ?」
「悪いけど俺、何でもできちゃう質なんで~」
うざいったらありゃしない。こいつ、本当にオールマイティーすぎる。何をどう育てれば、こんな産物が出来上がるわけ? 性格も含め、何をどうすればこんな奴が完成するのだろうか。
性格以外はマジでパーフェクトなんだけどな。容姿や地位ではカバーできないほどのクズなのに、それでもこの容姿と地位……その他諸々に群れたがる女は数知れず。あたしには理解できないな。うん。
「ううっ、腹痛がっ……すみません。医者に診てもらいますのでそこを退いてください」