二重人格③
「お母様、弟君達……はじめまして、九条柊弥です」
「いやぁ、本当にイケメンね~」
「舞、玉の輿じゃん」
「いや、舞ちゃんは騙されてるね」
「舞おねえちゃんのカレシ?」
「柊弥君になら舞をやってもいいと俺は思ってるよ」
「ははっ。七瀬さんがとても素敵な女性なのが頷けます。その理由はココにあり……ですね。とても素敵なご家族だ」
── うっわぁ、出たぁ、二重人格……じゃなくて猫かぶり。あたしは呆れ返って、くだらないものを見るような目付きで九条をチラ見しながら台所へ向かった。
さて、作りますか。あたしが料理をしている間、何やら楽しそうに喋ってる声が聞こえてくる。
「舞ごめんね~、柊弥君とのお喋りが楽しくってついつい話し込んじゃったわ~」
「ははは……」
これは九条の作戦に決まってる。まずは周りから固めていくタイプね。いや、でも……よくよく考えたらサーバントの家族にへつらう必要はないよね。九条柊弥、あなたは一体なにを企んでいるの?
そして料理が出来上がる頃には、お父さんも完全に出来上がっていた。
「いやぁ~、柊弥君! 舞のことをよろしく頼むよ! 舞を立派なお嫁さんにしてやってくれ!」
「ははっ。七瀬さんは今のままでも十分いいお嫁さんになりますよ」
「くぅーー! 柊弥君! 君って男は……本当にナイスガイだな!」
「いえ、それほどでも」
これ以上お父さんを野放しにしておくと、何を言うか分かったもんじゃないな……危なすぎる。
「律、ごめん。お父さん運んでくれる?」
「ん。はーい、父さーん。もう寝ますよ~」
「あぁん? 律! 俺はまだ飲み足りん!! 離せ!」
「酔っぱらいの戯れ言は聞きませーん」
適当に首襟を掴んで、お父さんを引きずるように運んでいく律。なかなか容赦ないなぁ……。
「父さん寝かしつけてきたから」
平然とした顔で戻ってきた律。『父さん寝かしつけてきたから』って、一体なにを……いや、考えるのはやめよう。
「「「「「「いただきます」」」」」」
みんな声を揃えて合掌し、お父さん不在でなぜか九条がいるという何とも言えない食事が始まった。
「舞おねえちゃん、これとってもおいしい」
「そう? ありがとう、煌。ゆっくり噛んで食べなよ」
「舞、いつもより張り切って作ったね」
「律、余計なことは言わないの」
「おい、舞ちゃん。これピーマン入ってんじゃん。ピーマン入れるなっていつも言ってんだろ!?」
「ピーマンが食べれないなんて、随分とお子ちゃまなのね? 慶。文句があるなら食べなくていいよー」
「ほ~んと舞が作る料理は美味しいわね~。私より腕がいいんじゃない?」
「いや、お母さんの作る料理には敵わないよ」
あたしの隣で何も言わない九条をチラッと見てみると、とても姿勢良く、箸の持ち方も綺麗で黙々と食べていた。育ちの良さが露骨に出てるわ。
それから九条は“美味しい”とも“不味い”とも言わず、食事は終わった。
「柊弥君、そろそろ帰らないとお家の方が心配するんじゃない?」
「そうですね。では、そろそろお暇します」
「舞、柊弥君をお見送りしてあげなさい」
「……ああ、うん」
「お父様によろしくお伝えください。では、また。おやすみなさい」
ご丁寧にあたしの家族に頭を下げて、軽く手を振りながら微笑んで玄関の外へ出た九条。それを追うようにあたしも外に出た。
「賑やかな連中なこって~」
「はっきり“うるさい連中”って言ったらどう?」
「別にうるせぇとか思ってねえし」
てっきり“うるせぇ”とか思ってるんだろうなって……そう思ってたんだけど、そうでもなかったらしい。
「あたしが天馬に行くって、みんなに話した?」
「一応、適当にな。慶だっけ? あいつ、最後の最後まで俺に疑いの目ぇ向けてたな~。何だかんだ言ってお前のこと心配してんじゃね?」
慶があたしの心配かぁ……だと嬉しいけど。
「あ、九条」
「んあ?」
車に乗り込もうとした九条を呼び止めた。
「やっぱこれ……あんたに貸し的なもの作るの嫌だし」
あたしは九条に4000円を差し出した。すると、チラッとその4000円を見て、何もなかったかのようにスルーして車に乗り込んだ。
「ちょっと!」
ウィーンッと車の窓を開けて、あたしをジッと見つめてくる九条に若干気まずくなる。
「悪くなかった」
「え?」
「悪くなかったってこと」
「はい?」
「だぁから、美味かったっつってんの」
面倒くさそうな顔をして、あたしのことを褒めるのがどうしても気に食わないって感じ。そんな九条に思わずクスッと笑ってしまった。最初から素直に“美味しかった”……そう言えばいいのに、なんで遠回しな言い方で言ってくるかなぁ。
まぁ九条の性格上、人を褒めたりするのが苦手なのかも?
「チッ。ま、あんな安物であんだけ作れれば悪くないんじゃない? 庶民にしては上等だろ」
偉そうな顔をしてる九条に不思議とイライラもしないし、言い返そうとも思わない。これは……“美味しい”って褒められたから? だとしたら、あたし単純バカすぎるでしょ──。
「ハイハイ、どうもありがとうございまーす。これ、さっさと受け取ってくれる?」
再び4000円を差し出した。
「いらん」
「と言われても困ります」
後々あれこれ言われたくないし、お金のいざこざほど怖いものはない。
「……まあ、なんつーか、4000円の価値はあったんじゃねーの? だから要らん。じゃーな」
「いやっ、ちょっ……!!」
「あ、話がややこしくなるのダルいから、契約のことは間違っても話すなよ~」
ニヤッと笑いながら去って行った九条。その車をただただ眺めるだけのあたし。
「……あんな契約の話なんて、家族に話せるわけがないでしょ」
あのニヤけ面のせいで、料理を褒められたことに対してのちょっとした喜び的なものが、一瞬にして消え失せた。
こうしてあたしと二重人格男は“契約”という名の“縛り”で繋がってしまった──。