一難去ってまた一難④
でも、何となく機嫌が悪そうなのは伝わってくる。
「別に普通でしょ」
「どうだかな」
「仮に霧島さんと仲が良かったとして、それが何か問題でも? 九条様には関係のないことかと」
「お前、ド庶民で貧乏人の分際でやらしいよな」
「……は?」
「地味にモテるのやめてくんね?」
・・・いや、全く意味が分からん。モテる……? はい? モテるの“モ”の字もないですけど。何ですか、これ。新手のイジメか何かですか?
「はは。仰っている意味がよく分かりません」
「霧島も妙にお前の話ばっかするし、蓮だってそうだ。学園の連中も『意外と可愛くね?』とか言ってるらしいしよ」
「は、はあ……」
「……他の男は良くて、俺はダメなのかよ」
いや、なにが? 拗ねたような声でゴニョゴニョと喋ってる九条。
「あの、質問の意図がさっぱり分かりませんけど」
「……お前、他の奴とは楽しそうに喋るのに、俺には死んだ魚みてぇな目しかしねぇじゃん。挙げ句、俺が触ろうとしたら『触んないで!!』だろ?」
「いや、あれは……」
“臭いかもしれないから近寄ってほしくなかった”……なーんて言いたくないなぁ。でも、言わなきゃ永遠にネチネチグチグチと言われるのかぁ……いや、無理ダルい。
「あれはごめんって……。そのぉ、ちょっとした乙女心ってヤツなので察してくれると助かります」
「は? なんだそれ、くだらねえ。そうやって言っとけば、俺が納得するともでも思ってんの?」
納得するわけがないわな、うん。分かってるよ、そんなことは。
「はぁぁー。お風呂入ってなかったから気になるでしょ」
「あ? なにが?」
「……匂いとか」
「は?」
「だから、お風呂入ってなかったから匂いとか気にするでしょ? 普通!!」
「なんっだそれ、そんなことかよ。マジでくだらねえじゃん」
ムクッと起き上がった九条は、呆れたような顔をしてあたしを見ている。
「……あんた、絶対モテないでしょ。死ぬほどモテないでしょ。信じらんないわ」
「こっちが信じらんねぇわ。そんなことで『触んないで!!』とかデケェ声で言う? 普通」
呆れてるけど、どこか安心したような表情を浮かべてる九条が、本当に意味が分かんない。
「はいはい、ごめんなさいね? 大声出しちゃってー」
「ったく、マジでうぜーな」
その言葉、そのままそっくりお返しするわ!
「ははは。それはお互い様ですー」
あたしは冷えピタを手に取り、ベシッ!! と九条の額に張り付けた。
「おまっ」
氷枕を枕の上に置いて、九条のご尊顔をガシッと鷲掴みにしてそのまま氷枕に押し付けた。
「……お前、マジで死にてぇの?」
「あら、すみません。うちではこれが普通なんですよ。言うことを聞かない生意気な弟にはこうしてます」
「へぇー」
「ちょっ……!?」
腕を掴まれて、あれよこれよという間に体を絡み取られて、そのまま布団の中に引きずり込まれた。
── あの、この距離感バグ男なんとかなりませんかね?
「あの、離してもらえます?」
「この俺様の布団に入れるなんて光栄だと思えよな~。入りたくても入れるもんじゃねえんだしぃ~」
「入りたくなくても、入らされるこっちの身にもなってくれないかしら。1ミリも光栄だなんて思えないんですけど」
「ハッ。お前みたいな女子力の欠片もないようなド庶民の貧乏人には俺という存在の価値が理解できないらしい」
「理解したくもないわ」
ていうか、いい加減離してくれないだろうか。看病に来ただけなのに、なんであたしは病人に布団の中で抱きしめられているんだろう。しかも無駄に長い脚であたしの脚をロックしてやがる……。
「あの、九条様っ」
「お前しばらく布団の中にいろ」
「はあ? お断りっ」
「寒ぃんだよ、湯タンポになれ」
「だったら湯タンポで宜しいかと」
コンコンッ。
ノック音がして霧島さんの存在を思い出した。そういえば、飲み物を買って来るように頼んでたんだった。
ヤバいのでは……? こんなところを見られたら非常にヤバいのでは……!? ふたりで布団の中に潜ってるなんて、どう考えても怪しすぎるじゃん!
「九条っ、九条ってば! 霧島さん、霧島さんがっ!」
「失礼いたします」
ガチャッとドアが開く音が聞こえた。
・・・ああ、終わった。
「霧島、それ以上近づいたら殺す」
「はい。……はい?」
「飲み物置いてさっさと出てけ」
「え、あ、はい。……えっと、七瀬様は?」
「便所じゃね~?」
「そうですか。では、失礼いたします」
な、なんとかギリギリセーフ……なのかな? 多分、バレてないと思うけど……多分ね?
「……薬、飲まないとですよー」
「俺、口移しじゃねぇと薬飲まないよ?」
「は?」
九条の胸元に埋まってた顔を上げると、ニヤニヤしているクズ条と目が合った。
「飲ませろよ、薬」
「冗談はその性格だけにしてください」
「お前、本当に女?」
「逆に聞きますけど、あたしが男に見えます?」
「俺と合法的にキスできるなんて、普通の女なら喜ぶっしょ。お前おかしいんじゃねぇの?」
「はあ、あたしは悪寒しかしませんけどね」
あたしがそう言うと、九条のニヤけ面が真顔になったと思ったら、ポイッと捨てるようにベッドから突き落とされたあたし。
「いっったぁぁ!!」
床にベチャッと這いつくばってるあたしに、“さっさと薬寄越せよ”と言わんばかりの顔で見てる九条。本っ当にうざい!
立ち上がって薬と飲み物を手に取り、投げ付ける勢いで九条に渡した。いや、もはや投げた。
「ちっ。お前、誰に向かって物投げてんだよ!」
「取ってもらっただけ有り難いと思え! さっさとそれ飲んで寝ろ!」
ドスンッとソファーに座って九条から顔を逸らした。これ以上イライラさせられたら、本当に手が出かねない。あたしをイライラさせるのがお得意天才児は、大きなため息を吐いて薬を飲むと寝っ転がった。
「お前がいるとイライラして熱が上がるわ。さっさと帰れ、じゃーな」
「……あぁそうですか。では、失礼いたします」
ソファーから立ち上がって、チラッと九条を見てみたけど、あたしに背を向けてるから何も見えない。ま、帰れって言われてるし、特にしてあげれることもないから天馬に戻ろ。部屋から出て、長い廊下を歩き玄関に向かう。
靴を履いて、ドアに手をかけた時だった──。
「七瀬様!!」
「あ、霧島さん。お邪魔しまっ」
「どちらへ!?」
「……どちらへって、天馬へ戻ろうかと」
「七瀬様、一生のお願いです。柊弥様の体調が良くなるまで、どうかこの屋敷に留まってはくれませんか?」
イコール“泊まってくれ”ということ? ……いや、いやいやいや! 無理無理! 絶っ対にムリ!! 九条の家に泊まるなんて危険すぎるし、なにより嫌すぎる。
「いや、霧島さん。さすがに年頃の男女が一つ屋根の下っていうのは如何なものかと。それにうちの両親がそんなこと許さっ」
「既に許可は取ってあります。快く承諾していただきました。着替えも準備してありますので」
ニコッと微笑んでいる霧島さんから、“泊まれよ、泊まらないという選択肢なんて貴様にはこれっぽっちもねえぞ? ”という、ただならぬプレッシャーをひしひしと感じる。
「……は、はい」
・・・あぁもうっ! なんなの!? こんなの、一難去ってまた一難すぎるでしょ!!
「面白い!」や「いいじゃん!」など思った方は、『ブックマーク』や『評価』などしてくださると、とても嬉しいです。ぜひ応援よろしくお願いします!!