体力テスト③
「九条様と喧嘩でもしましたか?」
「あ、いえ別に。喧嘩というほどのものでは……」
「そうですか」
── そして連れて来られたのは、サーバントらしき人達が集められている広い会場だった。
「私はここまでです。今年は審査員 兼 監視員として七瀬さんを見守ります。頑張ってくださいね」
『頑張ってくださいね』……か。なんの為に? あたしは何の為に、誰の為に頑張らなくちゃいけないんだろう。
少しうつ向いて、何も言えないあたしの肩に優しくて温かな手がポンッと置かれた。顔を上げると、不気味なほど悪い顔をした前田先輩がいる。
「ひっ」
思わず声が漏れてしまう。
「七瀬さん」
「は、はいっ!!」
「見返すのよ」
「え?」
「悔しいでしょ。凛様にあんな言われ方をして、九条様には""暇潰しのおもちゃ""として扱われて……あなたはそれでもいいのかしら? ただの""おもちゃ""として終わるつもり?」
・・・前田先輩にそう言われて、沸々と沸き上がってくる何かがあたしを鼓舞するように全身を巡り始めた。
「外野も含めて結果で黙らせればいい。結果は裏切らないし、揺るぎはしないのだから」
真剣な眼差しであたしの瞳を捉えて離さない前田先輩。“あなたに期待している”……そう言われてるような気が。
「……たしかにあたしは貧乏でド庶民だし、教養の欠片もないような女です……でも、あいつの""暇潰しおもちゃ""で終わるのは絶っっ対に嫌! あたしのプライドが許さない。だから、見せつけてやります、必ず結果で黙らせる」
「頑張ってね、七瀬さん」
「はい」
あたしは前田先輩とハイタッチを交わして、サーバント達のもとへ向かった。周りの視線は相変わらず痛いし、こそこそと何やら言われてる。でも、正直こういうのは慣れっこ。“貧乏”、“父親無職”……今までもこういう白い目を向けられることはあったから──。
「あれが九条様の?」
「なんだあれ。貧乏くせぇ女」
「前田さんに取り入って何を企んでんだか~」
「九条様も何を考えているのかしら」
はっ、勝手に言ってろ。どーでもいい。“結果で黙らせる”……あたしは絶対に負けない。
それから不正がないよう監視の元、支給されたジャージに着替えて本会場へ向かった。
「……いやぁもう、何もかも規格外だなぁ。天馬は」
オリンピックの競技場ですか? と言いたくなるような規模の会場へ連れて来られたサーバント達。これが天馬学園の敷地内にあるっていうのが、凄いを通り越してイカれてるとしか思えない。客席には天馬の学生やその関係者達がいるっぽいな。
「サーバントの諸君」
スピーカーを通して聞こえてきた声は主は、御立ち台の上に立っている上杉先輩のものだった。
「君達は今日、篩にかけられる……以上だ」
・・・え、それだけ!? 種目内容とか合格・不合格の基準値とかさ、普通説明するでしょ!? これは、サーバントとしての対応力も問われているってこと……?
上杉先輩の短すぎる挨拶で、体力テストが始まった。まずは握力の計測、九条への鬱憤を全て全っ力で握力計にぶつけた。
「18番、七瀬舞……55㎏」
「ごっ、ごじゅう、ごじゅうごぉぉ!?」
自分の握力にヤバさに驚きを隠せなかった。だって、今まで握力なんて35㎏前後だったよ!? その35㎏前後でさえ、美玖と梨花に『つよっ!!』って言われてたレベルだよ!?
周りのサーバントも少しザワついてる。これは、ある意味“九条パワー”ってやつなのかもしれない。
・・・へへっ、へへへっ……これはいい。全種目、“九条パワー(鬱憤)”で乗りきってみせる!!
それから上体起こし、長座体前屈、反復横飛び、シャトルラン、立ち飛び、ハンドボール投げ等々──。
「おりゃあぁーー!!」
「どりやぁあーー!!」
「うおぉおーー!!」
凄まじい勢いで全てをこなしていくあたし。その勢いに周りはドン引きしてるけど、そんなことは全く気にも留めない。
で、ごく普通の種目を行ってきたけど、天馬の体力テストはここからが本命だったらしい。射的に乗馬に高所作業からの飛び降り(もちろん命綱あり)……水泳、水中内での息止め、ピッチングマシンから放たれた高速ボール避け等々──。
「ねぇ、あの子化物じゃない?」
「貧乏人が逞しいって本当なんだな」
「ありゃ女としてないだろ」
「必死すぎて哀れだわ。可哀想に~」
学力や家柄に圧倒的自信のある連中は、この体力テストを落としても、問題はないって余裕ぶっこいてる感じがする。まぁマスターの手前、手を抜くことはしてないだろうけどさ。
あたしは常に本気。手を抜かず、黙々とこなしてる男子が結構厄介。やっぱ男女じゃ体の作りが違うし、パワーとか何もかも確実に劣る。まず1位を獲るのは厳しいだろうな……。でも、やるからには絶っ対に上位を獲る!!
「現在の時刻、13時半です。昼食休憩の後、15時から最後の種目を行います。それまでは各自、自由に過ごしていただいて結構です。では、解散」
今までやってきた種目の点数とか何もかも知らされてないし、周りとどれだけの差がついているかも分からない。最後の種目ってなんだろうなぁ。
あたしの予想は……まあ、持久走かなって思ってる。持久走はスピードがあればいいって問題じゃない。ペース配分、根性、戦略……色々と問われる競技ではある。サーバントの体力テストには持ってこいでしょ。
そんなことを考えながら休憩所へ行くと、昼食が用意されていて席には番号が振られていた。お弁当作ってきたのに置いてきちゃったなぁ、テスト終わったら食べよーっと。あたしは18番だから……18、18っと……あったあった。席に座って、用意されていたお弁当を黙々と食した。
しばらくすると放送がかかる──。
「次の種目は持久走になります。14時45分までに競技場へお越しください」
うげぇ、やっぱ持久走かぁ。その放送がかかるとガヤガヤと皆が動き始めた。ま、まだ時間あるしちょっとのんびりしよ。顔を上げて天井を見つめ、ゆっくりと目を瞑る。
ガシャンッ!! その音でパッと目が覚めた。いつの間にか寝ちゃってたみたい、あっっぶなぁー。
音がしたほうをチラッと見ると、小柄な女子が床に倒れていた。それを離れた所から見てクスクス笑ってる女子達が数人。そして、休憩所から去っていった。
周りは見て見ぬふり。このテストはあくまで個人戦、ライバルが減れば減るだけ有利になるのかもしれない。
・・・なるほど? だから、助ける義理もないってことか。