天下の天馬学園①
九条を見送った後、自分の部屋へ直行してベッドに飛び込んだ。
「はぁぁー、なんか疲れたぁ」
疲れが一気に押し寄せてきてズシッと体が重くなる。なにもしたくない、なにもできない、もう一歩も動きたくない。
すると、部屋のどこがで何かが鳴っている。
ピコンッ、ピコンッ、ピコンッ──。鳴りやまない音、あたしは永遠にこの音を聞かされるのか? そう思ったら重い体をようやく動かす気になった。
「あーーもう! うっさいなぁ!」
どこでピコンッ、ピコンッと鳴っているのか分からず、徐々にイライラしてきた。次の瞬間、リズミカルなメロディーが流れ始める。もしかして、九条がスマホ忘れてった?
音がする辺りを漁っていると、携帯ショップの紙袋らしき物が置いてあって、その中から着信音っぽいのが聞こえる。紙袋の中を覗いてみると、黒い箱と説明書やらスマホケースやら色々と入ってた。黒い箱を手に取ると、この中から音が聞こえるし手に振動がくる。ゆっくり箱を開けると新品のスマホが入っていた。
「これ、誰のスマホ?」
スマホを手に取り、どうしようか悩んでいるとピコンッとメッセージが届いた。
《おい、電話に出ろ》
いや、電話に出ろって言われましても……そう思っていたら、また電話がかかってきた。あたしは戸惑いながらも、不慣れな手付きで通話ボタンを押す。
〖お前さぁ、耳つんぼなわけ~?〗
この声は紛れもなくあたしの""マスター""。
〖これから俺の電話にはすぐ出ろよ? んで、メッセージもすぐ返すこと~。分かったかね? ""サーバント""ちゃん〗
握っているスマホを粉々に握り潰したいという衝動に駆られたけど、うっと堪えて深呼吸をする。
〖あの、このスマホはなんですか?〗
〖はあ? お前のに決まってんでしょ〗
〖あたし、スマホを買った覚えがないんですけど〗
〖俺が買ってやったの〗
〖頼んでないですけどね〗
〖お前さぁ、ほんっと可愛くねぇな。もっと喜べよ。この俺様と四六時中連絡を取り合えるって幸せな環境に、めちゃくちゃ感謝してほしいんだけどね~〗
〖はははー。このスマホお返ししますねー〗
〖馬鹿なの? サーバントがスマホ未所持とか話になんねえんだよ。お分かり? それとも今すぐスマホ買えるわけ? 支払いできんの? できないよねー?〗
有無を言わせぬガン詰め状態……。確かに今すぐ契約して支払いは無理だ。元々あたしが働いて給料を貰ってたからスマホの契約に行く予定だったし。それに、これから九条と連絡が取り合えないってのも、たしかに不便ではあるかもしれない。
しかも、あたし達は普通の関係ではない。“マスター”と“サーバント”……主人と使用人という関係だ。これは何も、何も言い返せないな。
〖できま……せん〗
〖だよねー?〗
〖はい〗
〖だったら黙って受け取ってくれるー?〗
〖はい〗
〖よろしい。んじゃ、荷物片しながら色々に目ぇ通しとけよ~〗
〖はいはい〗
〖返事の仕方がなってねぇなぁ〗
返事の仕方って……別に何だってよくない? なんて言えばいいのよ。
『イエス! マスター!』とでも言えばいい? それとも『ガッテン承知のすけ!』とかウケ狙いすればいい? それとも……和風な感じ?
〖御意〗
〖『御意』かぁ。いいね、悪くない〗
いやいや、マジか! まさかのノってくるパターンなの!?
〖いや、あのぉ……冗談だったんだけどぉ〗
〖発言には責任を持たないとね~〗
・・・ま、もう何でもいいや。口論するのも面倒になって、今はただ湯船に浸かって癒されたいなとしか思えなくなっている。
〖そうですね、分かりましたー。では、失礼いたします。おやすみなさいませ""マスター""〗
〖おまっ〗
プーッ、プーッ、プーッ──。
電話を切って、電源をオフにした。九条になんか言われたら、“構い方が分からなくて~”とか適当に言っておけばいいでしょう。
「さて、おっふろおっふろ~」
浴槽に少し熱めのお湯を張って、そこへゆっくりと体を沈めていく。
「はあぁあ……きもちい~」
疲れが溶け出すように消えていく。入浴中って良い意味でも悪い意味でも考え事が捗るよね~。
「天馬学園かぁ」
どんな所なんだろう……ていうか、徒歩2時間はかかるよ? さすがにキツくない? 自転車は……買うお金がないし、バスも……お金ないし、電車も……もちろん無理。
「はぁぁ、やっぱ歩きかなぁ」
ま、ハードなダイエットと思えばいける……かな? そんなことを考えながらお風呂から上がって、とりあえずスマホの電源をオンにした。
すると──。
「な、なによ……これ」
おびただしい量の着信とメッセージ。
「気持ち悪いを通り越して恐怖だわ」
メッセージを開くと、そっこーでメッセージが送られてきた。
《今すぐ返事しねえと容赦なく犯すぞバカ女》
とんでもなく物騒なメッセージが送られてきて、慣れない手付きで文字を打ち込んで送信した。
《ごめん。お風呂入ってて遅くなった》
《お前わざと電源切ったろ》
《いえ、そんなことは。不慣れなもんで……スミマセン》
《あっそー。俺も風呂いってくる》
《いってらっしゃいませー》
なんとかなった……よね? てか、返信はっやい……文字打つの速すぎない? あたしが遅いのはもちろんだけど、それにしたって速すぎるでしょ。
これはかなり苦労しそう。まあ、でも……そんなにメッセージを取り合うこともないよね? だって、用がないのに連絡を取り合う必要ないし、意味が分かんないもんね。そんな仲でもないのにさ?
「このスマホ、美玖達に教えちゃってもいいのかな……?」
いやぁ、とりあえずサーバントの収入を得るまでは控えよう。どうせ九条のことだからこのスマホを使い続けろって言いそうだし、使用料金を自分で払えるようになってから、美玖達に教えたほうが無難かな?
「ああ……眠っ」
ベッドに腰かけると、フワッと香ってくる九条の匂い。さっきベッドに飛び込んだ時は気にならかったのにな。
「ほんっと無駄にいい匂い」
布団の中に入って、ほんのり九条の匂いに包まれながら目を瞑ると、いつの間にか意識が飛んでいた。
── パッと目が覚めると、寝落ちしてから3時間ほど経っている。