おともだち④
お父さんのせいで若干男に対して苦手意識って言うか、男はみんなお父さんみたいにちゃらんぽらんなんじゃないかって恐怖でしかなったけど……うん。九条を見ていたら九条よりクズな男はそうそういないと思えてきた! 九条以外なら問題ナッシング!
この先、あたしは男嫌いになって一生独り身なんだって謎の覚悟をしていたけど……いやぁ良かった! 問題解決! ハハハ~!
「さすが九条様、期待を裏切らないクズっぷりですね。恐れ入ります」
「あ? 何が?」
「いや、何がって」
・・・なんか九条の瞳が、雰囲気が、冷めきってる。
「それってさ、なに基準なわけ?」
「なに基準って……」
基準って、不特定多数の女と体の関係を持つなんて普通ではないじゃん。
「俺は特定の女いねぇし、浮気だの何だのしてるわけじゃなくね? 俺に抱かれたい、抱いてほしいって言い寄って来る女を抱いてやってるだけ。それの何がクズなわけ? 別に無理やり犯してるわけでもねえってのに。お前の価値観、物差しで図るのやめてくんね? ズレてんだよ」
「そういうのは本当に好きな人とっ」
「ハッ。んなこと言ってっと処女拗らせるぞー」
「は?」
「はは、お堅いんだよお前。貞操観念高すぎー」
さっきの冷たい瞳、雰囲気とは打って変わりヘラヘラして小馬鹿にするような態度の九条。こいつは下半身事情だけではなく、シンプルに性格の悪さがクズの極み。
「デリカシー皆無すぎて笑えませんけど」
「つーかさ、グダグダ言うくらいならお前が俺の相手しろよ。お前だったら特別に何時でも相手してやってもいいよ~」
「はは。逆立ちで日本1周するほうが断然マシですー」
あたしは舌打ちしながら九条を放置して歩き始めた。すると、後ろからガバッと覆い被さってきた九条。少し離れた所にいる人達が甲高い悲鳴のような声を上げてる。
「あの、やめてくれませんか。重いんですけど」
「お前、マジで生意気すぎんだろ」
「それ、あんたにだけは言われたくない」
「謝ったら許してやるよ」
「はは。“俺の誘いを断りやがって”的なやつですか? 随分とプライドが傷ついたようでー」
「ふーん、これでもそんな生意気な口利けんの?」
「は? なにをっ!?」
九条の手があろうことか制服の中に侵入してきて、あれよこれよという間にあたしの素肌にピタリと触れた。それに対して素直に体が反応してしまう。
九条が覆い被さってるから多分周りには何が起きているかは見えていないはず。いや、見えている・見えていない……なんて、そういう問題じゃない!
壊れ物を扱うように優しく丁寧に、ゆっくりとあたしの腹部を撫でるように触れてくる九条。九条の触れた部分が妙にアツくて、緊張と恥ずかしさ、はじめての感覚に少し怖いとさえ思ってしまう。そのせいで呼吸が乱れて、上手く息が吸えない。
「触り心地いいな、お前」
耳元でそう囁く九条の声に体の芯がギュッとして全身が火照ってるのが分かる。
「さっさと謝ったら?」
「っ……ごめん、なさい。もう、やめて……っ」
なんでこんなにも心臓がバクバクしているのか、この異常なまでの緊張と羞恥心がなんなのか分かんない。全身がゾクゾクして変な感じがして、自分の体が自分の体じゃないみたいで、それがとても怖い。
「九条……っ、待って」
あたしの異変に気づいたのか、パッと手を引っこ抜いて軽々と肩にあたしを担いだ九条。
「悪い」
ボソッとそう言うと足早に向かったのは、もちろんVIPルーム。バンッ!! とドアを開けてシンッとしてるVIPルーム内をズカズカ歩き、連れ込まれたのは九条の部屋。九条にしては珍しく丁寧にあたしをベッドに降ろしてくれた。
そして、必然的に目が合うあたし達。九条はばつが悪そうな表情を浮かべて、なんだか落ち着きがない。あたしの呼吸はいつの間にか正常に戻っていた。
「いや、なんつーか……やりすぎた」
後頭部をかきながら顔を逸らして、おそらく本当に悪いことをしたって反省しているっぽい九条に少しだけ笑いそうになったのは秘密で。
「本っ当にありえない。あんな所であんなことするなんて、どんな神経してんのよ。あんた」
「だ、誰にも見えねえし? ちょっとからかうつもりだったっつーか……」
こいつ、からかう為だったらあんなこと誰にでもするわけ? あんな優しい手つきで、誰にでも触れるわけ? はは、そりゃ勘違いする女が出てくるのも不思議じゃないわ。
「あんた、誰にでもあんなことしてるわけ?」
「あ? するわけねぇだろ」
逸らしていた顔をこっちに向けて、なぜか逆ギレ気味の九条が意味不明すぎる。
ん? 『するわけねぇだろ』? え、どういうこと? ならなんで、どうしてあたしにはあんな触れ方をしてきたわけ? いや、深く考えるのはやめよう。だって、こいつの行動や言動に深い意味があるとは到底思えないから。
「もう二度とあんなことしないで。あたし達は“おともだち”なんだから」
「……は? お前と“おともだち”とやらになった覚えはないっつーの」
「あたしだってあんたと“おともだち”なんて嫌よ。でも、そういう設定にしたほうがいい時もあるよね~って話ね。あんた達にとっては普通でも、あたし達にとっては非現実的なことだってあんの」
「あー、はいはい。分かった分かった~。……で、大丈夫なわけ?」
「は? 何が?」
「だからぁ、しんどくねぇの? って聞いてんだよ」
九条って意外と、絶妙に優しかったりする時が何十時間に1回くらいはあるよねぇ。ていうか、改めて大丈夫か? と聞かれると死ぬほど恥ずかしいからやめてほしいんだけど。
「あ、うん」
次はあたしが九条から顔を逸らして、何とか平常心を取り戻そうとブツブツ呪文を唱える。あ、もちろん心の中でね?
すると、コンコンッとドアが鳴った。
「柊弥、舞ちゃん。大丈夫か?」
この声は蓮様。
「ちょっ、こらっ、凛!!」
バンッ!! と部屋のドアが開いて、ドスンッドスンッと凄まじい気迫で凛様が九条を差し置いてあたしの目の前まで来た。
「ここで何をしようとしていたのかしら? ド庶民でド貧乏人の七瀬舞」
なぜかブチギレ状態の凛様に、ただ苦笑することしかできないあたし。
「な、何をと言われましても。別に何も……なんですけどっ」
「こんの、泥棒猫がぁーー!!」
あたしの胸ぐらに掴みかかろうとした凛様を取っ捕まえたのは九条だった。
「凛、お前は何でもかんでもギャーギャー騒ぎすぎ~。こいつが体調悪そうだったから連れ込んだだけだっつーの」
「ふふっ、柊弥があんな顔して舞ちゃん連れ込むから凛ちゃん勘違いしちゃったんじゃない? あ、おはよう。舞ちゃん」
ニコッと微笑んであたしを見てる咲良ちゃん。そういう関係じゃない……とは言ってるのの、咲良ちゃんは一応九条の“許嫁”なわけだし、なんか申し訳ないな。
「おはよう……ございます。あの、別にあたしと九条様はなんっにも無いですし、ただのマスターとサーバントという関係でしかありません。あ、時々“おともだち”という設定で。ははは」
一瞬、ほんの一瞬だけ咲良ちゃんの顔から笑顔が消えた。でも、すぐいつも通りに戻ってニコニコしてる。
この時あたしは、咲良ちゃんの笑顔が一瞬消えたことを気にも留めてなかったし、理由も何も知らなかった──。