嘘か本当か②
いや、なんであたしを見るの。今、絶対にあたしを睨んでるよね? 上杉先輩。
「この体術強化訓練で好成績を残した者は……今後の筆記試験、要は学力テストの結果が0点だろうが何だろうが一切不問とする」
会場がどよめいた。
── こ、これは、チャンス到来!?
「体術強化訓練はフリータイムに執り行う。以上、解散!!」
まあ、そうなりますよねぇ。サーバントに休憩なんてありませんってやつですか? もはや、人権すら無くなりそうな勢いですけど。命懸けで守れって言うのなら──。
「もっと給料上げてくんないかなぁ」
「そんな貧乏なの? 舞」
「うおっ!? びっっくりしたぁ……宗次郎か」
「今の給料じゃやってけないくらい貧乏なわけ? マジで大変だな、貧乏って。貧乏ってどんな感じ? てか、貧乏ってなんで貧乏なんだろうな。俺には到底理解できないわ」
「あの、“貧乏貧乏”連呼するのやめてくれない?」
「事実を述べてるだけじゃん」
「オブラートって知ってる? 包むって行為をしてほしいな、多少は」
あたしと宗次郎でVIPルームへ向かう。
「今回の件、舞にとってはチャンスじゃん。馬鹿すぎて救いようがなかったもんな、マジで」
「だからぁ、オブラートに包んでくれる?」
「つか、一般庶民の学力レベルどうなってんの? 舞レベルが量産されてんならマジで日本終わる」
「オブラァァトッ!!」
そんなやり取りをしている時だった。
「なぁ、あの2人デキてるって噂聞いたぜ?」
「うわっ、マジ? ヤバくね?」
「ま、お似合いじゃないかしら」
「落ちぶれた同士で」
「上杉家の恥さらし」
陰でボソボソと喋ってる連中、あたしは宗次郎をチラッと見た。特に気にも留めてなさそうな表情をしてる。いや、そうじゃない。
── 宗次郎は全てを押し殺してるんだ。
「さっきからゴニョゴニョと雑音が聞こえてくるんだけど、言いたいことがあるならもっと近くで喋ってくんないかしらー。陰でボソボソとしか喋れない奴のほうが、よっっぽど恥さらしだと思いますけどねえ」
あたしがそう言うと結局、何も言わずに去っていく連中。なんなのあれ、しょーもな。
「ねえ、舞」
「ん?」
「前から思ってたんだけど、舞って短気?」
「え、いや、短気ではない……多分」
「あの人のせいで短気になってね?」
「それは否めない」
「別に庇ったりしてくれなくていいから。つーか、あーいうの余計なお世話」
「そっか。ごめん」
「えらく素直だね」
「あたしは素直な子なの」
「へぇー」
干渉してくれるなよってことか。あたしは今、宗次郎に一線を引かれたってことだよね。ま、馴れ合う気もないから別にいいけど。そもそも馴れ合うと九条がうるさいし。
「こっち近道」
「あ、そうなの?」
宗次郎の後について行くと、視線の先にいたのは見慣れた2人……なんだけど。
え?
「ねえ、宗次郎……あの2人ってさ、どういう関係なの?」
「見てのまんまなんじゃない?」
九条と咲良ちゃんはまだあたし達の存在に気づいていない。
「親同士が勝手に決めた許嫁……ただそれだけなんじゃなかったの?」
「さぁ? どうだろうね」
── あたしの視線の先に唇を重ねている九条と咲良ちゃんがいる。なぜか目を逸らせなくて、体が固まって動かなかった。
「── い。舞」
「え? あ、うん」
「なに、大丈夫?」
「はは……ちょっとビックリして」
「戻ろうぜ」
「そうだね」
へぇ、なんだ。咲良ちゃんとは何もないって言ってたくせに。“とくべつ”な人、いたんじゃん。最っっ悪、あたしのファーストキス返せっつーの。
「おい、舞っ!!」
宗次郎の焦った声で自分がどれだけボーッとしていたのかに気づいた。
「ひぃっ!?」
「……っ!! あっっぶねぇ……」
宗次郎があたしの腹部にギュッと腕を回して、そのまま後ろへ倒れ込んだ。
「はぁぁ、マジで勘弁してくれよ」
「ご、ごめん……ありがとう」
宗次郎が助けてくれなかったら、階段を踏み外して落っこちてた。
「立てる?」
「……ごめん、無理かも」
血の気が引いて力が入らない。
「ま、ぶっちゃけ俺も血の気引いてるけどね」
なんて言いながら、ひょいっとあたしを持ち上げて立たせてくれた。
「本当にありがとう。命の恩人だよ」
「大袈裟……と言いたいところだけど、この階段なげぇーしな。打ち所悪かったら普通にヤバい」
「何でも言うことを聞く券あげる」
「幼稚園児かよ」
「要らない?」
「一応いる」
「いるんかい」
あたし達がVIPルームへ戻って、少しした後に九条と咲良ちゃんが戻ってきた。
「あ、舞ちゃんと宗次郎君ここにいたの~?」
「ここ以外に行く場所ないですよね。七瀬さんと一緒に戻ってきました。噴水……故障していると聞いてたんですけど、直ってましたね」
さっき九条達がいた近くに噴水があった。それをわざわざ言った宗次郎って……馬っっ鹿じゃないの!? すると、九条が真っ先にあたしを見てくるもんだから、思わず目を逸らしてしまった。
「七瀬、ちょっと来い」
「……御意」
「咲良、宗次郎。凛と蓮が図書室に来いってよ」
「え? あ、うん。また後でね~」
「七瀬さん、券……今日中によろしく。では」
2人が出ていって微妙な空気が流れる。というより、気まずくて九条の顔が見れないわ。
「“けん”って何だよ」
いや、なんて説明したらいいのよ。
九条達がキスしてるところを目撃して、ボーッとしてたら階段を踏み外しそうになって、それを助けてくれた宗次郎が命の恩人になりました。なので、“何でも言うことを聞く券”をお礼として渡すんです。なーんて絶対に言えない。
「アキレス腱」
「は?」
「アキレス""腱""」
「いや、そんな強調されても意味分かんねえし。つーか、こっち見ろよ。どこ見て喋ってんの? お前」
嫌々ゆっくり九条のほうを向いた。
「で、“けん”って?」
「だから、アキレス腱を伸ばす方法を今日中に伝授する……という話です」
「あ?」
「もう知ってるとは思うけど、今日から体術強化訓練が始まるの。それ関係の話」
「あいつには警戒しろって忠告したはずだけど?」
「別に馴れ合うつもりなんて無いのでご安心を。宗次郎君もあたしとは一線を引きたいみたいですし」
「なんだそれ」