幼なじみ②
── どうも皆さん、おそらく明日退学になるであろう七瀬舞です。
だってさ? サーバント体力テストなんて、絶対に普通の体力テストじゃないよね? 運動神経にはそれなりの自信はあるけど、いきなりなんて無理だよ。体作りなんて一切してないんだし。この体力テストが不甲斐ない結果に終われば、学力でカバーなんて到底しきれないあたしはさよならバイバイ。
「七瀬さん」
「はい、なんでしょうか……」
「休憩に入る前に一度マスターの元へ向かいます」
「あー、そうですか」
「私達の出会いも何かの縁でしょう。明後日にはもう七瀬さんがここにいない可能性もあるので、今日は記念に私が学食をご馳走しますよ」
あの、前田先輩。しれっと辛辣なのはやめてぇぇ……? とはいえ、急いで来ちゃったからお弁当も持ってきてないし、財布の中は……ワンコインのみ。
「あの、学食って500円以内で食べられますか?」
「500円ではドリンク1杯で終わりですね」
ははは、どうしよう……初対面の人に奢ってもらうのは気が引ける。でも、ぶっちゃけお腹が空いた!
「前田先輩、本っっ当に申し訳ないんですけどぉぉ……ご馳走になってもよろしいでしょうか? いや、あの! しっかりお返ししますので!」
「見返りが欲しくてご馳走するわけではありませんのでお気になさらず」
ああ、前田先輩が聖母に見えてきた。とりあえず拝もう。
「七瀬さんって変わってますよね」
「そうですか? 初めて言われました」
「そうですか」
その会話を最後に沈黙が流れ、後もう少しで溜まり場ってところでピタリと足を止めた前田先輩。
「七瀬さん」
「あ、はい」
あたしの目を真っ直ぐ見て、顔色一つ変えない前田先輩にちょっと緊張する。
「九条様はあのお部屋のことを“溜まり場”と軽く仰いますが、正確に言えば“九条家専用VIPルーム”です。九条家の方々が代々使用してきたお部屋で、九条様が認め、信頼している人物以外の出入りは固く禁じられております。この意味が分かりますか?」
「え、えっとぉぉ。あの部屋にいた前田先輩達は九条に……あっ、九条様に認められていて信頼もされているってことですよね?」
「そうなりますね」
ぶっちゃけ『へえ』とかしか言いようがない。
「七瀬さん。あなたもその一員だということをお忘れなきよう」
「え?」
「あなたもあの部屋に通されているでしょ?」
あー、うん。たしかに? 確かにそうだな。でもそれってサーバントだからじゃない?
「いや、あたしは九条様のサーバントなので当然かと」
「九条様はサーバントだからという安易な思考であの部屋に貴女を通すようなことは絶対にしません」
「は、はあ……そうなんですか」
「七瀬さん、あなたは“選ばれし者”なのかもしれませんね」
なんだろう、全然嬉しくない。
「きっとあの人の暇潰しですよ~。前田先輩はあたしのことを買い被りすぎですって」
「……それはどうですかね」
ボソッとそう言って歩き始めた前田先輩。にしても前田先輩もよく分かんない人だなぁ。あいつはただ、あたしのことをおちょくって遊びたいだけでしょ。そうに違いない。
「ただいま戻りました」
「おかえり、前田さん」
前田先輩と蓮様のペアって仲良さそうだなぁ。ていうか、美男美女でお似合いすぎる……眼福です。そして、鬱陶しい視線を感じでチラッと見てみると、“俺に言うことあんだろ? ”的な顔をしてる九条。
「ただいま戻りました。そして、お腹が空いたのでさようなら」
あたしがそう言うと蓮様が大笑いしはじめ、凛様は盛大な舌打ち、九条はガンを飛ばしてくるという、なんともカオスな現場になった。上杉先輩はあたしの存在なんてガン無視状態でタブレットをかまっている。
「九条様。私が七瀬さんにランチでも……とお誘いしました。ご了承いただけますでしょうか?」
「ふんっ、貧乏人にランチするお金なんてあるのかしら?」
「凛、そういう言い方は良くないよ? せっかくだし行っておいでよ、舞ちゃん。前田さん、はいこれ」
財布からカードを取り出して、前田先輩に渡そうとしている蓮様。
「蓮様、私がっ」
「おい、蓮。余計なことすんな」
なぜか不機嫌そうな九条が蓮様のカードを奪い取って、その代わりに自身のカードをあたしに差し出してきた。
「これで払え」
「え、あ……いや、それはっ」
「俺が『これで払え』って言ったのが聞こえねぇの?」
有無を言わせぬ笑みを浮かべてる九条、あたしは渋々カードを受け取った。
「前田もそれで食えよ~」
「ありがとうございます」
「あ、上杉も行ってこれば~?」
「九条様、お心遣いありがとうございます。ですが、私は馴れ合う気などありませんのでご遠慮させていただきます」
「ははっ、ウケる~」
いや、何もウケないでしょ。あんたのサーバントが嫌われてるのに『ウケる~』って何事よ。ま、九条のサーバントも明日で終わると思うけど。
「行きましょうか、七瀬さん」
「あ、はい」
九条にお礼くらいはちゃんとしたほうがいい……よね?
「あの、九条様っ」
「くくっ、お前の“九条様”呼びおもろ~」
思わず舌打ちしそうになったけど、何とか抑えたあたしをどうか褒めてほしい。
「……あの、ありがとうございます。いただきます」
無意識にニコッと笑ってしまったあたしの額にピンッと軽くデコピンしてきた九条。
「お好きなだけど~ぞ」
なんか九条の言い方が優しくて……気持ち悪っ! とか思いいつつペコッと頭を下げて、前田先輩と食堂へ向かった。食堂に向かう道中、そして食堂内でもジロジロと見られてる視線が痛い。でも、そんなことどうでもいいくらいお腹が空いてるあたし。
ふとメニュー表を見ると、安くても3000円近くするメニューばかりだった。こんな高級なランチ、もう一生食べられないだろう。九条も好きなだけって言ってたし……いいよね? 大丈夫大丈夫! そう自分に言い聞かせて、たっくさん頼んだ。
「ねぇ、あれ……九条様の?」
「九条さんのサーバントって言うから、めちゃくちゃ可愛い子だと思ってたわ」
「なによ、あれ。見るからに庶民くさ~い」
「貧乏丸出しね」
「いや、でもよく見てみろよ。結構美人だぜ?」
・・・コソコソ話しているつもりなんだろうけど、丸聞こえなのよね。