一悶着② 九条視点
「ちょ、霧島さんも落ち着いてくださいよ。ね?」
「七瀬様は口を挟まないでいただけますか。これは私と柊弥様の問題なので」
霧島にそう言われて、少しだけ表情を曇らせた七瀬がどうしようもなく気に入らない。
「理由、理由ねえ……目障り。以上」
「……そうですか。分かりました」
俺に頭を下げて去っていく霧島。それを追いかけようとする七瀬。
「霧島さんっ」
俺は霧島を追いかけようとする七瀬の腕を掴んだ。ったく、お前は誰のモンなんだよ。俺のモンだろうが、クソ馬鹿女が。
「ちょっ、離して! 霧島さん、本当に辞めちゃうよ!? いいの? それで!!」
「は? あんな奴もういらん」
「……あんたさ、どうしたの? 何を怒ってるの? おかしいよ」
「怒ってないし、おかしくもねぇよ」
「怒ってんじゃん!」
「怒ってねえっつってんだろ!!」
俺が大声を出すと七瀬の体がビクッと反応する。
「痛い」
「あ?」
「腕、痛いんですけど」
「あ、ああ……悪い」
七瀬の腕を掴んでる手の力加減をどうやらミスってたらしい。俺が手を離すと、腕を擦りながら睨み付けてきた。
「あんた、本当にどうかしてるよ」
「あ?」
「霧島さんをちゃんとした理由もなく解雇するなんて、どうかしてるって言ってんの」
は、なんだよそれ。お前は俺の味方じゃねぇの? なんで霧島の肩を持とうとすんだよ。おかしいだろ……どうかしてんのはお前じゃん。
「ハッ、どうかしてんのはお前だろ」
「は? それ、どういう意味」
どういう意味って、お前らが一番よく分かってんじゃねぇの?
「お前らデキてんだろ」
「……は?」
どう考えてもおかしい。俺がどんな女を連れてようと全く興味を示さなかった霧島が、こいつには興味ありげでやたら絡むし、こいつのことばっか聞いてきやがるし。挙げ句、こいつには素を出してるっぽいじゃん?
なんなんだよ、ふざけんなっつーの。
「俺が熱で死にかけてるって時にお前ら何してたわけー?」
「は? 何してたって……別に何もっ」
「で? 霧島には股開いたってか?」
俺を見る七瀬の目が酷く冷めていて、軽蔑の眼差しに変わった。そんな瞳で俺を見んじゃねえ。
「本気でそんなこと思ってるの? あんた」
「あ?」
こういう時、女は大概『なんで私のこと信じてくれないの?』『私にはあなただけなのに』……“私は私は”ってあれこれと醜い言い訳や御託を並べる。七瀬、お前も所詮その辺の女と一緒なのか。
「なんで霧島さんのこと信じてあげないの?」
・・・は?
「霧島さんがそんなことをする人だと、あんたは本気で思ってるわけ? ずっと、誰よりもあんたの側にいたのは霧島さんなんじゃないの? なのに、どうして信じてあげないのよ。あんた、霧島さんの何を見てきたの?」
こいつはそんなつもりないのかもしれない。でも、七瀬が霧島を庇えば庇うほど、俺の中の何かがプツリと切れそうになって、モヤモヤが募っていく。
「今すぐ霧島さんに謝って来なさいよ」
「……なに、お前。霧島のことが好きなわけ?」
「は? 別に嫌いではないけどっ」
「お前が霧島と一緒にいたいからじゃねぇの?」
「なにそれ、意味分かんない。あたしは、あんたには霧島さんが必要だってっ」
ハッ。あぁもういいわ、めんっどくせえ。
泣いて喚いても無理やり俺のモンにしちまえばいい。心にも体にも俺のモンだって刻み付けて、片時も忘れられねぇように抱き潰せばいい。たとえ、七瀬がぶっ壊れたとしても……俺の傍にいれば何だっていい、それでいいだろ? 別に。
「── っ、じょう……九条っ!!」
・・・いつの間にか七瀬を押し倒して、七瀬の服を捲りあげていたらしい。まあ、この際もうなんでもいいだろ。
「ヤらせろよ」
『ヤらせろよ』そう言った声が、柄にもなく少し震えた。
「たしかにあたしは九条のサーバントだよ。だから、あんたの“モノ”って言われれば、そうなのかもしれない。でも、こんなことされたら……あたしの心は、心だけは……絶対にあんたの“モノ”にはならない。何をされても、どう償われても、心はだけは一生あんたの“モノ”にはならないから。それと、あんたの大事なもん噛み千切って使い物にならなくしてやる。その覚悟があるならどーぞ? ご勝手に」
揺るぎない瞳で俺を真っ直ぐ見てくる七瀬。その瞳はとても強く、そして美しいとさえ思った。
口では強気で、この俺すらも言い負かされそうなのに七瀬の体は少し震えていた。ったく、怖いなら怖いって言えよ。
「萎えた」
立ち上がって、倒れてる七瀬を起き上がらせることもなく、俺はこの場を去ろうとした。
「待ちなさいよ、このクソヤロがぁーー!!」
屋敷中に響き渡った七瀬の叫び声。振り向くと鬼の形相で俺に迫ってきた。
「あ? なんだよ」
「これ、あたしだったから良かったものの、他の女の子だったら確実に大号泣&トラウマ案件だからね!? 横暴なのも大概にしとけって言ってんの! 調子に乗んなバカタレが!」
ベチィィンッッ!! ド派手な音が廊下に響いてジンジンと痛む俺の頬。
「いっってぇなぁ!! 何すんだよ!!」
「あたしだって手のひら痛いよ!!」
「だろうな!! 俺の頬、平手打ちしてんだし!!」
「あんたは少し痛い目見るくらいが丁度いいの!!」
なんつー女だよ、マジでありえねえ。俺に言えないくらいお前も横暴じゃねぇの!?
「お前っ……」
・・・未だに震えている体を何とか抑えようと、ギュッと自身の腕を握ってる七瀬を見て胸がズキッと痛む。
「な、なによ」
「悪かった」
「……え?」
「震えてんじゃん、お前」
「え? あ、いや、こっ、これはその、武者震いってやつよ」
俺のことが怖いんだろ? だったらそう言えよ。なんでこういう時は逃げねえんだよ。なんで立ち向かってくんだよ。俺のことなんて、ほっときゃいいじゃん。
「もういらねぇ、お前もクビ」
「は?」
俺の傍に置いて、こいつが傷ついて、壊れてく様を俺はきっと見ていられない。傍に置いておきたいが為に、俺は必ず見て見ぬふりをするだろ。
「飽きた」
たかが女ひとりの為に、俺は何してんだろうな。どうでもいい……どうでもよかったはずなんだけどな──。
「……はあ? あんたのその腐った根性を叩き直すまで、あたしは絶っっ対にあんたのサーバントは辞めない! もう意地でも辞めてやんないから! 卒業するまで絶対に離れてやんない! だいたいバイト先にまで根回ししたのもあんたでしょ!? あたしはもう働く場所がないの! 責任取りなさいよ! この俺様クズ御曹司が!」