体力テスト④
はっ、なにそれアホくさ。あたしは倒れてる女子に話しかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
「……っ、体がっ、痺れて……動かないのっ」
大粒の涙を流して、焦っているのか呼吸がかなり乱れている。
「大丈夫、落ち着いて。ゆっくり、ゆっくり息を吸って吐いて。今、救急班呼んでっ」
「胡桃!!」
「純……君っ……」
あたしを突き飛ばす勢いで割り込んできた男。どうやら純君とやらは、この胡桃って子のマスターらしい。
「あいつらがニヤニヤしてから、胡桃に何かをしたってすぐに分かった。ごめん、ごめんね……胡桃。僕のせいで、僕が君をサーバントにしたいなんて言わなければこんなにことには」
「純君……っ、私が純君の傍にいたかったから……だからっ、サーバントになりたいってっ、頑張りたいって思ったの。ごめんなさい、純君……っ、もう純君の隣にはいられないっ」
「……っ、胡桃ごめん、ごめん!」
・・・ちっ。なんだこれ、胸くそ悪すぎでしょ。あたしは休憩所を飛び出して走った。
「ちょっとあんた達」
あたしがそう呼びかけると、振り向いた女達はさっきのニヤニヤ連中。
「あら、何の用かしら?」
「そんなこと言わなくても分かってんでしょ」
「さあ? 何のことだかサッパリ」
「とぼけんな。あの子に何をしたの」
「……ふふ、ちょっとした痺れ薬よ。人体に影響はないわ。2~3時間もすれば元通りよ?」
「は? ふざけてんの? あんた達なにをしたかっ」
「痺れ薬を使うな……なぁんてルールは無いもの。何だってアリなの。それに一般庶民の分際で私達に話しかけて来ないでくださる? 穢らわしい」
たしかにルールはない、さっきの競技を思い返してみれば、何人か不自然にリタイアしている。殺さなければ何でもあり……そういうこと?
「あなたも気をつけることね」
そう言い残して去っていった。
「はぁーあ、天馬学園……つくづく気に入らないな」
休憩所に戻ると2人とも泣きじゃくっていた。さて、どうしようか。ルールはない、何でもあり……ね。おそらくこの2人、同学年だろう。
「あの、めっちゃくちゃ失礼なこと聞くけどいい? 胡桃ちゃんって学力のほうどう? ヤバい感じなの?」
「「……え?」」
いきなり不躾なことを聞くあたしに、2人とも涙が引っ込んで驚いてる。
「学力のほうが問題なければ、この体力テストの結果が多少悪くても問題ないんじゃないかな?」
「……私ね、サーバント試験の学力テストが最下位だったの。だから、この体力テストを落とすわけにはいかなかったの」
「僕が胡桃と離れたくなくて、僕の我儘で危険な目に遇わせてしまった」
「なるほどね」
・・・あたしだってこれを落とすわけにはいかない。でも、あたしの落としたくない理由なんてある意味不純だ。見返したいが為に頑張ってる。でも、胡桃ちゃんは違う。ただ純粋に、大切な人の傍にいたくて頑張ってる。その為にきっとたくさんの努力をしてきたと思う。それを、あんな連中に一瞬で奪われてさ……納得できるわけがないでしょ。
ぶっちゃけあたしには関係ないよ? 赤の他人だし、そもそも今出会ったばっかだし? でも、でもさ……こんなの間違ってる。絶対に間違ってるでしょ。
「純君。長くて、できるだけ幅のある太い紐を探して持って来て」
「え?」
「いいからさっさと動く!!」
「えっ、あっ、は、はい!!」
純君は慌てて休憩所から出ていった。
「あ、あの……」
「あたしは七瀬舞」
「舞……ちゃん、あの……」
「あたし、胡桃ちゃんをおぶって持久走やる」
「えぇっ!?」
「あんな卑怯な手を使って、理不尽に落とされるなんて納得いかないでしょ」
「そ、そんなの無理だよ!! それに舞ちゃんがそこまでする必要がない。そんなことしたら、舞ちゃんまで不合格になっちゃうんだよ!? そんなのダメだよ! 噂で聞いてた……あの九条様のサーバントで一般家庭の出だって……そんな凄い子、後にも先にも舞ちゃんしかいないよ!? 私なんて、私の代わりなんていくらでもいるけど、舞ちゃんは唯一無二なんだよ!? 私なんかの為に人生を棒に振らないで」
胡桃ちゃんは優しい子なんだと思う。この先のことで不安でいっぱいなはずなのに、あたしのことを第一に考えてくれている。やっぱ、助けたい。助けないわけにはいかない。この子を助けないという選択肢は、あたしの中に無い。
「あたしはそんな出来た人間じゃないよ。たまたま九条の“暇潰し”に選ばれただけ。あたしはただ、目の前で起きたこの出来事を見て見ぬふりして、後になってタラレバしたくないってだけのこと。要は自分の為、胡桃ちゃん達の為じゃない。その辺勘違いしてないでくれる?」
あたしは冷たくそう言い放った。これで少しでも、胡桃ちゃんの気持ちがラクになってくれればいいんだけど……。それに、所詮はあたしのエゴでしかないんだから、あながち間違っていない。
「……ま、舞ちゃん……」
「あのっ!! この紐でいいかな!?」
純君が持ってきたのは、いい感じに幅の太い紐だった。
「純君ナイス」
あたしは純君から紐を受け取って、胡桃ちゃんをあれよこれよという間に背中に括りつけた。
「す、すごい……」
「舞ちゃんって何者……?」
「言っとくけどあたし……死ぬほど弟達をおぶってきたから!!」
胡桃ちゃんはかなり小柄。身長はこの感じだと……145㎝くらいかな? 失礼ながら推測させてもらうけど、体重は35㎏くらいな気がする。普通に考えたらめちゃくちゃ軽い。とはいえ……ぶっちゃけキツいだろうな。
── そして、あたし達は競技場へ向かった。
「あのっ、七瀬さん!!」
「ん?」
「本当にごめんね……ありがとう、僕達の為に」
別に見返りなんて求めてないし、望んではいない。でも……今のこの2人には、何かがあったほうが気がラクなのかな?
「……純君、頭良い?」
「へ? ……ああ、まぁ、ほどほど……かな?」
「そっか。なら、あたしに勉強教えて? それでチャラね。あ、胡桃ちゃんも一緒に勉強する?」
あたしがそう言うと、純君は何かを悟ったような顔をして優しく微笑んだ。
「はは……なるほどね。九条君が君を選んだ理由が何となく分かったよ」
「うん。私も」
「え?」
「七瀬さん、無理だけはしないで」
「うん」
あたしが会場へ入ると一気にザワザワし始めた。
「18番、七瀬舞。君は一体何をしているのですか?」
この声は……振り向くと、上杉先輩が眼鏡を光られてあたしを睨んでいる。
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