天下の天馬学園②
眠い目を擦りながらスマホを確認すると、当然のごとく九条からのメッセージやら着信やらで埋め尽くされていた。眠い目というより死んだ魚の目をしながら、とりあえず返信をすることに。
《寝落ちしてた》
そっこーで既読になるこの気持ち悪さよ……。九条って暇人なの? スマホ依存性すぎない?
《俺の許可なく寝るな》
いや、俺様通り越してパワハラすぎて笑えないんだけど。
《暴君すぎでしょ》
《何ともでも言えば~? てか、寝るんなら寝るって言ってくんね? 》
《だからさ、寝るつもりなかったんだって》
《お前のせいでさ、俺が無駄な時間を過ごすことになるよねー? 勘弁してほしいんだけど~》
それはどういう意味?
・・・まさか……あたしの返信をずっと待ってったってこと? いやいや、それはないでしょ。あたしの返信待ちなんてするような男ではない。
《以後、気をつけます》
《ん。もう寝ろ、俺も寝る》
《分かった。おやすみ》
《へーい》
「うーん。よく分かんないなぁ、九条っていう男は……」
再び目を瞑ると秒で寝た。
── 次の日、狂ったように九条から連絡が来ると思いきや……。
「な、なんで……?」
一切連絡が来ない、逆に怖いんだけどぉ。そんなことを思いながら、荷物の整理をしつつ教材にチラッと目を通したけど、ちんぷんかんぷん過ぎて見なかったことにした。それから教材っぽい物には一切目を通さず、用意された本棚にただ詰めていく作業。
「ていうか、天馬ってヤバくない?」
本棚に並べられた教材を眺め、ため息しか出てこないわ。九条って頭も良いっぽいし、あのルックスで家柄も最強でしょ? 運動神経も良さそうだし、神は九条に全てを与えすぎなのでは? ……と思ったけど、それと引き換えに九条は最大の欠点を背負うことになった。
・・・それは、“性悪”。
あの感じ、ほぼ確実に女癖も悪いだろうな。ま、女癖が良かろうが悪かろうがあたしには関係のないこと。お好きにどーぞって感じ。
── いや、マジでなんで? どうして連絡が来ないの? これ、なにか試されたりしてる? サーバントのちょっとした試験的な? いや、でもさ? 試験だった場合、あらかじめ言っといてくれないと困るよね?
「本当になんなの? あの人は……」
結局、九条から連絡が来ることもなく4月になって、始業式もいつか分からない状況が続いていた。まぁでも、マスターである九条がなんの指示も出してこないってことは、とりあえずサーバントとしての仕事は今のところ特にないって解釈で……合ってる……よね?
── とある日の朝
「あらっ、いらっしゃい」
「おはようございます、百々子さん。朝早くにすみません」
「舞なら部屋で寝てると思うから起こしちゃって~」
「お邪魔します」
寝ぼけながらも、聞き覚えのある声が微かに聞こえてきた。
コンコンッ……と部屋のドアを叩く音がして、返事をする間のなくガチャッとドアが開く。半開きの目でそっちを向くと、とびっきりの笑顔で突っ立っていたのは……我がマスター、九条柊弥だった。バチッと目を見開いて勢いよく上体を起こす。
「おはよう……""七瀬さん""」
怖いほど満面の笑みを浮かべながら部屋に侵入してきた九条。
「お、おはよう……ございます……九条……君」
「いやぁ、連絡が一切なかったもんだから、死んでんのかな? って心配してたんだよ」
「あ、あははー、それは無駄なご心配をおかけっ……!?」
ドンッと肩を押されたと思ったら……いや、なんでこうなった!? ベッドに押し倒されて、あたしの上に九条が跨がってるんですけど!? しかもめっちゃ顔近い! 距離感バグりすぎ!!
「お前、マジでなんなの?」
「……へ?」
真顔であたしを見下ろしてる九条にどう反応していいか分からず固まるあたし。
「俺をどうしたいわけ?」
「……と言われましても」
理解が全く追い付かない。九条はあたしに何を言いたいの? 何が聞きたいわけ?
「なんで連絡寄越さなかったんだよ」
「え、あ……いや、別に用ないし」
「は?」
「いや、だから……特に用がないのに連絡しないでしょ、普通」
すると、眉間にシワを寄せてかなり不機嫌そうな九条様の出来上がり。
「お前、俺に用がないってマジで言ってんの?」
・・・うん、マジで言ってるの。リアルガチなんですよ。はてさて、これはどう答えるのが正解なのか。いや、嘘をつくのはやめよう。
「うん。特に用はなかった」
「つーかさ、用がなくても連絡してくんだろ普通」
「へぇー、そうなんだ」
「俺と連絡取りたいって思うだろ、普通は」
「ふーん、そうなんだ」
「……お前、俺のことナメてんの?」
「は? 別にっ……!?」
ガシッと頬を掴まれて、さらに近づいてくる九条のご尊顔。いくら九条に興味がないといえ、さすがに焦ってテンパるし、心臓が飛び出そうなくらいドキドキはしてる。
「……っ、あっ、あのっ……」
柄にもなく緊張で声が震えて情けない。これが少女漫画的な流れだったとして、この展開はキスをされるパターンがほとんどだと思うの。
でも、こいつの場合は違う。もしかしたら殴られるかもしんない。そっちのドキドキと緊張のほうが遥かに勝っている。さすがの九条も女に暴力を振るうことはないと思うし、ないと信じたいんだけど、死ぬほどクズだった場合……殴られる可能性が捨てきれない。
「ご、ごめんなさい……っ」
腕で顔をカバーして、とりあえず顔を殴られることだけは何としてでも阻止する。すると、掴んでいたあたしの頬から手を離して上から退くと、ドスンッとベッドの縁に腰かけた九条。あたしもゆっくり起き上がった。
「……さすがにそんな反応されると傷つくんですけどね~」
チラッと九条のほうを見ると、脚を組んで太ももに肘をつき、手で頬を支えながらムッとしている。
「……ご、ごめん」
「お前、俺が殴るとでも思ったわけ?」
「いや、そんなことは……ごめん。少しよぎった」
「はぁーあ、信じらんないわ。俺を何だと思ってんの?」
── 俺様暴君御曹司。
「控えめに言って“ヤバい人”……かな?」
「やっぱお前、普通じゃねえな」
「は、はあ……」
立ち上がってあたしを見下ろす九条。
「さっさと準備しろ」
「え?」
「じゅーんーびー」
「いや、なんの?」
「俺の格好見て察してくんない? 制服着ろって言ってんの」
「は、はあ……なんで?」
「だぁから、今から天馬行くぞって言ってんだけどー」
「あー、なるほど。了解……って……は?」
・・・は? え? ふぇ? えぇえー!?
「今日から!?」
「うん、今日から」
「ちょ、なんで言ってくれなかったの!?」
「だってお前、連絡してこなかったじゃーん」
最上級の煽り顔をして、あたしを小馬鹿にするように鼻で笑いながら見下してる九条。
「それはっ! 普通あんたが連絡っ」
「なんで俺から連絡しないといけないわけー? てかさ、さっさと準備してくんなぁい? それともなに? 俺に着替えさせてもらいたいわけ?」
ニヤッとして、勝ち誇った顔をしてる九条にめちゃくちゃ腹が立つ。
「着替えるから出てって!」
九条の背中をグイグイ押して、部屋の外へ追い出した。