契約③
「お断りします」
「だーから、お前に拒否権はねえって」
「拒否権くらいあるっ」
「ないね、微塵も。ま、この話が呑めないってんなら……うーん、どうしようかね~? まあ、お前の大切な""お友達""とやらに代わってもらうか? そんなに嫌なら」
「……は? なに言ってんの……」
九条はおそらく美玖と梨花のことを言ってる。あの2人には関係ないし、なんでそうなるの? 何を考えてんのよ、こいつ。
「言っとくけど俺は""お前""だから優遇してやるだけで、他の女は適当に扱うよ? 興味もねぇしどうでもいい。身も心もズタボロになるまで可愛がっちゃうかもね~。ま、それはそれで暇潰しには丁度いいかもなぁ?」
笑ってるのに、目が全く笑ってない。嘲笑い、酷く冷めた瞳であたしを見てる。その瞳が怖いと思うと同時に少しだけ可哀想だなとも思った。
九条の周りにはお金目当てや地位、要は家柄目的で近づいてくる人達が多いってこと。おそらく男女問わず……ね。だからこんな瞳をする人間のできあがりってことでしょ。でも、それとこれとは話が別だし、ぶっちゃけあたしには関係のない話。
「思考回路が本当にクズだね」
「そりゃどうも~。ちなみにお前の家族を潰すのだって、蟻を潰すのと大差ないよ? あっという間に崩れ落ちておしまい。可愛い弟達を路頭に迷わせるわけには……いかねぇよな?」
「……っ、最っ低。信じらんない」
「ははっ、で? どーすんの? 俺の言うことをハイハイって聞いときゃ穏便に済む話なんだけどね。お前次第だぞ、七瀬」
・・・分かってる。そんなこと分かってるけど、なんでこんな奴の言うことを聞かなきゃいけないわけ? どう考えても横暴すぎる。なんでこんな男に目をつけられちゃったの? あたし、ほんっと最悪。
「『自分の人生棒に振るつもりかよ』とか言ってたくせに……あんたがあたしの人生終わらそうとしてんじゃん」
「あ? お前さ、理解力無さすぎね? こんな好条件な話、そうそうねぇぞ普通。お前の終わったも同然だった人生が、華やかで潤った人生になるチャンスをこの俺様が与えてやってるってこと……忘れんな」
── こいつには逆らえない。
俺様御曹司からは逃げられないって? ねえ、そういうことなの……? 抗うのをやめて、従えってこと? 反撃も何もかも無駄だよって? そういうことなの……?
「あたしは……」
『あたしは九条の言いなりになんて絶対ならない』そう言いたいのに言葉が詰まる。九条なら本当にやりかねない。こいつはきっと、あたしの全てを一瞬にして奪うことなんて造作もない。
大切なものを守れるのは自分次第──。
「悪いけどぉ、欲しいもんは必ず手に入れる主義なんでね。大切なもん守りてぇなら、俺の言うことを聞いとくのが賢明なんじゃない? 悪い話でもねぇんだしさ~」
そう、こうなったら……利用してやればいい。九条になぜか優遇されているこの意味不明な環境をとことん利用してやればいいんだ、それだけの話。そして、いつか利用してやってよかったと思える日が訪れればそれでいい、今はただ受け入れるしか──。
「わかった」
「七瀬舞、お前自身の口から言えよ」
ニヤッとほくそ笑み、自分の思い通りになって満足気な九条。それが本当に悔しくてたまらない。
で、九条はどうやらあたしの口から『サーバントにしてください』と言わせたいらしい、どこまでも性格がひん曲がってるわ。
「ほんっと性格悪」
「そうかぁ? 普通でしょ。つーかお互い様じゃん?」
「は? 一緒にしないで。てか、あたしが懇願するとでも?」
「あ? 馬鹿なの? しなきゃ始まんないよ~?」
こんな男に腹を立てたって無駄。深呼吸をして、真っ直ぐ九条を見据えた。
「あなたのサーバントにしてください」
「よろしくぅ……?」
「……よろしくお願いします」
「くくっ。ハイ、よくできました」
ベッドから立ち上がってあたしへ手を伸ばしてきた九条。その手はあたしの頭を優しく撫でた。その大きな手をベシッと払って、九条を見上げながら睨み付ける。
「触んないで」
「……ははっ、つれないね~。はい、これ」
「なにこれ」
渡されたのは1枚の用紙、契約書だった。
「俺にとっては遊びでも、お前にとっては遊びじゃねえだろ? 口約束で、なぁんてわけにはいかないっしょ~」
「は、はあ……」
契約書を読もうとした時、九条が『あーー!!』と大きな声で叫んだ。
「っ!? ちょっ、なに? びっくりしたぁ」
「ははっ、悪いね~! てか、時間ないからさっさとサインしてくれる?」
「いや、でも、契約書とかはちゃんと読まないとっ」
「あー、また時間ある時に読めばいいじゃん? 大したこと書いてねぇんだし。ささ、時間無いからとっとと書いた書いた~!!」
「ちょ、ちょっと……!」
・・・結局、ろくに目を通すことなく契約書にサインをしてしまった。
「はいっ、これで契約成立ってことで! あ、ちなみに俺のことは特別に“柊弥”って呼ばせてやるよ。大概の奴は“九条様”、“柊弥様”……もしくは君付けだけど~」
「なら、“九条”で」
あたしは何も迷うことなく即決した。満面の笑みを浮かべ『九条』と言ったあたしに驚いてる九条。
「お前、マジでウケるわ」
「はは。そりゃどーも」
「ま、その呼び方で後悔しないように~」
ん? 後悔……? いや、別に後悔なんて一切しないと思うけど。
こうしてしたくもなかった契約をしてしまったあたしは、九条との間に要らない主従関係を作ってしまったとさ──。
「面白い!」や「いいじゃん!」など思った方は、『ブックマーク』や『評価』などしてくださると、とても嬉しいです。ぜひ応援よろしくお願いします!!