罠①
「おい、七瀬。お前の相手は俺がしてやるよ。特別な? 特別~」
「嫌です」
「あ?」
「まだ謝罪もしてくれないような人と組手なんてしたくありませーん」
「ちっ。人が下手に出りゃ調子こきやがってっ」
「誰がいつ下手に出たんですか? ははっ、おかしくなことを言いますね~。あたしのマスターは」
こめかみに青筋を立てて、ひきつった笑みを浮かべる九条。それを見て笑っている蓮様。
「本当に面白い子だね、舞ちゃん」
「ありがとうございます」
「ははっ。いやぁ、本当に面白いや。僕と組む? 手取り足取り、一度から丁寧に教えてあげるよ」
「是非、よろしぐぅうっ……!?」
首をロックして今にも絞め殺そうとしてくるのは九条しかいないだろう。
「ギブーー! ギブギブ!! 死ぬ! マジで!」
「教えてください九条様……は?」
死んでも言いたくないっ! でも、死にたくもないっ!
「教えてください九条様」
結果……感情を殺した。
「じゃ、頑張ってね? 舞ちゃん」
「は、はい……」
蓮様は満面の笑みで去っていった。
「すみません。俺、七瀬さんと組む予定だったんですけど」
はぁあん!? なんっでこのタイミングで宗次郎!? だいたいそんなの聞いてませんけど!? ていうか、これ以上こいつを面倒なことにさせないで!
「へぇー、そうなの?」
「はい」
「だったら2人でかかって来いよ」
「「は?」」
見事に声を揃えるあたしと宗次郎。
「大丈夫だって~。ほらほら、来いよ」
「では、遠慮なく」
「え、ちょっ! あたしは嫌! 2対1はさすがに卑怯っ……え?」
一瞬、本当に一瞬だった。宗次郎が今にも絞め落とされそうになってる。
「弱ぇな、お前」
いや、あんたが異常なだけだよ間違えなく。
「お前、あのゴリラとやって来い。話にならん」
「ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ!」
「ちょ、大丈夫? もお……勝手に突っ込んでいくから……」
立ち上がろうとする宗次郎に手を貸そうと伸ばしていた手は、パチンッと振り払われてしまった。
「やめろ」
「あ、ごめん」
「お前さ、誰のモンにっ」
「あー、はいはーい! 九条様はこっちこっちー!」
宗次郎と九条が揉めそうな雰囲気を察したあたしは、九条の黒帯をガシッと掴んで引っ張った。
「はぁぁ。ほんっと面倒くさい。なんであんたって常に喧嘩腰なわけ? ヤンキー漫画の読みすぎでしょ。やめたら? だっさいから」
「はは~、はぁーあ……さて、みっちりシゴいてやるよ」
人殺しな目をして薄ら笑いしながらあたしを見下ろしてる九条、どうやら今日があたしの命日らしい。
「九条様。お言葉ですが、“手加減”というものはご存知で?」
「はいはい、ご存知ご存知~」
「あたしはまだ死ねないので」
「殺さない程度に遊んでやるよ」
お巡りさーん!! ここに犯罪者予備軍がいますよー!!
「死んだら呪ってやる、あんたの孫の代まで」
「うっわぁ~。陰気くせぇ~」
人には隙だらけだの何だのって言ってるわりに、あんたも隙だらけでしょっ!!
ベシンッ!!
「……」
「ふんっ、見え見えなんだよ」
マジ? 結構いい上段蹴り入ったはずなのに……片手で防がれた挙げ句、全く動じてない。
「……っ!?」
九条の上段蹴りが飛んできたけど、受けが全く間に合わない!! ヤバッ……と思った時にはもう遅かった。ボワッと風が吹き、寸止めされた。
「受け遅ぇ」
「ごもっとも……」
「ま、お前に守ってもらうつもりもねぇし、お前くらいついでに守ってやるよ」
これが白馬の王子様的な人が言ってたら、めちゃくちゃ胸キュンなんだろうけど……現実は“俺様クズ御曹司”が言ってるセリフだもんな。
「どう考えてもあたしの護りなんてあんたには必要ないでしょ」
チラッと九条を見てみると、一点をジーッと見つめている。ちなみにあたしのどこがをガン見している模様。
「な、なによ……」
あたしの問いに答えるよう様子もない。
・・・これ、チャンスなのでは?
ガシッと九条の柔道着を掴んで背負い投げをする。当然防がれるものだと思ってたのに、あたしに投げられてバタンッと床に転がる九条を見て、あたしを含むこの場にいた全員が唖然とした。
え? どういうこと? え……? あたし、暗殺されるんじゃないかな。九条の御曹司を背負い投げするサーバントなんて……殺されるに決まってる。
「あ、あの、九条様……?」
恐る恐る九条へ近づくと、ムクッと起き上がり無言で去っていった。悲報、あたしは間違えなく暗殺されます。
「七瀬さん」
「はい」
「Tシャツは?」
「え?」
「Tシャツを着ていますか?」
「いや、着替える前にお茶溢しちゃって、そのまま着ちゃってます。あはは~」
「胸元」
前田先輩にそう言われて胸元を確認してみた……ぐはぁっ!? わ、笑えないくらい胸元がはだけてるっ!?
「スミマセン」
その後、暗殺の件や胸元事件が頭をグルグル駆け巡る。可もなく不可もない胸に加えて、こういう時に限って可愛くもなければ色気もないスポーティーなブラ付けてるし。もしかして……あいつに見られた?
パカーッと口を開けて、抜けかけている魂を時々前田先輩がさりげなく戻してくれて……を繰り返しながら蓮様に軽くシゴかれたあたしであった。
「ま、いいか。どうせあたしは暗殺されるんだ。可もなく不可もない胸に加えてスポーティーなブラをしてたことなんて、どうでもいいじゃん。うん、そうだそうだ」
あいつのことだから、絶対に馬鹿にしてくるだろうなー。はぁぁ、憂鬱すぎる。せめて暗殺だけはやめてくれって土下座しよ。もう、可もなく不可もない胸のことはこの際どうでもいいや。見られたとも限らないしね。
「上杉、ちょっといいかしら」
「はい」
凛様とどこかへ行った上杉先輩。そして、前田先輩と蓮様も用があるってどっか行っちゃったし。宗次郎もいつの間にかいなくなってたしな。結局、ひとりで九条のもとに行くしかない。
溜まり場ことVIPルームへ行くと、とりあえず誰もいない。九条はたぶん自室にいるはず。
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