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滅茶苦茶④

 


 ── 手があたたかい。


 徐々に意識がはっきりしてきて、全身が何かに押し潰されているかのように重く、何よりそこらじゅうが痛すぎて死にそう。


 開きづらい目蓋をゆっくりと開けて、視界に入ったのは天井と点滴だった。この手の温もりの正体を知りたい、知りたいけど……いっったぁぁい!! ちょっとでも首を動かそうもんなら激痛が走る。今まで人生でこんなにも強烈な痛みを感じたことはない。


 あたし、筋肉痛で死ぬの……? 


 いや、それは笑えない、マジで笑えない。ていうか、全身が死ぬほど痛すぎて涙がちょちょぎれる。高校生にもなって筋肉痛で泣くとか恥ずかしすぎて黒歴史確定演出なんですけど。


 でもさ? 疲労骨折とかしてないだけ凄くない? いや、疲労骨折してる可能性は大なんだけど、おそらくしてない気がするのよ。こんな頑丈な体に産んで、育ててくれたお母さんとお父さんには感謝だな。お金じゃ決して手に入れられない鋼の肉体を持ったよ、あなた達の娘は。


 ── あたしの走ってる姿を見て、九条はどう思ったのかな。ま、所詮はド庶民のサーバントだし何とも思わないか。


「……うぅっ、痛いぃぃ」


 とにかく、あたしの手を優しく握ってくれてる人の正体を知りたい。大きくてゴツゴツした手、この手のおかげで安心してぐっすり眠れていたような気がする。


「いっ、いぃぃたたたたたぁぁ……」


 死に物狂いで首を動かして、手を握られているほうへ顔を向向いた。


 え? あたしの手を握り、ベッドに顔を伏せて寝ていたのは意外すぎる人物、九条だった。あまりの衝撃的事実にあたしは目を見開いて九条をガン見することしかできない。


 ・・・あの、あの九条が……!? あの九条があたしの手を握って、添い寝(? )しているだとぉぉ!? 信じらんない。そんなことをするような男ではないはず。これは……“地球滅亡の危機”!!


 あの九条がこんなことをするなんて、この世の終わりが来るに決まってる! さあ、みんな逃げろ! どこかへ! って、んなバカな。落ち着きなさいよ、あたし。


「……なによ。柄にもないことしちゃって、馬鹿じゃないの?」


 そんなことを言いながら、あたしの顔はきっと緩んでるんだろうな……きしょ。


 すると、ムクッと顔を上げて目を開けた九条とバチッ! と目が合った──。


「……」

「……」


 ただ見つめ合って沈黙がつづく……と思ったら、勢い良くあたしの手をポイッ! と捨てるように離した九条。もちろん体に死ぬほど激痛が走るあたし。


「んんぎぃぃいっったぁぁい!!」


 あたしの叫び声は、言うまでもなく院内に響き渡る。そして、あまりの激痛に耐えきれずチーンッと気絶した。


「── おーい、おーい。生きてるかぁ?」


 キシテル? シンデル?


「七瀬様、七瀬様……」


 うっすら目を開けると、あたしを覗き込んでる九条と霧島さんが見えた。


「お、生きてんね。ははっ、死んだかと思ったわ~」

「柊弥様、いい加減にしてください。七瀬様、本当に申し訳ございません」


 悪びれる様子が一切ないドクズ御曹司と、めちゃくちゃ申し訳なさそうにしている霧島さん。


「霧島さん」

「はい、何でしょうか?」

「こいつを殺してください、それであたしは報われます」

「ははっ。なぁに言ってんだよ、大袈裟なやつ~」


 今すぐにでも殴ってやりたい。でも、ちょっとでも体を動かそうもんなら激痛で悶えることになる。


「霧島さん、せめてこいつを車で引きずり回してください」

「……では、失礼いたしました」


 ばつが悪そうな顔をしながらスッと消えた霧島さん。


 ・・・おぉぉい! 逃げんな、霧島ぁぁ!


「つーかさ」


 椅子に座って脚を組み、あたしをジッと見てくる九条。……多分、なんで胡桃ちゃんを背負って走ることになったんだとか、そういう理由を聞かれるに違いない。


「お前、滅茶苦茶すぎんだろ。馬鹿じゃねぇの?」

「……は?」

「マジでありえねえ。ほーんと信じらんねぇわ、アホくさ」


 ・・なにそれ。それが頑張ったサーバントに向かって言うセリフ? そりゃ九条の為に頑張ったわけでもないし? 別に褒められる筋合いもないけど……ないけどさ。さすがにその言葉はキツい。


「……っ、ああそう。もうっ」

「なんで俺に助けを求めなかったわけ?」

「へ?」


 真剣な表情で、怒っているわけでもなければおちゃらけている様子もない。


「ありえねぇだろ、女が女を背負って走るとか。どう考えても無謀すぎ。滅茶苦茶だっつってんの」

「あれは、あたしがあの子にっ」

「『あの子に怪我をさせちゃったから、その責任を……』だろ? そんな嘘、俺に通用するとでも思うか?」

「いや、嘘っていうか……」

「背負ってた女とそのマスターに事情は聞いた。だから、なんで俺に助けを求めなかったって聞いてんだよ」


 あたしから目を逸らすことなく、あたしの瞳を捉えて離そうとしない。必然的に目を逸らすことができなくなる。


 助けを求めなかったんじゃない。助けを求めるっていう選択肢があたしの中になかっただけ。それに、あの状況で助けを求めたとして、それが正解で正しい判断だったと言えるのかな? “結局は九条のおかげ”……その言葉がずっと纏わり付いてくる。そんなのあたしは嫌、絶対に嫌だ。


「お前は俺のサーバントで、俺はお前のマスターだろ。頼れよ、少しくらい。こんなボロボロになってさ、馬っ鹿じゃねえの?」

「……少しくらい褒めなさいよ」

「あ?」

「少しくらい労りの言葉ってもんがあってもいいんじゃないでしょうか? と言っているんですー。いつもみたいに偉そうに『ま、俺のサーバントだからな。こんくらいできて当たり前だろ?』とか『まぁまぁ頑張ったんじゃねーの?』とか何とかあんでしょ、普通は~」


 ふざけたようにそう言うと、おもむろに立ち上がった九条があたしに向かって手を伸ばしてきた。頬にピタリと大きな手が添えられる。目を細めながら、あたしの顔を覗き込んできた。


 ・・・え、ちょちょちょちょっ!! これはさすがに少女漫画チックな展開あんじゃないの!? 求めてないけど!


「……っ、あ、あっ、あの!」


 体は痛すぎて動かせないし、どうしたらいいの!?


「あんな姿見せられたらさ、ますます手離せなくなんだろ。もう逃がしてやんねぇから」


 ゆっくり近づいてくる九条の無駄に整ったご尊顔。


「ちょっ、ちょっと! 待って!」


 目をギュッと瞑って、唇に来るであろう衝撃に備えた。あたしのファーストキス……あたしのファーストキスが、こんな俺様御曹司に奪われちゃうのぉぉ!?


 ん? ん? ん??


 何も、何も唇に触れない。ゆっくり目蓋を上げると、ニヤニヤしてる九条が視界に入った。


「お前、なに期待してんの?」

「はっ、はあぁん!? べっ、別に期待なんかしてませんけどぉ!?」

「ふーん? ま、何でもいいけど~」


 そう言ってあたしから離れると、ポケットに手を突っ込んで見下ろしてくる九条。


「お前みたいなバカ頑丈なおもちゃはそうそういない。俺の為に、俺だけの為に、馬車馬のように働け」


 不敵な笑みを浮かべながらクズ発言をするお坊っちゃま。


「……っ、あんたねえっ」

「お前ならそう簡単には壊れないっしょ」

「は? なにを言ってっ」

「壊れんなよ」

「……? なによそれ、どういう意味?」


 意味深な表情をしながら、あたしに背を向けて歩き始めた九条。


「お前は俺のモンでしょ? だから、俺の許可なく勝手に壊れんなってこと」


 いや、マジで意味分かんないんですけど。そして、九条はどこかへ行ってしまった。


「……暇潰しの“おもちゃ”は馬車馬のように働いて、勝手に体調を崩すなよってこと……?」


 ── はあ? 滅茶苦茶なのはあんたでしょうがぁぁ!!

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