幼なじみ④
で、濡れた下着も制服も回収されていた。いくら前田先輩とはいえ、あんな安物の下着を見られたのはさすがに恥ずかしい。
「はぁぁ」
ため息を吐いて部屋に戻ると、ソファーに座ってスマホをいじってる九条しか見当たらない。
「寒くねえか?」
「え、あ、うん」
「風邪なんて引かれたら俺が迷惑被るからな」
そっちかよ!! 優しいとか少しでも思ったあたしの穢れなき心を返せよ!
「ああ、そうですか」
「ったく、帰るぞ~」
「あたしは歩きなのでここで。さようなら、マスター」
ペコッと頭を下げて去ろうとすると、ギュッと腕を掴まれた。振り向くと呆れた顔をしてる九条と目が合う。
「いや、お前バカなの? 俺が乗せてくに決まってんでしょ。この俺様が毎日送迎してやんだから感謝してほしいわ~。礼がしたいってんなら……その体、貰ってやろうか?」
ニヤついてる九条にイラッとして、反射的にビンタを食らわそうとした。けど、見事に防がれた。
「フッ、二度も同じ手は食らわん」
両腕を掴まれているあたし。離れたくても九条が馬鹿力すぎて離れられない。
「ちょっ、離して……よ……」
睨み付けるように九条を見上げると、なんと言うか……無自覚な色気がただ漏れしてる九条があたしを見下ろしていた。
「なぁ、キスしてい?」
「── は?」
「だから、キスしていい?」
「いや、ダメに決まってんでしょ。アホですか?」
マジでこのお坊っちゃまは何を言ってるの? びっくりなんですけど。ていうか、ちゃんと許可を得ようとしてるのが意外すぎて、それにもビックリ。こいつのことだから、そういうことは無理矢理にでもするもんだと思ってた。“女の意思なんて知らん、関係ねえ”的な。
「俺さ、今まで女にキスしてぇとか思ったこと無かったんだけど、今無性にしてえわ。なんで?」
いや、『なんで?』って聞かれても知りませんよ、そんなこと。
「九条様のキスとやらをお求めになっているお嬢様方は沢山いらっしゃるのでは? 連絡差し上げたらどうです? では、失礼します」
・・・逃げようとしたけど、腕を掴まれていて逃げれるはずもなく。
「俺から逃げられるともでも思ってんの?」
「……あの、いい加減にしてください""マスター""」
ジト目で九条を睨み付けると、ため息を吐きながらあたしの腕を離した。
「この俺がしてやるって言ってんのに、それを断るとかありえね~? 後悔してもしんないよ?」
「心配ご無用です、一生後悔なんてしませんので」
「あらそー」
それから何を考えているのか分からない、上の空状態の九条の隣でボケーッと外を眺めながら車に揺られているあたし。運転手さんも若干気まずそうというか、“大丈夫か? ”と心配してる様子。そんな状態で我が家に到着した……のはいいんだけど、家の前にまさかの人物が立っていた。
「拓人」
「あ?」
思わず名前を呼んじゃって、それに素早く反応した九条。
「あー、ははは。ありがとうございましたっ!」
「おいっ」
あたしはそそくさと車から降りて、拓人のもとへ向かった。
「ちょ、拓人っ」
「舞、お前……その制服どういうことだよ。バイト先寄ったら『七瀬さんは辞めたよ』とか言われるし。てか、あの車なに?」
「いや、あのね? これには色々とありましてっ」
「君、誰かな?」
── はぁぁ、めんっどくさい男が降りて来ちゃったよぉ。
「舞、誰こいつ」
なんか拓人、めっちゃ怒ってない!?
「七瀬さんの……なにかな?」
猫かぶり九条の再来ですか? あははは。
「あたしの幼なじみ」
「へぇ~、そうなんだ。初めまして、七瀬さんの""ご友人""君。僕は九条っ」
「舞にちょっかい出してねぇだろうな」
「それは一体どういう意味かな?」
バッチバチと火花を散らしている2人。これは、どうすればいいの?
「舞。なんでお前、天馬の制服なんか着てんだよ」
「それは僕がっ」
「あーー!! あの、あのね? この九条君が……迷子、迷子になっててワンワン泣きべそかいている時にたまたまあたしが通りかかって、助けてあげて~的な? いやぁ~、どうしてもお礼がしたいって言うからさ、まあ……流れで天馬に通うことに~みたいな? ね、九条君」
頬をピクピクひきつらせながら九条を見ると、めちゃくちゃ冷めた顔をしてあたしを見ていた。“覚えとけよ、お前”と言わんばかりの瞳であたしを見ている九条に苦笑いをしながら背筋が凍りそうになったのは言うまでもない。
「そうそう、どうしてもお礼がしたくてね。七瀬さんの学費やその他諸々……全て免除されるから君が心配するようなことは何もないよ」
「キナ臭いな」
「疑われても無理はないと思うよ。だって君と僕とじゃ住んでいる世界も次元も何もかもが違うからね」
「ちょっ、九条!」
「ああ、ごめんごめん。そういうつもりは無かったんだけど、嫌味に聞こえてしまったのなら謝るよ」
「チッ。もう舞に用はねぇだろ? さっさとその高級車で帰ったらどうかな? 九条君」
「……そうだね、お暇するよ。またね、七瀬さん」
満面の笑みを浮かべて、手を振りながら去っていった九条を見て、あたしは絶望した。はぁ、何をさせられることやら。
「舞、お前マジでなにやってんの?」
拓人は拓人で激オコだし──。
「だから、大体はさっき説明した通りだって」
「そんなわけないじゃん。あの男に脅されてんの? 騙されてない?」
「いやいやいや、そんなことないって。無償で天馬に通わせてもらえるなんて、そんなありがたい話ないじゃん? 将来のこと……就職のことを考えると、これ以上に有利な所って無くない? 偶然助けた人がお金持ちで天馬の生徒だったってだけ」
「それにしたって、おかしいでしょ」
「あたし達みたいな庶民と感覚が違うのよ、ああいう人達はさ」
「マジで大丈夫? 舞」
「うん。マジで大丈夫だよ」
「そっか」
それから拓人はウチでご飯を食べて、最後はいつも通りの笑顔で帰って行った。
「はぁぁ、疲れたぁぁ」
なんでも話してきた幼なじみだけど、さすがに言えないよね……サーバントのことは。そして、さっきからスマホが鳴りまくってるけど、嫌すぎて放置してる。
「お風呂入ろ……」
こうしてあたしの天馬学園初日はドタバタで終わった──。