おかえりなさい①
── だぁぁ、長い長い1日が終わった。
「榎本さん、ありがとうございました」
「いえ。お疲れ様でした」
車から降りて一応九条にも一声かける。
「じゃ」
「ん」
適当に手を振るというよりは、シッシッと犬を払うような手振りの九条。ま、九条はだいたいこんなもんっていうか、こんなやつなのよ。
ブーンッと去っていく九条家の車を横目に、あたしが家の中へ入ろうとした時だった。
「おぉ帰ってきたかぁ。お勤めご苦労さん」
特に何もない庭でビールを片手に座ってるお父さん。
「なにしてんの?」
「たまにはボーッとするのもありだな」
「腐るほどボーッとしてんじゃん、毎日」
「おまっ、父親に向かってそりゃないでしょ~」
立ち上がって肩を組んでこようとするお父さんを軽く躱して、もう絡まれるのもダルいから無視して家の中に入った。で、部屋に行ってそっこーすることは……もちろん美玖達に連絡! 机から連絡先が書かれたメモを取り出して、スマホに登録する。さっそく美玖・梨花・拓人にメッセージを送った。
《七瀬舞です》
すると、すぐ返事が来た。記念すべき第1号は──。
《わぁ、舞ちゃ~ん♡ 久しぶり~! 》
《久しぶり~! 美玖元気だった~? 》
《元気だよ~♡》
で、梨花からもメッセージが来た。
《お、舞じゃん。久しぶり~! てか、私らのグループ招待するわ! 4人で連絡取り合えたほうがラクな時もあるくない? 》
《あ、うん! 》
すると、すぐグループ招待が届いたからグループに入って、それからグループ内で美玖と梨花とやり取りをしていた。拓人は未だ既読にならない。
《あれ、拓人は? 》
《あー、拓人部活》
《へぇ》
《今日舞ちゃん家に行くって言ってたよ? 》
え、そんなこと聞いてない。
《そうなの? 》
《家主が知らんとかウケる。笑》
いや、何もウケないんだけど。
《舞ちゃんパパと約束した~って言ってたよ? 》
勝手に約束すんな。てことは、拓人の分も夕飯作んなきゃ。メニュー変更かなぁ? そんなことを考えていたら既読の数が増えた。
《めっちゃピコンピコンうるさいから怒られたわ。笑 あ、舞。晩飯頼む!! 》
《はいは~い。肉か魚どっちがいい? 》
《なんか夫婦みたいだねぇ♡ 可愛い~♡》
《安定のやり取りだな、私もうバイトだから~》
みんなでファイトー! ってスタンプを梨花に送って、とりあえずはやり取り終了。
「さてと、次は霧島さんだよねぇ……」
あたしはある人物に電話をかけた。
〖もしも~し。舞ちゃんから電話くれるなんて嬉しい~〗
〖こんにちは。いきなりすみません。今って電話大丈夫ですか? 〗
〖大丈夫よ~。で、どうしたの? 〗
めちゃくちゃ食い気味な九条のお母さん。
〖あの、霧島さんのこと何ですけど……〗
〖ああ、霧島ね。霧島は今長期休暇中よ~〗
〖そうですか……〗
〖霧島に会いたい? 柊弥嫉妬しちゃうかもよ~? ふふ。楽しくなってきたわね!! 〗
いやいや……何も楽しくないし、あいつが嫉妬する意味も分かんない。
〖ははは。あの、霧島さんと九条がギクシャクしちゃったの、あたしが原因と言いますか……〗
〖ふふっ。そんなこと気にしなくてもいいのよ~? 柊弥も霧島もまだまだ子供ね~。位置情報送るから行ってみて? 多分、霧島いると思うから~〗
〖え、あ、はい〗
〖うちの男衆が迷惑かけちゃってごめんね~? 〗
〖いっ、いえ……そんな〗
〖じゃ、またね? 舞ちゃん〗
〖はい。失礼します〗
九条のお母さんからすぐ位置情報が送られてきた。
「ここって……」
え、徒歩圏内じゃん。まだ夕飯の準備まで時間あるし、ちょっと行ってみようかな。
スマホと財布だけ持って部屋を出た。
「あ、お父さん。ちょっと出掛けてくる」
「ど~こ行くんだよ~。父さんを置いてきぼりにするなんてっ」
「はいはい、じゃーね」
お父さんを適当にあしらって家を出て、小走りで目的地まで向かった。
「ここ……で合ってるよね?」
位置情報通りに来て、辿り着いたのは普通のアパートだった。本当に普通すぎるアパート。ぶっちゃけ家賃の安そうなアパート。ま、ボロボロの家に住んでるあたしが言えた立場ではないけど。九条のお母さんから追加で送れてきたメッセージには《302号室》と書いてあった。
「302……302……ここだ」
本当に失礼なのは重々承知なんだけど、本当にこのアパートにあの霧島さんがいるの……? だって霧島さん、めちゃくちゃいい給料貰ってるでしょ、どう考えても。それに霧島さんって住み込みだよね?
・・・あ、住み込みだから……か。納得納得。疑問を自己完結させて、インターホンのボタンに手を伸ばした。
ピンポーン。あぁなんだろう、ヤバい。ちょっと緊張するなぁ……いけないことしてるみたいで。
「はぁぁい」
ガチャッと玄関のドアが開いて出てきたのは──。え? えっと、どなた? とってもラフな格好をしてる巨乳のお姉さんが出てきた。いや、もうラフっていうか……ほぼ下着みたいなもん。
「あら、その制服……」
「おい、勝手に出んじゃねーよ」
そう言いながら出てきたのは、上半身裸の色気全開な霧島さんだった。
「……」
「……」
無言、真顔で見つめ合うあたしと霧島さん。
「スミマセン、オジャマシマシタ」
出てきた言葉はめちゃくちゃカタコトだった。ガッチガチなお辞儀をして、ロボットみたいな動きをしながら去ろうとするあたし。すると、ガシッと腕を掴まれた。
「ちょ、ちょちょちょ!! 七瀬ちゃん!! 待って、マジで待って!! つかお前、帰れ」
「はいはぁい」
「七瀬ちゃん、ちょい待ち。OK?」
「オッケー」
パタンッと閉められた玄関ドアをただ無感情で見つめる。するとすぐに巨乳お姉さんが出てきた。
「じゃあね、七瀬ちゃん」
「あ、はい。スミマセン」
「フフ」
手をひらひらさせて去っていった。少しすると再び玄関ドアが開いて、先程の色気全開な霧島さんはどこへやら。いつも通りの霧島さんに戻っていた。
「七瀬様、どうしてここが?」
「あ、あの……ご、ごめんなさい。どうしても霧島さんに会いたくて」
「というか、その制服で私に会いに来るのはやめてください。目立つでしょう……かなり」
「……あ、すみません。全く気にしてなかったです」
「とりあえずどうぞ? 何もありませんけど」