九条家④
「あの九条様、ご自身で脱いでくれます?」
「へいへーい」
ベッドの縁に腰かけて、バッと服を脱いだ九条の姿に困惑する。想像を超えた肉体美を見て動きがピタリと止まって、どう反応すればいいのか分からず固まるあたし。
いや、九条ってめちゃくちゃ着痩せするタイプ? まあ、確かにガタイはいいなって思ってた。触れられた感じも、触れた感じもガッシリしてたし? でも、見た感じがスラッとしてたから……こんなにもゴリゴリだったなんて思いもよらずじゃん。
悲しくも、あたしのタイプを1つクリアしてしまった九条。
「なぁにジロジロ見えんだよ。舞ちゃんのエッチぃ~」
「……ぶん殴りますよ?」
「こわいこわ~い」
ふざけた顔をしながら煽ってくる九条にめちゃくちゃイライラしつつも、無の境地で背中から拭き始めた。
「なぁ、前から思ってんだけど」
「何でしょうかー」
次の瞬間、いきなり腰をガシッと掴まれた。
「ひゃあっ……!」
自分の口から出たとは思えないほど女の子らしいというか、変な声が出てめちゃくちゃ恥ずかしい。
「なんつー声出してんだよ」
「……っ! セクハラで訴えますよ!? マスター!」
「やっぱお前、腰ほっそいよなあ」
「あの、いい加減その手を離してくれます? 脳天ブチ破りますよ、マジで」
「お前さー、見てくれは悪くないけどそんなんだからモテないっしょ」
「ははは。その言葉、そのままそっくりお返ししますわ」
あたしは九条の背中の皮膚を抉る勢いで拭いた。すると、必然的に腰から離れる手。
「いっってぇーーわ!!」
「スミマセン、力加減をミスりました」
「お前、マジでブチ犯すけどいい?」
「そんなことしたら一生九条様のことを恨んで、憎んで、死ぬまで死ぬほどありとあらゆる呪いをかけまくりますけど、それでもよろしければどうぞご勝手に」
口では淡々とそう言えるけど、内心バクバクドキドキしてる。熱があって弱っているとはいえ、押し倒されたら抜け出せないだろうし、きっと抵抗したって意味ないくらい力あるだろうしね、こいつ。ゴリラだから。
あたしは動揺を悟られぬよう、九条の背中を拭き続けた。
「本当に変な女。俺の何がそんなにも気に入らないわけ?」
「なんでしょう。存在……ですかね?」
「それはさすがに泣くわ」
「ははは」
それから無心で九条の体を拭いて拷問(九条の体拭き)が終わった。
「ああ、お前のせいでしんどくなってきたわ」
おそらく薬の効果が切れてきたんだと思う。
「人のせいにするのはお辞めください」
「あぁもういい。寝る、黙っとけ」
そう言うと布団の中に潜った九条。
・・・『黙っとけ』……か。“帰れ”ではないんだ。何だかんだ言って、初めての風邪だから心細いんだろうな。そう思うとちょっと、ほんのちょっとだけ可愛く思える。
「安心してお眠りください。あたしはここにいますので」
「……あっそ」
そして、少しすると九条の寝息が聞こえてきた。あたしは何をするわけでもなく、ただベッド横の床に座ってボーッとしていると、いつの間にやら意識が飛んでいた──。
どれだけ眠っていたのかは分からない。ベッドにもたれ掛かるように寝てて、九条がムクッと起き上がった振動で目が覚めた。
「……ん。あ、ごめん。あたしも寝ちゃってた。どう? 体調はっ!?」
九条に手首を掴まれてそのまま引き寄せられると、後頭部をガシッと掴まれてた。
「なっ、ちょっ……んっ!?」
── これは一体、どういうこと? あたしの唇と九条の唇が重なってる。後頭部を押さえられてるし、抱きしめられてるから離れてたくてもビクともしない。本当に馬鹿力じゃん、こいつ!
「ちょ、九条! んんっ……!?」
口を開けた瞬間、ヌルッとした何かが口の中に入ってきてパニック状態。これは、大人なキスというやつではなかろうか。
あたしは握り拳を迷わずフルスイングさせた。すると、九条のこめかみにクリーンヒット! で、そのままパタリと倒れ込んだ。
・・・うん、これは事故。
九条は寝ぼけてたっぽいし、高熱で意識が朦朧としてるだろうし、きっと起きた頃には何も覚えてないだろう。物理的な衝撃も食らってるから尚更ね。うん、大丈夫大丈夫。
このキスは“あたし”だったからとかでは絶っ対にない。ここにいたのが“たまたま”あたしだったから餌食になっただけ。そう、ただそれだけのこと。
あたしは着替えと歯磨きセットを持って部屋を出た。
「あ、七瀬様……って、お顔が真っ赤ですよ? もしかして、七瀬様も熱が」
そう言いながらあたしに手を伸ばしてきた霧島さん。あたしは物凄い勢いでその手を避けた。
イケメン警報発令中! あたしは今、イケメンというイケメンを拒絶するようになってる。もはや、男という生き物がNGなのかもしれない。
「……あの、どうかなされましたか? そこまで露骨に拒絶されると少々傷つきます」
「コレハ、ベツニ、ナンデモ、ナイデス、スミマセン」
「ロボットごっこですか?」
・・・いや、何を言ってるんだ霧島さん。この歳にもなってロボットごっことかキツすぎて目も当てられんでしょ。そんな引いた目であたしを見ないでください。
「……シャワーお借りしてもいいでしょうか」
「ああ、はい。どうぞ? ご案内しますね」
「ありがとうございます」
シャワーのお湯を頭から浴びながら必死に唇を擦った。お願いだから消えて、消えてよ。全然消えてくれないあいつの唇の感触。そして、甘くて蕩けそうな感覚。
「……っ。最っ悪……」
こんなの、忘れたくても忘れられないじゃん。
── あたしのファーストキスはアツくて甘くて、蕩けそうだった。そしてもう二度と九条家には来ない……そう心に誓ったのであった。