サーバント①
いやぁ、高級感溢れる室内に気後れするっていうか、落ち着かないっていうか……九条は何食わぬ顔をして偉そうにソファーに腰かけてるし。
「さっきから何ソワソワしてんの? あ、漏れそうならさっさとトイレ行ってこいよ」
「違うっ!!」
思わず大きな声を出してしまった。ていうか、女子に向かって今のセリフはなくない!? 『あ、漏れそうなら~』って、本っ当にありえないわ、信じらんない。
九条って見てくれは申し分ないし、超エリートで俗にいうハイスペック男子ってやつなんだろうけど、性格に難ありすぎない!? この男がモテてる意味があたしには分からん!
「なぁにイライラしてんだよ。もしかして生理前?」
・・・いや、ほんと、マジでさ……こいつデリカシー皆無にもほどがあるでしょ。信じらんないわ、ドン引きなんですけど。ゴミを見るような冷めきった目で九条を見ると、ソファーから立ち上がってあたしの目の前まで来た。
「俺をそんな目で見る女、この世にお前くらいしかいねぇよ?」
「まだ出会ってないだけなのでは?」
「さあ? どうだろうな」
ゆっくり伸びてきた手があたしの頬に優しく添えられた。って、ちょいちょいちょい! これまた少女漫画的な展開でいうとキスする流れになるんじゃ?! いやいや、むり!
「あ、あのっ、九条っ」
「動くな、黙ってろ」
あたしは口を強く閉ざして、目をギュッと瞑った。来るであろう衝撃に備えて! ……すると、バンッ!! と物凄い勢いでドアが開く音がして、ビクッと体を跳ね上がらせながら、目を真ん丸にしてドアのほうへ顔を向けた。
「ほれ、睫毛についてたから取ってやったぞ」
九条は取ったホコリをわざわざあたしに見せてゴミ箱へ捨てた。
おまっ! 紛らわしいにもほどがあるでしょ! どっからどう見てもあれ(キス)の流れかな? って思うじゃん! これじゃあまるで、あたしが期待してたみたいな感じになっちゃうじゃん! めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!?
「あなた達は一体何をしているのかしら」
鬼の形相であたしを睨み付けてる可愛らしい女の子と男女数人。品定めするように、頭のてっぺんから爪先までジーッと眺められるあたし。
「……ちょ、九条。ねえ、説明が欲しいんですけっ」
「君」
鬼の形相ガールの隣にいる男が、あたしを真っ直ぐ見て眼鏡をキランッと光らせた。
「あ、あたしでしょうか……?」
「そう、君のことだ。ちょっと来なさい」
「へ?」
「私について来なさい」
「は、はあ……」
チラッと九条を見ると、シッシッと犬を追い払うように扱われてイラッとしつつ、眼鏡君の後を追った。そして、空き教室のような所へ連れて行かれる。
「あ、あのぉ……なんでしょうっ……ひぃっ!?」
ドンッ!! とこれまた物凄い勢いで壁ドンされた。これは胸キュンな壁ドン……なわけがない。違う意味で胸がキュンとする。
「君は“七瀬舞”で間違えありませんか?」
「は、はい……」
「君、九条様のサーバントですよね?」
「は、はい……」
「君、何様ですか?」
「……はい?」
この人、眼鏡の奥にある瞳がめちゃくちゃ怖いんだけどぉぉ。
「九条様に向かって『九条』とは、何事ですか? とお聞きしているんです」
「いや、別に……本人から了承を得てっ」
「そういう問題ではありません。君にはペナルティを科します」
「え、は? ちょっ、ペナルティって!?」
「1週間、校舎内すべてのトイレ清掃……以上です。これからは九条""様""を付けなさい」
「あの、意味分かんないんですけどっ」
「分かりましたか?」
ものすんごい形相で圧力をかけられる。
「返事は?」
「……はい」
少しズレた眼鏡をカチッと戻して、姿勢正しく去っていく眼鏡君。ていうか、何様? あんたこそ何様なんだっての! そう思ったらだんだんと腹が立ってきた。ここで大人しく黙っていられるような女でもないし、気に入らないもんは気に入らない!
「ちょっと!!」
廊下を歩いてる眼鏡君を呼び止めた。
「なんでしょう。あと、声うるさいですよ」
「そんなの知ったこっちゃない。だいたいあなたに何の権限があって指図してくるわけ!? 別にあいつをどう呼ぼうがあたしの勝手だし、1週間トイレの掃除とか理不尽にもほどがあるでしょ!」
「私は君より上級生、尚且つサーバントリーダーです。君に指示を出すのも、罰則を与えるのも、すべては私に権限がある……ということです。この際はっきり言いましょうか。君は容姿こそまぁまぁですが、何かに秀でてる人材ではありません。本来サーバントは愚か、天馬の敷居を跨ぐことすらも許されない存在なのです。君のような女性がっ」
「はいはい、そこまで~」
九条の声がすると同時に、フワッと香る九条の香水の匂い。そして、大きな手があたしの頭をポンポンッと撫でた。
「……九条様」
「おいおい、そんなイジメてやんなって~」
「いえ、これはっ」
「こいつをイジメていいのは俺""だけ""。オッケー?」
「お言葉ですが九条様っ」
「なあ、上杉……何べんも同じこと言わせんなよ」