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許嫁③ 九条視点

 


 七瀬が宗次郎に引っ張られながら連れて行かれるのを見て、腸が煮えくり返りそうになった。七瀬も七瀬で抵抗することもなく、宗次郎に身を任せているようで気に入らないし、このまま七瀬が宗次郎のモンになっちまうんじゃないかって……そう思った。


 ── そいつは俺のモンだ。


「おい!! 七瀬っ!!」


 柄にもなく焦ったっつーか、引き止めねえとって気持ちが先行して声を張り上げた。七瀬は俺のモンだし、俺だけに仕えるサーバントだろ? 俺を置いて出ていくなんてありえねぇだろ、普通。宗次郎の手を振り払って俺んとこに来るだろ? って、それはどうやら傲りだったらしい。


「……ちっ」


 七瀬は俺に背を向けたまま振り向くこともなく、宗次郎に連れていかれた。


「誠に申し訳ございません!!」


 上杉が体を震わせながら俺に頭を下げている。その震えは怒りか? それとも俺に対する恐怖心からか……ま、そんなことはどうでもいい。俺はこの現実を受け止めることができない。


 ── 七瀬は俺じゃなく、宗次郎を選んだっつーことなのか? そんな事実、到底受け入れられるわけがねえだろ。


「まぁまぁ上杉さん。別に誰が悪いってわけじゃないんだから、そんなに謝る必要ないですよ。まあ、強いて言うなら戦犯は君だよ、柊弥」

「あ?」


 蓮が目を細めながら俺を見ている。


「君はフォローしたつもりかもしれないが、なんのフォローにもなっていなかった。舞ちゃんが傷つくのも当然」

「は? なにがっ」

「だいたい舞ちゃんをサーバントにした時点で、ある程度のことは教えておくのが常識だろ?」

「あ? 俺は別にあいつにそんなこと求めてねぇんだよ」


 あいつはあいつのままでいい。何にも染まらず、そのままでいればいい。


「あのさ! ……ごめん、私がこんな食事会設けちゃったから舞ちゃんにも嫌な思いさせちゃったね」

「咲良が謝ることじゃなくなーい? だいたいあの女が無知すぎるのが問題でしょ。自分で柊弥のサーバントになるって決めたくせに、柊弥に見合うサーバントになろうって気がまるで無いじゃない」


 次から次へと料理を口に運びながら、冷静にそんなことを言っている凛。


 ── 間違っているのは、俺なのか? 蓮の言葉と凛の言葉が頭の中をグルグルと駆け巡った。


「俺は……」


 俺はあいつに“完璧”なんて求めちゃいない。ありのままでいい、そう思ってる。だが、“九条柊弥”のサーバントとして、ある程度の振る舞いができてないと恥をかくのは俺じゃなくて、あいつ自身ってことか?


 そうか、そんなこと考えもしなかったな。別に俺は、あいつが何をしでかそうが恥をかく……なんてことはない。そんなこと知らん。さっきのテーブルマナーだって、別に食いたいように食えばよくね? としか思わん。この俺が選んだ女なんだから、んなこといちいち気にしてねえ。


 ・・・俺""は""気にしていない……じゃあダメっつーことかよ。


「咲良、悪いけど俺帰るわ」

「あ、うん。分かった」


 それだけ言い残して七瀬を追った。あいつらが喋ってる声が聞こえてくる。何を話しているかまでは聞き取れない。


「七瀬」


 そう呼ぶと振り向いた七瀬は、俺に何かを言いたげだった。そんなことよりも俺は、七瀬と宗次郎の距離が物理的にも精神的にも近いような気がして、それに苛立っていた。


 はっきり言って宗次郎が何を考えているのか、何をしでかそうとしているのかが分からない。こいつは上杉に妬み恨みがあるだろうからな。この俺に対しても食ってかかろうとして来やがる。


 誰に向かって、誰のモンに手ぇ出そうとしてんだよオマエ。


「ごめん、九条。あたし戻るから」


 ま、体調が悪いっつーのは嘘だったわけね。七瀬が自らの意志であの場へ戻ると判断したことが妙に嬉しい反面、宗次郎はあの時、七瀬の気持ちを汲み取ってあの場から連れ去った。その事実に腹が立って仕方ない。その役目は本来 ── 俺だったろ。


 宗次郎になにもかも先を越されて、七瀬の心が宗次郎のモンになるんじゃないかって思うと、死ぬほど気に入らねぇし謎に焦る。


 “七瀬舞”という存在すべて、心も体も全部引っ括めて俺のモンなんだよ……とか何とかごちゃごちゃ言っちゃって、なぁにアツくなってんだか、俺。ほんっと馬鹿馬鹿しい。


 にしても軽っ。こいつちゃんと飯食ってんのか? 七瀬を担いで歩いていると、予想外な言葉が聞こえてきた。


「ごめんなさい」


『ごめんなさい』……? それは何に対しての謝罪だよ。つーか、こいつが謝るなんて珍しいな。


「は?」

「だから、ごめんってば!!」

「あ? 何が?」

「……あんたに恥をかかせて、ごめんって言ってんの」


 ── は? 俺は肩に担いでいた七瀬を適当に降ろした。


 いや、恥をかいたのはお前だろ? なんで俺のこと気にしてるわけ? マジで馬鹿だろ、お前……そう思うのに、こいつが俺のことを想ってくれているみたいで、それが妙にくすぐったく感じる。


 まあ、こいつになら謝ってやってもいい。


「はぁぁ……悪かった」

「……え?」

「悪かったっつってんの」


 七瀬の大きな瞳が俺を捉えて離さない。柄にもなく胸が高鳴った。この高鳴りがなんなのかはいまいち分からんねぇけど、“胸が高鳴る”なんてことは、こいつ以外にない。


 その大きな瞳で俺を見つめ、何を思い、何を伝えてくんのか──。


「こりゃ時期外れの大雪が降りそう」


 ・・・はあ?


「あ?」

「んぐぅっ! ギッ、ギブギブギブギブ!!」


 あんな綺麗な瞳で俺を見上げて見つめてたくせに、なぁにが『こりゃ時期外れの大雪が降りそう』だぁ? ふっざけんじゃねぇよ。


 軽~くバックチョークをお見舞いすると、俺の腕をバシンバシン叩く七瀬。パッと放すと物凄い形相で俺を睨み付けてきた。


「ちょ、あんた馬鹿なの!? 死ぬわ!!」

「んなわけないっしょー、軽く絞めただけじゃん。これだから貧乏人は大袈裟で困っちゃうよねえ」

「はあ!? それ、貧乏人とか関係ないでしょ! マジで信じらんない。バカ、アホ、クズ、ゴリラ!!」


 そう言うと、ドスンドスンと効果音が付きそうな歩き方をして先へ進む七瀬の後ろ姿がを見て“可愛い”……そう思う俺はどうかしてんだろうな。イカれちまったかよ、ほんっと。


「つーか、お前。誰に向かってバカだの何だの言ってんだよ」


 再びバークチョークを極めようとすると、見事にひょいっと躱された。


「ふんっ、二度も同じ手は食らいませんけど?」


 鼻で笑ってドヤ顔の七瀬。


 ・・・あーーあ、このうえなくうっっぜえ。

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