許嫁①
── 放課後。
あたし達は叶家にお邪魔していた。にしても……ひっろいなぁ。やっぱ住んでる世界が違うわ、これ。
「ねぇ、柊弥! 私の部屋に懐かしい物があるの! ちょっと来て!」
「あ? なんだよ、懐かしい物って」
「いいからいいから! 舞ちゃん、柊弥借りちゃってもいいかな?」
「あ、はい。どうぞどうぞ」
「ありがとう! あ、そこの貴方。みんなをパーティールームへ案内して?」
「かしこまりました。では、皆様こちらへ」
パーティールームとは……?
「ふんっ、あなたに勝ち目なんて無いわよ」
あたしの隣に来てボソッと囁く凛様。勝ち目が無いって……別に誰とも勝負なんてしてないんですけどね。
「なんのことでしょう」
「柊弥と咲良、お似合いでしょ? ああいうのが“釣り合ってる”って言うの。分かるかしら?」
ああ、そういうことね。はいはい、そうですね、そうだと思いますよー。ぶっちゃけどうでもいい、知らなぁい。
「はは。そうですねー」
あたしが興味無さそうに返事をすると、凛様はつまらなそうにあたしから離れた。
「舞ちゃん、凛に何か言われた?」
「え、いえ。特には」
「そっか。悪いね、嫌な思いをさせて」
申し訳なさそうに苦笑いする蓮様。
「九条様と叶様は許嫁……とは言うものの、そういう関係では一切ないので安心してくださいね。七瀬さん」
全く見当違いなフォローをしてくれる前田先輩。ぶっちゃけ九条と咲良ちゃんがどんな関係だろうと、あたしには関係がない。あたしはただのサーバントで、九条にとってはただの暇潰しにすぎないんだから。
── ズキッ。
・・・ん? 胸が痛い。なに、この痛みは……。
「あぁ、過度なストレスだな」
「ん? 舞ちゃん、何か言った?」
「あ、いえ……すみません。何でもないです」
「叶様はとても良い方ですよ。きっと七瀬さんとも仲良くなれるはずです」
「そうですか。だといいですけどね」
そりゃ咲良ちゃんが良い人だってことは分かる。だって、あたしにも分け隔てなく接してくれるし。見た目も可愛らしくて、性格も良くて、お金持ちとか、あたしが勝ってる所なんて何一つないよ。
「泣いてんの?」
「……は?」
どうやらあたしは立ち止まって、うつ向いていたらしい。前を向くと誰もいない。振り向くとそこにいたのは宗次郎だった。
「どいつもこいつも、あの人のどこが良いわけ? あんなのただのクズじゃん」
「それな」
「即答かよ」
「あいつの良さがあたしには分からん」
「ふーん」
ものすんごく疑いの目を向けてくる宗次郎。
「な、なによ……その疑い目は」
「いや、舞ってあの人のこと好きっ」
「見当違いも甚だしい。やめてよ、そういうの」
「あー、はいはい。ごめんて」
「……てかさ」
「ん?」
心なしかソワソワしてる宗次郎が……ぶっちゃけ気持ち悪い。なんなの? そんなキャラでもなくない?
「なに、宗次郎。トイレ?」
「舞さ、女でそれはやめたほうがいいと思うよ」
「……まあ、たしかに?」
真顔で見つめ合うあたし達。
「舞だろ?」
「え? あたしは別にトイレは行きたくなっ」
「ちげぇよ、やめろよそれ。もうトイレのくだり終わってんだろ」
「ハハハ」
「はぁぁー。残念な美人ってまさにコレだな」
・・・“残念な美人”とは……? え? え?? ダレノコト?
「舞って見てくれだけは本当に良いと思うけど、その他が残念すぎるっつーか……品がねぇな。性別間違えて生まれた系?」
「宗次郎、あたしを殺す気?」
言葉のナイフがグサグサッと容赦なく刺さっていく。
「ま、偽り女とかよりは幾分マシだとは思うけど。多分」
「なんのフォローにもなってないけど、それ」
そりゃ女子力皆無だし、可愛らしさとか無いかもしれないけど……あたしだって一応女だし。ていうか、あたしって……見た目は悪くないの? こーんな、ごく普通な女が? ま、お世辞か。美玖とかもそうだけど、会う人会う人あたしの容姿""だけ""は褒めてくれる。
「つーか話逸れてっし。舞だろ? あの人に俺の名前呼ばせたの。今まであの人が『宗次郎』なんて呼んだことねぇし」
あ、もしかして嫌だったのかな。あたし多分、お節介体質かもしれない。気をつけないとヤバいな。
「ごめん。余計なことしちゃった」
「いや、別に。良くも悪くもねぇから」
「そっか」
「あっ、舞ちゃん、宗次郎く~ん。待っててくれたの~? 凄いサーバントっぽ~い」
手を振りながらニコニコして九条とやって来た咲良ちゃん。九条の制服が少し、ほんの少しだけ乱れてる気がする。気のせいかな?
「なにお前、らしくねぇことすんじゃん。ちゃんと“待て”できたんだな~。感心感心」
ニヤニヤしながら近寄ってくる九条。
「あたしを何だと……」
九条の香水の香りとは別に、咲良ちゃんの女の子らしい甘ったるい香水の香りがフワッと鼻を突いてきた。
「ご褒美やるよ」
そう言いながらあたしへ手を伸ばして来た九条。きっと、あたしの頭を撫でようとしてる。
バチンッ!!
「あ」
あたしは九条の手を振り払ってしまった。しかも、完全に無意識で。こんなことするつもりはなかった。さすがの九条も“は? なんで? どゆこと? ”的な顔であたしを見ている。
「あ、あはは……申し訳ありません。サーバントで在る以上、マスターを“待つ”のは当たり前のことです。ね? 宗次郎君」
お願いっ!! 何とかして、宗次郎ぉぉ!
「そうですね。当たり前のことをしたまでです。お待ちしておりました。叶様、九条様」
「やっぱ宗次郎君、サーバント向いてるんじゃない? かっこいい~!!」
「恐縮です」
ありがとう、宗次郎ぉぉ。君とは何だかんだある意味いい関係を築けそうだよ、多分。
・・・そして、なにやら視線を感じる。チラッと視線がするほうを見てみると……九条が目を細めてあたしをジーッと見ていた。
「あ、あの、なにか?」
「あ? 別に?」
「と、柊弥! 行こ? ね、舞ちゃんも宗次郎君も」
── そして、パーティールームとやらに着いたのはいいんだけど……高級レストランのフルコースですか? 的な料理が次々運ばれてくる。それを当然の如く優雅に食べているお金持ち達(あたし以外全員)。