体力テスト⑥
再びあたしへ襲いかかろうとする女を取り巻きが必死に止めていた。正直こんな茶番劇どうでもいいから、さっさと先へ行かせてくんないかな。こんなのに付き合ってる暇ないんだけど。やりたきゃ他所でやってろよ、くだらない。
「あの、前田先輩。すみません、もういいですか?」
「行きなさい」
「ありがとうございます」
前田先輩に頭を下げて、あたしは再び走り始めた。
「ごめんね、胡桃ちゃん」
「……っ、なんで、どうして舞ちゃんが謝るの? 私のせいで、私のせいなのにっ」
「あたしが九条のサーバントだから、必要以上に絡んで来たんだと思う。胡桃ちゃんに嫌な思いさせちゃってごめんね。紐、痛くない? もうちょい我慢してね」
「舞ちゃん……」
「ん?」
「舞ちゃんがね、いい人すぎて胸が痛いよ……」
「ははっ、なにそれ。でも……ありがとう。絶対に2人でゴールしようね」
「……っ、うん!」
あの絡みで足を止めてしまったせいで、体が鉛のように重くなってしまった。時間もロスしちゃったしあんの女共、これでゴールできなかったら一生恨んでやる。
とはいえ、足を止めてしまったのは完全にあたしのミスでもある。別にスルーしようと思えばできたし……というか、スルーすればよかっただけの話だったのに、胡桃ちゃんのことを悪く言われて癪に障った。
そもそも九条のサーバントってだけで意味嫌われるあたしに原因があったわけで、それに胡桃ちゃんを巻き込んでしまったのが申し訳なくて、単純に責任を感じた。
今のあたしは、ゴールができなかった時の言い訳を必死に探してるみたいで、そんな自分にも嫌気が差す。あーもう! なんだっていい。もう全っ部あたしのせいってことにしとけ。
── 次々とゴールしていくサーバント達。それが地味にあたしの精神を抉り取っていく。
まあでも、日頃走り込んでいる……もしくはこの為に鍛えてきたんだろうし、ゴールしてっても何ら不思議ではないから焦るな。あたしだって何もなきゃ今頃ゴールしてただろうし。
今35分か……焦る気持ちを抑えてペースを上げた。
胡桃ちゃんが重いわけでは決してない……なのに、すんごく重く感じる。全身が悲鳴を上げて、あちこち痛すぎてもうどこが痛いのかもよく分からない。感覚がどんどん麻痺していく。
限界なんてとっくに越えて、今こうして走れていることが奇跡と言っても過言ではない。もはや、立ってられるだけでも奇跡だよ、これ。
「ハァッハァッハァッハァッ……」
あぁヤバいな……呼吸が、酸素が上手く取り込めない。呼吸の仕方を忘れたみたいに息ができなくて苦しい。吸って、吐く……この当たり前で単純な行為でさえ、やり方が分からなくなってしまうほど、あたしの体も思考も機能しなくなっていた。
「舞ちゃん……っ、舞ちゃんっ! もういいよっ! このままじゃ舞ちゃんがっ」
「ハァッハァッ……諦めないで、あたしを……っ、信じて」
「舞ちゃん! これ以上は危ないよっ……!」
『危ないよ』……か。まあ、ぶっちゃけ""それな""。
体の感覚が徐々に失われていく、視界も霞んできた。でも……それでもあたしは絶対に諦めない、諦めたくない。これはもう、あたしだけの勝負じゃないから──。
「残り1分」
アナウンスの声が歪んで聞こえる。リアルに死ぬかもしんないわ、これ。あーー、どうせ死ぬなら絶っっ対にゴールの向こう側で死にたい!! 謎のプライド、いや、謎のド根性でラストスパートを駆けた。
もう感覚も無ければ視界もボヤけて何も見えない。でも、この先にゴールはある。それだけはハッキリと分かる。
「ハァッハァッハァッ……っ!!」
── 届けっ!!!!
ピーーッ! 終了のホイッスルが鳴った。
あたしは、あたし達はゴールできたのかな……? どうなったんだろ、もう分かんないや。
「舞ちゃんっ、舞ちゃんスゴいよ! 本当にゴールしちゃうんだもん……ありがとう、ありがとね……っ、舞ちゃん」
ああ、よかったぁぁ……と安堵すると同時に体が砕け散りそうで、一刻も早く胡桃ちゃんを降ろさないとヤバいとしか考えられなかった。
「ハァッハァッ……胡桃ちゃんごめん、降りれる?」
「あっ、うん!!」
紐をほどいて胡桃ちゃんが降りた瞬間、フワッと前へ倒れ込んだ。妙にスローモーションになって、脳裏に浮かんできたのはなぜか九条だった。こんだけ頑張ったサーバントを褒めないマスターはいないでしょ、多分。
『根性なし』『期待ハズレ』……なんてもう絶っ対に言わせないから。
ていうか、このまま地面に倒れ込んだら顔面強打は免れない。でも、もう受け身を取る力すら1ミリも残っていない。頼む、あたしの顔面崩壊が軽く済みますように──。この可もなく不可もなく的な顔に大きな傷なんて作ったら、それこそ本当に貰い手がいなくなっちゃう……あ、でも拓人なら“気にしないけど”とか言いそう。
九条は……どうだろう。“いらない”って言うのかな……? 少しだけ、ほんの少しだけズキッと胸が痛んだ。
「舞ちゃんっ!!!!」
胡桃ちゃんの叫び声と共にあたしは意識を失った──。