九条家③
たかがサーバント、されどサーバントって? 『マスターとサーバントという垣根を越えて、柊弥の全てをあなたに任せる』そう言われている気がしてならない。いやいや、やめてくださいよ。そんなのあたしには荷が重すぎますぜ。
「お、お言葉ですが奥様……なにやらとんでもない勘違いをされている気がしてなりません。あたしと九条様はその様な関係性ではっ」
「舞ちゃん? 柊弥のこと、よろしくお願いしますね?」
どこか不気味で有無を言わせぬ笑みを浮かべている九条のお母さん。その綺麗な瞳の奥がブラックホールのように真っ黒だったのは言うまでもない。
「ぎょ、御意」
「ふふっ。なら、早速連絡先の交換でもしましょ? 可愛い娘が出来たみたいで嬉しいわ~。テンション上がっちゃ~う! イェ~イ」
無邪気な姿がとっても可愛らしくて、ド平凡のあたしからしたらその姿が眩しくて仕方ない。九条のおちゃらけた感じは、奥様に似たのかもしれないな。あいつもこんだけ可愛けりゃいいんだけど。
「では、戻ります」
「柊弥の看病よろしくね~」
「はい」
ブンブン手を振って、笑顔であたしを見送ってくれた。あたしもそれにつられて笑顔になってしまう。ほんと可愛らしいお母さんだなぁ。どことなくテンション感とかがうちのお母さんにも似ているから、そこもまた憎めないポイントだろう。
「んん~!!」
ギューッと背伸びをして深く息を吸って、ふぅーっと吐き出す。
「よし、頑張れあたし」
気合いを入れて九条の部屋へ向かった。ドアの取っ手に手をかけて開けようとした瞬間、ガチャッとドアが開いた……と思ったら大男があたしのほうに倒れ込んできた。
「な、ちょっ……!?」
倒れてきた物体をなんとか支えて、下敷きになるのを防いだあたしを褒めてほしい。
「はぁっ……なんだお前、まだいたわけ?」
「ぶっ倒れそうになった大男を支えたお礼をまずはしてほしいんですけどね。ていうか、どこ行くのよ。病人は大人しく寝てなさい」
「汗かいて気持ち悪ぃんだよ。シャワー浴びてくる」
「アホか、あんたは」
「あ? お前さ、誰に向かってっ……!?」
あたしは九条を引きずって、ベッドにポーイッと投げ捨てた。
「霧島さんに蒸しタオル頼んでくるから、大人しくしててくださいませ。マスター」
「……はぁぁ。マジでうぜえ、お前」
「はは、奇遇ですね。あたしも全く同じことを思っていますよ」
素早く冷えピタと氷枕を替えて九条の部屋を出た。ていうか、霧島さんってどこにいるんだろう。
「霧島さーん、霧島さーん」
少し控えめな声で霧島さんを呼びながら廊下を歩いていると──。
「なんでしょうか」
突然ヌルッと現れた霧島さんに驚いて思いっきり叫びそうになった。
「ぎゃっ……!?」
「ちょいちょい!! 叫ぶのは勘弁してよ。勘違いされるってマジで」
あたしの口を手で塞いで慌ててる霧島さん。なんなんだろう、この状況は。
「いい? もう離すよ? 大丈夫?」
コクコクと頷くと、ゆっくり手が離れていった。
「……霧島さん。あたしの前でクール執事キャラ演じるの面倒くさくないですか? ちょいちょいキャラ崩壊してますよね? もう素で良くないですか?」
「ははは……いえ、そういうわけには」
「まあ、何でもいいですけどクール執事キャラが物凄く胡散臭く見えますよ」
「そんなこと言わずに……で、なんのご用でしょうか?」
爽やかな笑みを浮かべたと思いきや、キリッとした表情をしてあたしを見ている霧島さん。あくまでクール執事キャラでいたいらしい。
「お坊っちゃまがシャワー浴びたいだの何だのとボケたことを抜かしていたので、ベッドに放り投げて蒸しタオルを貰いに来ました」
満面の笑みを浮かべて霧島さんを見ると、めちゃくちゃ顔面をひきつらせてる。
「あの、七瀬様」
「はい」
「あまり柊弥様をイジメないでいただきたい」
「イジメられているのはこっちですけどね」
真顔で見つめ合って、シンッと沈黙が流れる。
「蒸しタオルですね。用意が出来次第、私が持っていきますので柊弥様の所へお戻りください」
「では、よろしくお願いします」
九条の部屋に戻ると、ベッドに寝っ転がりながらスマホをいじってる病人が視界に入った。
「あまりスマホをいじらないほうが宜しいかと」
「お前とは違って忙しいんでね」
はあ、女の相手が……ってやつですか? それはそれはおモテになって大変ですこと。
「霧島さんが後で蒸しタオルを持ってきてくれるので、拭いてもらったらどうですか?」
「男同士で気持ち悪いったらありゃしない。お前が拭け」
「……はい?」
「霧島よりお前のほうが幾分マシだって言ってんの~」
・・・これはサーバントの仕事、これはサーバントの仕事、これはサーバント仕事……? これは、サーバントの仕事なのか?
「ちなみに拒否権ねえから」
でたでた、俺様発言。俺様系男子が言うセリフトップ10入りしてるわ。そんなセリフを吐き捨てて睨むようにあたしを見たのち再びスマホへ視線を戻した九条。本当に何様俺様だな、こいつ。
ま、男の裸は見慣れてるしなんてことない。いや、この言い方だとかなり語弊があるな。お父さんと弟達がパンツ一丁でうろちょろしてるなんて七瀬家ではザラだから……って意味ね?
そして、霧島さんが蒸しタオルと着替えを持ってきた。そそくさ退散しようとする霧島さんを睨み付けると、何事も無かったかのように去っていく。
はぁー、霧島さんもほんっと大概だな。