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一悶着④

 


 九条がいなくなった瞬間、秒で制服に着替えた。


 それにしてもどうしようかな、霧島さん。そもそもなんでこんなことになったんだっけ?


「えっと、たしかぁ……」


 ・・・ダメだ、思い出したくないことまで思い出してしまった。九条とのきっ、き、キス。元はと言えばあのキスのせいだと言っても過言ではない=九条のせいと言っても過言ではないってことだ。


 結論、こうなったのは“全て九条のせい”……以上。


 それにしたって霧島さんをクビにするなんて、ありえないでしょ……何を考えてんのよ、あいつ。霧島さんがいなくなって、一番困るのは九条なんじゃないの? 幼い頃から一緒にいてくれたのは霧島さんなんじゃないの? 九条が無条件に信頼して、信用しているのは霧島さんだけなんじゃないの……?


 九条のお母さんが言ってた。『霧島は特別なの』って。詳しくは聞いてないけど、霧島さんは“九条家”に……そして、“九条柊弥”になくてはならない存在なんだと雰囲気で感じた。


「……しまったなぁ。もっと詳しく聞いておけばよかった」

「あ? 何を?」


 真後ろから突然聞こえた声に心臓が飛び出そうになった。いや、多分一瞬だけ飛び出たと思う。


「ギャァァーー!!!!」


 叫びながら振り向くと、両耳を押さえて眉間にシワを寄せている九条がいた。


「んだよ、うっせぇな」

「なっ、ちょっ、気配消して近づくのやめてくれない!?」

「声かけたっつーの。聞いてなかったのお前じゃん」

「あ、ああ……ちょっと考え事してて」

「無い脳ミソで何を考えてんだか~。ったく、鼓膜破れるってのー」


 呆れた顔をしながらあたしを見下ろしてる九条。それを見上げてひきつった笑みを浮かべる私。


「そりゃ申し訳ございませんでしたー」

「ハッ、さっさと行くぞ~」


 あたしの額にペチッとデコピンをして、鼻で笑いながら歩き始めた九条。そんな九条の背中を眺めて、いつか絶っ対に仕返してやる、そう心に強く誓って九条の後を追った。


「ねえ」

「あ?」

「霧島さんのことなんだけどっ」

「なに、この俺に説教でもする気?」

「いや、別にそういうわけじゃっ」

「だったら首突っ込んで来んなよ、鬱陶しい」


 隣を歩く九条をチラッと見上げると、ムッとして不機嫌そうにしてる。それにどこか寂しそうでもあった。


 この調子じゃ九条に言っても埒が明かない。霧島さんを説得するしかないかなぁ。はぁぁー、霧島さんも変に頑固そうだし、あたしの言うことを聞いてくれるタイプでもなさそう。


「はぁ」

「俺の隣で露骨にため息吐くのやめてくんなーい? 辛気くせえのが移るっつーの~」

「誰のせいだと思ってんのよ」

「あ? 人のせいすんなよ」

「あー、ハイハイ。スミマセンでしたー」


 九条が隣でぐちぐち言ってるけど、それを適当にあしらいつつ外へ出ると、そこにいたのは霧島さん……ではなく50代くらいのダンディなおじさんだった。


「おはようございます。柊弥様、七瀬様」

「はぁぁー、お前かよ」

「ククッ、嬉しいですねぇ。柊弥様のお付きができるとは。それに……」


 ニコニコしながらあたしを見てくるおじさん。


「こんなに可愛らしいお嬢さんとご一緒できるなんてっ」

「おい、エロジジイ。なんでお前なんだよ」

「おや、私ではご不満ですか。ならば霧島にっ」

「だぁぁー、もういい。さっさと乗せろ」

「ククッ。では、こちらへ」


 九条……ではなく、なぜか私のほうへ来るおじさんに戸惑いを隠せない。


「え、あ、あの」

「どうぞ? こちらへ」


 ニコニコしながら手を差し伸べてきたおじさんに、どう反応していいか分からず固まるあたし。これは俗に言う“エスコート”……というやつ? まあ、これだけダンディなおじさんなら、エスコートのひとつやふたつ、あってもおかしくはないだろうけどさ。こんなのされたことないから、どうしていいのか分かんない。で、でも……さすがに断るのは失礼じゃない? 多分。そう思って、あたしはゆっくりと手を伸ばした。


 すると、あたしの手をガシッと荒々しく握ったのは──。


「俺の許可なくこいつに触れんな、エロジジイ」

「ククッ。それは申し訳ございません」


 チラッと九条を見上げると、“お前もお前で何やってんだよ”と責め立てるような顔であたしを見てる。


「手間かけさせんな、サーバントの分際で」

「……スミマセン」


 なんであたしが謝らなきゃいけないの? ていうか、『サーバントの分際で』とかマジでうざいんですけど。


「さっさと乗れ」

「なっ、ちょっ!?」


 ポーイッと捨てるように車内へあたしを詰め込む九条。扱い雑すぎでしょ、信じらんないわ!!


 それからダンディおじさんこと榎本(えのもと)さんは、あたしばかりに話を振ってくる。


「ははは……面白そうですね」

「是非、読んでみてください。私がお貸ししましょうか?」

「あー、はは」


 隣に座ってる九条がいつ怒り始めるか分からなくて、チラチラ機嫌を伺わなくてはならないあたしの身にもなってほしい。


「あ、あの、九条は読んだことっ」

「んな低レベルな本、ガキの頃に読み終わってるっつーの」

「あ、あらそう……」

「ま、お前みたいな低レベルの奴にはいいんじゃなーい? 知らんけど」


 ・・・うっざ。このうえなくうっざいわ。


「ああそうですか、なら榎本さんっ」

「読みてぇなら俺んとこ来い。持ってる」


 いや、あんたから借りたくないんですけど。


「結構です」

「あ?」

「もう読みたくもありませんので」

「ハッハッハッ! 実に面白い。これはなかなか骨が折れますなぁ、柊弥様」

「ちっ」


 無駄に長い腕と脚を組んで、プイッとそっぽを向いた九条。


 うーん、なんだろう。榎本さん相手だと九条が少しだけ……子供っぽくなってる気がする。霧島さんは何だかんだ九条のことを“主”として認めてて、慕っているっていうか……従ってる感じが強いんだけど、榎本さんはどちらかと言うと悪ガキを相手にしているような感じで九条の相手をしているような? まあ、悪く言えば九条のことをナメている……そんな感じ。


 ── それから九条が不機嫌だろうがなんだろうが、お構いなしにあたしに絡んできた榎本さん。


 天馬に着くまでが本当にヒヤヒヤもんだったよ。隣の暴君がいつブチギレるか、分かったもんじゃないからね。


「どうぞ、七瀬様」

「……あ、はい。ありがとうございます」


 本来、九条側のドアを開けるのが鉄則。なのに榎本さんはあたし側のドアを開けた。九条は自らドアを開けて無言で車から降りると、先にスタスタ歩いて行ってしまった。

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