滅茶苦茶③ 九条視点
スマホをいじりながら時々七瀬を見て、そんなことを繰り返していたらあっという間に日が暮れた。コンコンッとドアをノックされ、顔を覗かせたのは霧島。
「柊弥様、お食事はどうなされますか?」
「いや、いらん」
「ですが……」
「腹減ってねぇし、腹減ったら適当に買って食うから問題ない」
「承知いたしました。あの、七瀬様のご様子は?」
「変わらず~。さっき点滴交換されてたな」
「そうですか。柊弥様もしっかりお休みになってくださいね」
「へいへい」
霧島が出ていった後シャワーを浴びてベッドへ戻ると、七瀬が少し苦しそうにしていた。
「大丈夫か?」
俺がそう声をかけると、涙が目尻からこめかみへ伝う。
「なに泣いてんだよ、お前」
こいつも涙を流すような人間だったんだな。できればもう二度と七瀬の涙は見たくない、そう思った。こいつの涙は俺までツラくなる。椅子に座り、七瀬の頬に優しく手を添えて壊れ物を扱うように涙を拭った。
「── で」
七瀬が掠れた声で何か言ってる、俺は七瀬の口元に耳を傾けた。
『どこにも行かないで』
完全に寝言だろうけど、この言葉は一体誰に向かって言ってんだろうな。ま、俺じゃないことは明白だな。俺にこんなことを言うタイプの女じゃねぇし。
モヤモヤが胸の奥につっかえて、『どこにも行かないで』の言葉が他の男へ向けられた言葉だと思うと、腹立つはモヤモヤが募っていくはで最悪。
でもまあ、ここにいるのは俺だけだしな。他の男のことなんて考えんなよ……俺だけ見てればいいだろ、お前は。
「俺がここにいんだろ。どこにも行かねぇし、ずっとお前の傍にいてやる」
七瀬の手を優しく握ると、安心したようにスースー寝息を立て始めた。そんな七瀬を見て妙に胸がドキドキする。バクンッバクンッ……と脈打つ鼓動。── “愛おしい”、この言葉が脳裏を過る。
・・・いや、愛おしいってそもそもなんだ? 大事? 可愛い? かわいそうで気の毒? うん、さっぱり分からん。何かを愛でたりしたことねぇし、猫だの犬だの見ても“愛おしい”なーんて思ったこともねぇしな。
愛おしい……愛おしい……ねえ。でも、まあ……あれじゃね? こいつは俺の"大事"な最高のおもちゃ……に格が上がったっつーことじゃね? 多分。愛おしいってそういうことだろ? おそらく。
だいたいこんな滅茶苦茶な女、他を探してもそうそういないっしょ。俺のおもちゃとして、俺のサーバントとして悪くはないし、もはや適正あんだろとすら思う。やっぱこいつしかいねぇわって思い知らされた……そして、確信を得た。
絶対に逃がしたくねえ、こいつだけは。
他のモンなんてどうだっていい、なんだってくれてやるよ。でも、こいつだけは何がなんでも譲らねぇし、奪わせねえ──。
七瀬舞、俺に出会えてよかった、俺のサーバントでよかったって死ぬほどそう思わせてやるよ。後悔なんてさせねえ……だから俺から離れんな、俺の傍にいろ。お前は、俺だけを見ていればいい。
「ハッ、なぁに言ってんだか」
柄でもねえ、アホらしい……そう思いながらも七瀬のほっそい指を撫でて、なぞって、『綺麗な手ぇしてんなぁー』なんて思ったりして、そっと優しく手を握る。
── 俺は七瀬の手を握りなら、いつの間にか眠りに就いていた。