九条家①
霧島さんの圧力に屈してしまったあたしは、九条家にお泊まりするはめになりました──。
「霧島さん」
「はい、なんでしょう」
「あの、九条様の親さんにご挨拶をしたほうがっ」
「いえ、その必要はありません」
「いや、でも……挨拶無しで勝手に泊まるのはっ」
「柊弥様のことに関しては、この私にも権限がありますので私が“いい”と言えば良いのです」
・・・へえー。でも、なんか気まずいなぁ。悪いことをしてるみたいで気が引ける。でも、九条のことを任せられてる霧島さんがいいって言ってるんだから、良いってことか……と自分に言い聞かせることにした。
「というか、あたしがいることを九条が嫌がると思うんですけど……いいんですか? さっきも『さっさと帰れ』とか言われましたし。あたしがいないほうが本人も心穏やかにっ」
「ないです」
「え?」
「ありえませんね」
「はい?」
大きなため息を吐いて、髪をかき上げた霧島さん。言わずもがな、霧島さんもかなりルックスがいい。
「自覚してください。あなたは柊弥様の“特別”だということを」
“特別”……特別ねえ。あいつからしたらあたしなんて、都合の良い暇潰しの“おもちゃ”にすぎない。こんなにも貧乏なド庶民が珍しかったんだろうね。ほら、あいつの周りには絶対にいないタイプでしょ? あたし。だから、ちょっと物珍しいだけ。“トクベツ”だと勘違いしているだけ──。
「あたしだからいいものの、これが他の女子だった場合、かなーり勘違いすると思うので今後は気をつけたほうが宜しいかと」
「それはどうでしょう。さ、柊弥様のお部屋へお戻りください」
「承知いたしましたー」
あたしが嫌そうに返事すると、なぜか嬉しそうに笑ってる霧島さん。霧島さんも性格悪いな~。人の不幸は蜜の味タイプの人間だ。
「はぁぁ……」
九条の部屋へ向かう足が重い、ため息しか出てこない。というか、お母さんもお父さんも酷くない? 娘を何だと思ってるのよ、まったく。
ブツブツと独り言を言っていたら、あっという間に九条の部屋の前まで来てしまった。“これは仕事、これは仕事”……と暗示をかけ、コンコンッとドアをノックする。
シーーン。ま、返事が来るなんて微塵も思っていない。
「失礼いたします」
部屋に入って、どうせ起きているだろうと思いながら九条に近づいた。
「霧島さんの指示で泊まることになりましたー。不本意ではあります……が……」
九条は顔をしかめて、息苦しそうな呼吸をしながら寝ていた。随分とキツそうだな。とはいえ、してあげられることがあまりない。
椅子をベッド横に持ってきて座り、苦しそうにしてる九条の前髪をわけて汗を拭いたり、冷えピタや氷枕を替えたりした。薬が効いてきたのか一時的に熱が引いて、九条も少しだけ楽そうに呼吸をしてる。
「ちょっと換気でもしようかな」
立ち上がって少しだけ窓を開けた。今日は陽気が良い、あたたかくて心地良い風が入ってくる。
あたしは椅子を持って窓際に座った。しばらくすると、窓際があまりにも心地よすぎて睡魔に襲われる。これは寝落ちしちゃうな……そう思い、ちょっとした好奇心からあたしは霧島さんにバレないよう外へ出て、敷地内を少しだけ探索することにした。
それにしても、隅々まで綺麗に整備されてる庭だなあ。大きな池には優雅に泳いでいる鯉達。九条家は洋風の大きな家ではなく、がっつり和風の大きな家。
ぶっちゃけ、“日本を統一している超有名な極道一家です”的な雰囲気がものすごく漂ってる。分かるかな? そういう雰囲気。とにかく異次元、とにかく規格外。何百、いや、何千坪あるんだろう、ここは。
少し奥へ行くとカラフルなツツジがたくさん咲いていて、それを眺めてる女の人がいた。あたしの気配に気づいたのかゆっくりと振り向く。振り向いた女の人はとても綺麗な人で息を呑んだ。どことなく、誰かに似ているような──。ぽわぁん~っと頭の中に浮かんだのは九条。
・・・うん、九条とどことなく似てる。ということは……ということは……? くっ、九条のお母さん!?
「あら、可愛らしいお嬢さんね?」
「あっ、あのっ、すみません! お邪魔してます!」
狂ったように何度も何度も頭を下げた。
「ふふっ、面白い子ね。あなたは……柊弥のお友達かしら?」
「いやっ、お友達と言いますか。申し遅れました、九条様のサーバントっ」
「あなたが七瀬舞ちゃんね!?」
グイグイと食い気味で近寄ってきた九条のお母さんに、若干後退りをしながら引いてるあたし。
「あ、はい……七瀬舞です。よろしくお願いいたします」
「へぇ~。柊弥が随分と気に入っているみたいだったから、どんな女の子なのかな~って気になってたの!」
ごめんなさい、期待外れでしたよね? ごめんなさい、こんなしょーもない女で。土下座でも何でもしますから、どうかお許してください。
明らかに表情が強張ってるあたしを見て、なぜかシュンッと落ち込んでる九条のお母さん。
「ごめんなさいね? あの子が何かに執着することなんて一度も無かったから、母親としてはちょっと嬉しかったりしてたの。あなたからしてみれば、とっても迷惑な話よね」
はい、迷惑です。なーんて言えないよなぁ……。
「いえ、そんなことは」
今、自分にできる精一杯の笑みを浮かべてみた。
「あなた、嘘が下手ね。でも、決して悪いことじゃないのよ? 顔に出やすいって良し悪しだけど私は嫌いじゃないわ」
「ははは……ありがとうございます」
「ねえ、舞ちゃん」
「あ、はい」
「少し私に付き合ってくれない?」
「は、はい」
九条のお母さんについて行くと、ちょっとした建物に連れて来られた。
「茶室よ」
「は、はあ……」
茶をする為だけの建物ということですか……。ていうか、お茶の礼儀作法とか全く知らないんだけど、どうすればいいわけ!?
「ふふっ、大丈夫よ? そんな身構えなくても。リラックス、リラックス~」
「ははは」
九条のお母さんが茶をたてている間、自分の中にある茶の知識を開示してみた。