一難去ってまた一難①
── あれから1週間、ようやく動けるまで回復したあたし。だけど思ったよりも状態が芳しくなかったらしく、あと数日入院生活を送ることになった。
そして、なぜかこの1週間あたしと同じ病室に入り浸っている九条。24時間常に一緒、ぶっちゃけ気が狂いそうです。
あのクズでもさすがにあたしの着替えとか、お風呂に入れないあたしの体を看護師さんが拭いてくれてる時とかは、どっかに消えてくれてたけどね。そのままどっか行ってくれって感じだったけど。
「七瀬さん、明日シャワー浴びれそうなら浴びちゃってもいいよ~」
「本当ですか!?」
「補助が欲しいなら私が手伝うから遠慮なく言ってね~」
「ありがとうございます!」
ようやく、ようやくシャワー浴びれるぅ。この1週間、お母さん達の面会は許可してたけど、それ以外の人達には遠慮してもらってた。胡桃ちゃんや純君、蓮様や前田先輩、そして我が家の誰かが話したのか拓人までお見舞いにって言ってくれたけど、そのお見舞いに行きたいって思ってくれる気持ちだけで十分だし、本当に嬉しかった。
そもそもさすがにキツいじゃん? だって、だってさ……どう考えても汗とかね……1週間も放置しちゃってるし、においとかね、気にしちゃうお年頃じゃん? だから誰にも会いたくないのに……会いたくないのにっ!!
「お、診察終わった~? 生まれたての子馬ちゃ~ん」
プルプルガクガクしながら歩いてるあたしを見て、ゲラゲラ笑ってるクズ条。
「ちっ。あんたさ、なんでずっとここにいるわけ? 鬱陶しいんだけど」
「あ? だぁれのおかげでこの“特別室”にいられると思ってるわけ? 礼を言ってほしいくらいなんだけどね~」
・・・たしかにこの部屋は凄い、もはや高級ホテルと言っても過言ではない。でも、別に頼んでもないし!!
「""特別室""がいいなんて一言も言った覚えっ」
「払えんの?」
「え?」
「""入院費""……払えんの?」
── やっっばぁぁい。
「あ、あの……ちなみにおいくら万円で?」
「ここ10万」
じゅっ、10万!?
「1週間、部屋代だけで10万っ」
「はあ~? お前なに言ってんの?」
「え?」
「ここ、""1日""で10万な?」
「……へ?」
「ま、ド庶民が使う病室でも1日あたり1万くらいすんじゃない? この病院。最低でも7万は部屋代で飛ぶっつーこと。ちなみにここ、大部屋っつーもんはないからね~」
最低でも7万……。
「別にお前が払えるっつーなら、ド庶民が使う部屋にブチ込んでやっても良かったんだけどさー。どうせ払えないだろうから、優しいこの俺様が""特別""にここを用意してやったんだけど、なんか言うことねえの?」
「……アリガトウゴザイマス」
「フッ、よろしい」
勝ち誇った顔をしてる九条が憎たらしくて仕方ない。
「つーか、お前」
なんの前触れもなく、相変わらずの距離感バグで近寄ってきた九条。
「来ないで!!」
思わず大きな声を出して、九条を突っぱねてしまった。九条はビクともせず、押した張本人であるあたしがよろけて尻餅をついた。
「お前なんだよ急に、びっくりしたぁ……ったく、なぁにしてんだか。ほれ、立てるか?」
あたしに両手を伸ばして、抱えようとしてくる九条。
「触んないでっ!!」
「……は? さっきから何なの、お前」
呆れてるっていうか、若干怒ってるっていうか……そんな九条と目も合わせたくなくて、ただうつ向いた。
「ひとりで立てるから……」
「んな無理すんなって~」
「無理なんてしてない」
「普通に痛ぇんだろ? だったらっ」
「だから!! 別に大丈夫だっ」
「おい、お前。いい加減にしとけよ」
九条の低い声に体が少しビクッと反応する。
「俺に触られんのがそんなにも嫌なのかよ。蓮だったらいいわけ? 上杉だったらいいわけ? あの幼なじみだったらいいのかよ」
そう言い捨てて荒々しく部屋から出ていった。
いや、そうじゃない。ただ汚いから触れてほしくなかっただけ。臭いとか思われたくないじゃん? 乙女心ってやつじゃん。なんで分かってくんないの? ま、綺麗でも触れてほしくはないけどさ。
あたしは床に座り込んだまま、その場にうずくまっていた。すると、ひょこっと律が顔を覗き込んできて不思議そうな顔をしていた。
「なにしてんの、舞」
「別に。立ち上がれないから手伝って」
律に持ち上げてもらってベッドに腰かけた。
「あ、さっき九条さんとすれ違ったよ」
「……そっか」
「はい、これ。舞の好きないちご」
「はぁぁ。だからさぁ、来るたびにフルーツ買って来るのやめないよ。もったいない……」
「まぁ、いいじゃん。俺の小遣いなんだし」
いちごを洗ってあたしに差し出してきた律。
「ありがとう」
「いやぁ~、人の不幸を見ながら食べるいちごは格別ですな」
あたしに差し出してきたいちごを次々と頬張っていく律。
お前、マジで何しに来たのよ。結局、ほぼ律が食べて終わった。まあ、律のお金だからいいんだけどね?
「九条さんと喧嘩でもした?」
「……別に」
「へえー。ま、興味もないしどうでもいいけど」
じゃあ聞くなよ。
「もう帰る」
「ああ、うん。ありがとね」
・・・いや、ありがとうってなに? お礼を言わなきゃいけないほど律は何かをしただろうか……。いちご食べに来ただけじゃん。あたしの不幸をおかずに白米を食べに来たみたいなもんじゃん。
「あ、拓人君が『舞に会いたぁい』って嘆いてたよ」
「なにそれ、気持ち悪い」
「はは。そう伝えておくねー」
「いや、ちょっ……!!」
律は足早に病室を出ていった。
「……あぁもう、寝よ」
── 結局、その日から九条がこの病室を訪れることはなかった。
「七瀬さん、お疲れ様でした」
「舞ちゃん、退院おめでとう」
「七瀬さん、本当にありがとう」
「舞ちゃん……っ、舞ちゃんごめんねっ」
「前田先輩、蓮様……わざわざありがとうございます。純君、胡桃ちゃん……余計な心配かけちゃってごめんね? ほら、もうあたしはバリバリ元気だから」
こうしてあたしは約2週間の入院を経て、無事退院を迎えた。
「……あの、九条様は?」
「ああ、うん。最近柊弥のやつ機嫌悪くってさ。ごめんね?」
「いえ、そんな……蓮様が謝ることではありません」
「七瀬さん、ちょっとよろしいですか?」
「え、あ、はい」
前田先輩に呼ばれて病室を出た。
「佐伯拓人……という男性はご存知でしょうか?」
「え? 拓人? あ、はい。あたしの幼なじみです」
「今外で待っていますよ。おそらく病室へ入れさせてもらえなかったんでしょうね」
「は、はあ……」
なんでだろう? 病室に入れないって……どういうこと?
「九条様も蓮様も今、彼がいるということは知りません。面倒なことになる前に少し会って話してきたらどうですか? 私が時間を稼ぎますので」
「……? わ、分かりました」
「ちなみにあの方は、ただの幼なじみでご友人……という解釈でよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
「なら、行ってください」
あたしは前田先輩に頭を下げて、拓人のもとへ向かった。
「拓人」
あたしがそう呼ぶと、バッと勢い良く振り向いてあたしを見るなりダッシュしてきたと思ったら……思いっきり抱きしめられた。
「いっったぁぁいっ!!」
「あ、ごめんごめん!! マジでごめん!!」
テンパってジタバタしている拓人。その姿が面白くて面白くて、大笑い……したいけど、まだ痛むからクスクス笑った。