サーバント③
はぁ、なにそれ。九条のサーバントになるために、あたしが卑怯な手を使ったとでも思ってるのかな? 女だし、体を使って……的な? いやいや、いい加減にしてほしいわ。こっちはなりたくてなったわけじゃないっつーの。
「不快に思われたのならすみません。あの九条様が自らサーバント契約をなさるとは思いもよらず、だったので」
「は、はあ」
「あの九条様がひとりの女性に執着するなんて、私が把握している限りはありません」
「へえ……」
『あの九条様』ねえ……。どの九条様かは知らないけど、要は“クズ(女にだらしない)”と言いたいんだろうな。
「七瀬さんは“特別”なのかもしれませんね。九条様のサーバント頑張ってください。サーバントリーダーは貴女のことを目の敵にしていますが、私は違いますので御安心を。ぶっちゃけ他人に興味がないので」
「ありがとうございます。助かります」
そして、前田先輩と共に教室の前までやって来た。ここが九条達の教室かぁ……とか思いながら入ろうとすると、ギュッと腕を掴まれて止められる。止めたのはもちろん前田先輩で……。
「七瀬さん。マスター達を待ちましょう」
「あ、はい。すみません」
おそらくマスターが不在中はこの教室に入るな、という意味だろう。それにしても前田先輩、凛としてて一つ一つの動作が綺麗だなぁ。女性らしいとはまさに前田先輩のこと言うと思う。それに比べてあたしは……うん、女性らしさとは無縁すぎて笑う。
そんなことを考えながら九条達が来るのを廊下で待っていると、他のマスターやサーバントが数名教室へ入っていく。前田先輩が会釈してて、あたしだけ会釈しないわけにもいかないから、とりあえず前田先輩に合わせて会釈をしておいた。
なんかサーバントって大変だなぁ。
「悪いね、2人とも。お待たせ」
ニコニコしながら来た蓮様と若干不機嫌そうな九条。
「行くぞ」
九条はあたしをチラ見して、テンション低めの声でそう言った。何かあったのかな?
「え、あ、うん」
教室に入って九条が席に座る……えっと、どうやらサーバントの席というものは存在しないらしい。みんなマスターの隣に立ってる。授業中ずっと立ってろってこと? ていうか、サーバントはいつ授業受けるわけ? もう分からないことばかりで頭がパンクしそうだわ。
で、授業内容はもちろんさっぱり分かんなかった。日本語で授業をしていたはずなのに、何一つとして理解できなかったし、聞き取れなかった。
そんな感じであっという間に昼休み……と思ったら前田先輩に呼ばれて、鞄を持ってくるよう指示されたから鞄を持ち、ついて行った先は……サーバント(一軍)と書かれている教室。
「では、授業を始めます」
「はあ!?」
思わず大きな声を出してしまった。
「なんです? 七瀬さん」
「いや、あのぉ……昼休みは?」
すると、呆れたような顔をする先生。いやいや、あたし変なこと言ってる!?
「サーバントはマスターがお食事中に、午前中行った授業を全てこなすのです。マスターは食後にフリータイムという時間が設けられていますので、そのフリータイムの45分間が、サーバントにとっての俗にいう“お昼休憩”となります。ご質問は?」
「……いえ、特には……」
「では、授業を始めます」
え、ていうか……学年バラバラのサーバントに1人の先生って、どうやって教えるわけ!?
「1年生はタブレットに入っている“前期”を進めてください」
た、タブレット……あ、確か鞄に入ってたな。鞄からタブレットを出してそのアプリを開いてみたんだけど、いやマジか。何一つ理解できない。天馬って……レベルが高いとかそういう次元じゃなくない!?
あたしは口から魂が抜けて、ただボケーッとタブレットを眺めていたら授業が終わっていた。
「七瀬さん。行きましょう」
「……は、はい……」
前田先輩があたしの抜けていた魂を口の中に突っ込んでくれて何とか元に戻った。
「ありがとうございます」
「いえ」
「あ、あの」
「なんでしょうか」
「あたしって……馬鹿なんでしょうか?」
「全く分からなかった……という顔をしていますね」
「はい、全く」
「それもそうでしょう。ごく普通、いや……普通以下レベルの学校へ通われていたのなら尚更」
うん、そうだけども、そうだけども言い過ぎじゃない!?
「学力免除、とかいう制度ってあります?」
「ありませんね。今のところは」
「はは。そうですか。前田さん、短い間でしたがお世話になりました」
あたしはもうこの学園とはおさらばバイバイ。
「……七瀬さんにとって朗報かどうかは分かりませんが、今年から“サーバント体力テスト”を強化するとの噂があります」
“サーバント体力テスト”……?
「今までサーバントに強く求められていたのは“教養”です。柔軟な対応力、細やかな気配り、状況に応じて適切な判断・行動を行う、マナー・エチケットはプロ並みに……等々っ」
「さようならまっしぐらです」
「話は最後まで聞きましょうね」
「あ、はい……」
「ですが、近年物騒な事件が多発しています。マスターを襲撃……なんてこともしばしば。いざという時に俊敏に動けないサーバントは不要とのこと。今年からはその試験が強化されるみたいです」
「ほ、ほお……」
「可能性の話にはなってしまいますが、その試験で好成績ならば学力のほうは""多少""目を瞑ってもらえる""かも""しれませんね」
ほほう、なるほど。あたしが輝けるチャンスはそこしかないってことか。ぶっちゃけ体力と根性だけは自信がある。そして、自分で言うのも何だけど運動神経は良いほうだと自負しております。とりあえずその試験とやらまでに頑張って鍛えとこうかな。
「前田先輩」
「なんでしょう」
「その試験っていつ頃ですか?」
「明日です」
「明日ですか、了解です……って、え? え? え!? 明日ぁぁ!?」
「七瀬さん、うるさいです」
廊下で絶叫するあたしに冷めた目を向ける前田先輩。
「あしっ、あし、あ、あしあしっ、明日……」
皆さん、悲報です。いや、朗報……なのかな?
どうやらあたしのサーバント生活、天馬学園生活は明日で終わりを迎えそうです。