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体力テスト①

 


 ── 翌朝


 とても目覚めが悪い朝でなによりっと……。スマホを確認するとおびただしい量の着信とメッセージが届いていた。うん、見なかったことにしよう。


 さて、今日はちゃんとお弁当も作ったし、天馬とはお別れするだろうし気分がいいはずなんだけどな、ちょっとモヤモヤするのはなんだろう。


「いってきま~す」

「あら、もう行くの?」

「うん、歩いて行くから。じゃあね」

「え、あっ」


 何か言いかけたお母さんをスルーして家の外へ出ると……いや、なんでぇ? 言うまでもなく九条家の車が停まっている。車から出てきたのは九条……ではなく、運転手さんだった。


「七瀬様、おはようございます」

「お、おはようございます」

「お迎えに上がりました」

「は、はあ……」

「どうぞ」


 乗らないという選択肢は与えられないらしい。運転手さんの圧が凄い。渋々車に乗り込んだのはいいんだけど、肝心の九条本人がいない。


「柊弥様はまだ寝ておられます」

「え?」

「『起こしに来い』だそうです」

「はい?」

「今から九条家に向かいます」

「はいぃ!?」


 ちょ、いきなりすぎない!? え、どうするの? え、どうしたらいいの!? まずはご両親に挨拶……『俺様御曹司に無理矢理サーバントにさせられました! ド庶民代表をやらせてもらっています! 七瀬舞と申します! 不束者ですが、よろしくお願いいたします!』


 ・・・いやぁぁ、ナイナイ。


「七瀬様」

「はひっ!!」

「ははっ、ご安心ください。現在、柊弥様は“離れ”にお住まないので“母屋”には行きませんよ」


 離れ……? 母屋……? 家が2つあるってこと……だよね? でも、なんで九条は離れで生活してるんだろう。別に興味はないんだけどね? ちょっとした疑問ってやつ。


「へえ……」

「最近、少々旦那様との折り合いが悪くてですね。柊弥様が母屋から離れたというだけの話です」


 いや、十分重い話だと思いますが……? そんな微妙なタイミングであたしは九条家に行かなきゃいけないの? マジで嫌なんですけどぉぉ。


「あの~、車で待機じゃダメですか?」

「ダメです」


 即答ですか。これはもう、腹を括るしかないかもしんない。


「はぁぁ、面倒くさい」


 思わず大きなため息を吐いてしまった。


「七瀬様」

「あ、ごめんなさい」

「……私は霧島と申します。柊弥様のお連れ様に自ら自己紹介をしたのは七瀬様が初となります。私は主に柊弥様の世話役をしております。よろしくお願いいたします」

「え、あ……は、はい……よろしくお願いします」


 それから霧島さんが多くを語ることはなかった。不思議と車内の沈黙は苦痛ではなく、むしろ心地いいと言っても過言ではない。霧島さんっておそらく20代後半くらいだと思うけど、やっぱり“大人の男”って感じで、ひとつひとつの仕草や動作に落ち着きがあって、素敵な人だなって思う。この人と一緒にいると妙に落ち着くなぁ。


「こちらが九条のお屋敷になります」

「……」


 ── “絶句”、この一言に尽きる。

 

 これ、本当に同じ生き物(人間)が住む家なのだろうか。圧倒的身分差を叩きつけられて、無駄に哀れになるあたしの立場ってものを考えてほしい。いや、ここまで圧倒的身分差が露骨になるとむしろ何も思わないというか、清々しいかもしれない。


「あの、霧島さん」

「なんでしょうか」

「これが……""家""ですか?」

「はい。ちなみに離れはもう少し先になります」

「……へえ」


 門扉から家までの距離がまず遠い。そして、九条がいる“離れ”は目視で確認できる位置にはない。


 ・・・どんだけ広いのよ、ここ。


 車で敷地内を移動して連れて来られたのは、母屋に比べると小さいけど、十分すぎるほどご立派なお屋敷だった。


「柊弥様のお部屋までご案内いたします。こちらへ」

「お、お邪魔します……」


 霧島さんの後ろをキョロキョロしながら歩く不審者は紛れもなくあたしである。


「くくくっ」


 あたしの前を歩く霧島さんがクスクス笑い始めた。


「へ?」

「あ、すみません。七瀬様は本当に可愛らしいお方だなと思いまして」

「え」


 霧島さんがこんな小娘を可愛らしいと思うはずがない。あたしは一気に警戒モードへ切り替わった。何か裏があるに違いない。だって霧島さんは……あいつの世話役なんだから。


「そんな警戒しないでくださいよ……。柊弥様が七瀬様を選んだ理由が何となく分かった気がする……というだけのことです」

「……は、はあ? そうですか」


 その後、少し歩いて霧島さんの足が止まった。


「こちらです。では、ごゆっくり」


 そう言い残して去っていく霧島さん。いや、『ごゆっくり』とは……? ま、この際なんでもいいや。コンコンッと部屋のドアをノックしてみたけど、なんの反応もない。


「し、失礼しま~す」


 小声でそう言いながら、ゆっくりドアを開けて部屋の中に入った。音を立てずドアを閉めて、泥棒になった気分になりながら、こそこそっとベッドで寝ているであろう九条に近づく。


「九条様~」

「……」

「おーい、九条様~」

「……」

「ねえ、寝てるの? 九条っ……!?」


 寝てる九条を覗き込もうとした時、ガシッと手首を掴まれて一瞬で布団の中に引きずり込まれた。


「お前、男の部屋にノコノコ入って来るとか警戒心なさすぎでしょ。馬鹿じゃねぇの?」

「なっ!? だ、だってあんたが『起こしに来い』って言ったんでしょ!?」


 なぜか九条に包み込まれ、完全に身動きが取れなくなってしまった。ていうか、相変わらず距離感バグ!


「危機管理がなってないねえ。ダメじゃん、そんなんじゃさ」


 何を考えてるのか分からない顔をしてる九条。ただあたしをジーッと見つめるその瞳にドキドキする。さすがのあたしも見た目だけは無駄にいい九条と布団の中でこんなにも密着していたら、そりゃドキドキしちゃうでしょ。


 何か言わなきゃって思ってるのに緊張して喋れない。めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど、なんなのこれ。

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